11話 素敵な誕生日(3)
この世界に転生してから今日で5年。
5歳の誕生日を迎えたおれはカイル父さんにこの世界特有のシステム——スキルというものを見てもらうことになった。
これはこの世界に存在する魔法を使う上で重要なものらしい。
このスキルによって使える魔法や使えない魔法があるらしいのだ。
そして、おれは既に闇属性の魔法を使える。
これは1000年以上にわたって、この人間界で誰も使えなかったという魔法らしい。
スキルを測定すればこの闇属性魔法の秘密がわかるかもしれない!
そこでおれはスキルを判定する水晶で自分のスキルを確認すると『魔王』の文字があった。
かつて、この人間界を滅亡される危機を作ったとされる原因の一つと考えられている存在、魔界にいると言われている魔王。
おれは魔王とどんな関係にあるんだ……。
頭の中をネガティブな思考が駆け巡っていた。
「アベルどうしたんだい? 引きつった顔なんてして。スキルが3つなんだよ? 嬉しくないのかい」
カイル父さんはさっきから話しかけても反応しなかったおれを心配してくれている。
「そうよアベル! わっ、わたしとおそろいなんだからね! ちょっとは喜びなさいよ、もう」
サラは少し拗ねているような態度で何やら話している。
「もしかして魔力が吸われてつらい? ベルちゃん大丈夫?」
ハンナ母さんはおれの体調を心配してくれている。
だがおれは水晶に魔力を吸われてつらいのではない。
もしかしたら、おれはこの世界を800年前と同じように滅亡に導こうとする存在なのかもしれないのだ。
それがおれを不安にさせているのだ。
「だっ、大丈夫だよ。そっか、スキル3つ持ちなんだね。これでサラと一緒……おそろいだね」
おれは何とか言葉を発する。
カイル父さんやハンナ母さんはなぜこの『魔王』という文字を見ても平気な顔をしていられるのだ?
おれの闇属性の魔法を見たときはあれほど怯えていたのだ。
おれが魔王と何かしら関係があるとしたらこんな風に笑っていられるはずがない。
「ねぇ、父さん——」
「ああ、そうだねアベル。説明するよ」
カイル父さんはおれが話しかける前に説明をはじめる。
一体、カイル父さんの口から何が語られるのだろう。
ドッキリなのか?
5歳の誕生日なのだ。
ドッキリでもおかしくない。
おれが5歳らしく驚いて泣いてしまうところをたまには見たいとか?
おれの心の底にある性格の悪さが顔を出す。
カイル父さんの台詞、そうか、そろそろネタバラシをしてくれるってことか。
全くちょっと意地が悪いぜ。
「わたしたちで勝手に興奮してアベルに説明していなかったね。この3つの波は同じ緑色に見えるがちょっとだけ濃さが違うだろう。この波の一つ一つがアベルのスキルを表しているんだ。つまり、波が3つあるからアベルはスキル3つ持ちってことなんだよ」
カイル父さんは3本の重なった波形について説明してくれる。
これはおれが考えていた通りだった。
やはりこの1本1本の波がおれの持つスキルを表しているらしい。
「じゃあ次にこの本でこれらの波形がどんなスキルを表しているか調べてあげるからね」
そう言ってカイル父さんは側に置いてあったら本をめくり出した。
「父さん! あのっ」
「どうしたんだアベル?」
おれは波形の横に書かれている文字について尋ねるか迷った。
今無理に聞くことはない。
きっといつか教えてもらう日が来るだろう。
しかし、覚悟を決めて今聞くことにする。
「この……この波の横にある文字はなんなのですか?」
おれは水晶から右手を離し空中に投影されている文字を指差す。
恐怖で水晶を指さすおれの右手が震えている。
右手を離した瞬間に一瞬だけ投影されている光がブレたがすぐに安定して元に戻る。
おれはカイル父さんをジッと見つめて答えを待つ。
張り詰めた空気が漂う。
唾を飲み込む音が自分でもわかる。
「これか……この文字は——」
緊張する。
カイル父さんたちの落ち着いた態度からすると800年前の魔王とは関係がないことなのか。
おれは父さんの言葉を待つ。
「残念ながらわたしにもわからないんだ」
「えっ?」
おれは思わず声が出てしまった。
だが、この文字はスキルとは関係ないということかもしれない。
だとしたらおれと魔王は関係ないことになる。
僅かだが希望が見えおれは心が鎮まる。
「変な文字だもんね。魔族っていう人たちが使っている文字なんだっけ?」
サラは何かを思い出したかのように話し出す。
「よく覚えているねセアラ。そうだよ、これは魔界にいる魔族たちが使っていると言われる文字なんだ。わたしたちには何が書いてあるかわからないね」
カイル父さんはそう語る。
おれはカイル父さんたちの会話に聞き、そこで初めて気づく。
確かに水晶から投影されている文字はこの世界に転生してからおれが見てきた文字とは異なっている。
では、なぜおれはスラスラとこの文字を読むことができるのだ?
そもそも魔族の文字が読めるのもおかしいがおれは人間界の文字も当たり前のように読み書きできる。
前世では落ちこぼれだったおれが他言語をなぜ理解しているんだ?
「えへへ、すごいでしょ」
「サラちゃんは記憶がいいものね」
サラとハンナ母さんが何か話している。
しかし、おれの意識は違う方向へ向いていた。
まさか本当におれは……。
カイル父さんは目の前のホログラムのような波形と本に書かれている波形を見比べならが話し始めた。
「1つ目のスキルは『精霊術師』だ。これは父さんとセアラと一緒だね」
精霊術師だって?
だがおれが読める魔族の文字には召喚術師とあるぞ。
だとしたらカイル父さんの本か魔族の文字のどちらかが間違えているのかもしれない。
それに、もしかしたらおれが魔族の文字を読み間違えているのかもしれない。
少しだけ希望が見えた気がした。
「アベルもわたしたちと同じ精霊術師なんなね。そういえば家族だとスキルは同じになることが多いの?」
サラが父さんに尋ねる。
「そうだね。パパかママのどちかが持っているスキルを子どもが持っていることは多いよ。それにパパとママの2人が同じスキルを持っているとしたらその子どもが同じスキルを持つ可能性は更に高くなるね」
へぇ、そうなんだ。
おれはスキルに関する知識が全くと言っていいほどない。
だからこそスキルについて色々と知りたいことはあるが今はそれどころではない。
召喚術師という存在について教えて欲しい。
本当にこの水晶の魔道具が召喚術師と判定したのか、それともおれが魔族の文字を読めると思っているだけの勘違いなのか。
「うーん。他の2つのスキルはわからないな。残念ながらこの本には載っていないようだ」
「あの、父さん。この本に載っていないスキルもあるってことですか?」
「そうだよ。この本は万能ではないんだ。現在確認されている7割くらいしか載っていないと言われている。それに確認されたことのないスキルだって現れることもある。もしかしたらアベルの残りの2つも未確認のスキルなのかもね」
カイル父さんは少し楽しそうな顔をしながら話す。
「えー、なんかアベルずるーい」
横を見るとサラが少し不満そうな顔をしている。
「でも、サラの持っているスキルの方がきっとすごいよ」
「もちろん当たり前よね! でも、やっぱりアベルは闇属性の魔法が使えるんだし、アベルの方がすごいかも……」
サラにしては珍しくおれを立ててくれるんだな。
そうか、今日はおれの誕生日だからかもしれない。
そう一人で納得した。
「あの、父さん。『召喚術師』っていうスキルあったりする?」
サラとの会話が終わったところで、おれは恐る恐るとカイル父さんに尋ねてみた。
すると、少しカイル父さん目が動いた。
「アベル、どうしてそんなことを聞くんだい?」
「いや、別にたいしたことじゃないんだよ。ただ気になっただけだよ」
これはいつもと違う感じの喋り方だ。
おれは嘘をつくのが下手すぎる。
「アベルの前で昔話したことがあったからね。もしかしたらそのときのことを覚えていたのかもしれないな」
おれの前で話したことがあるのか?
少なくともおれはそのときのことを覚えてはいない。
だとしたら、やはり召喚術師というスキルは存在するのだろうか。
すると、カイル父さんが話しはじめてくれた。
「召喚術師とは精霊術師の中でも選ばれた者がなれる存在だ。普通の精霊術師では呼び出せない高位の精霊を召喚することもできる。それに天使や悪魔もだ……」
「天使に悪魔……だって?」
「ああ。高位の精霊もだが、天使や悪魔を召喚するのは危険すぎる。ましては契約するなんてのはもってのほかだ。召喚術師と呼ばれる高い能力を持つ者たちですらほとんどの者が命を落としている。特にここ数百年、召喚術師たちは天使や悪魔の召喚は禁止されている」
「召喚するだけで死んでしまうのですか?」
「詳しいことは歴史書からも読み取れてはいないが、悪魔に関しては召喚して契約した者で生き残ったのは七英雄に助けられた者たちだけだという。あとは命を落としたと記述されているんだ」
悪魔という存在はよくわからないがおれの前世での邪悪なイメージと一緒でいいのかな。
しかし、召喚しただけで命の危機があるってヤバすぎるだろ。
契約したらほぼ死ぬとかマジで悪魔だな。
「話を戻そうか。召喚術師というスキルは確認されたことがない。あくまで精霊術師たちの中で才能があり魔術を極めた者がなれる存在だ。まあ、近年確認されていないというだけで神話の時代、つまり七英雄たちの時代には存在していたらしいがね」
「もしかして父さんは召喚術師だったりするんですか?」
「はっはっはっ、わたしは違うよ。昔はなれるかもしれないと思っていたが、残念ながら才能が足りなかったらしい。わたしはただの精霊術師だよ」
カイル父さんは有名な魔法使いだ。
実力は宮廷魔法使いに匹敵するし、過去に父さんは王族の護衛をしていたと村の人たちが話しているのをサラと二人で聞いたことがある。
「パパでも召喚術師? っていうのになれないなんてすごい魔法使いなのね」
サラもこの事実に驚いているようだ。
「ええ、父さんでも才能がないなんて、召喚術師というのはよっぽどすごい人なのですね」
「そうだね。わたしも人生でまだ一人しか出会ったことがない。とても優しく、強く、たくましく、そして人として立派なお方だった。あの人のようにありたいと思ったよ」
「父さんがそれほど尊敬している人がいるのですね。ぼくもその方にお会いしてみたいですね」
「ああ、いつか会えるといいね。それでアベル。今から真面目な話をしよう」
突然父さんは真剣な眼差しでおれを見つめる。
「はっ、はい。なんでしょうか」
「わたしはアベルは召喚術師になれる存在だと思う。いや、既にその域に達しているのかもしれない」
また唐突にカイル父さんがとんでもないことを言って、おれは話についていけないでいる。
「ちょっと待ってくださいよ。なんでぼくが父さんでもなれなかった召喚術師になれるんですか」
「アベル、わたしは確信しているんだ。だからこそこれは命令だ。少なくとも12歳になるまでは絶対に精霊を召喚しようとしてはいけない。きみの身体が成長して魔力をしっかりと制御できるようになったらわたしが直接指導しよう」
「もちろん、きみが精霊術師や召喚術師を目指すならばだ。しかし、今のままでは危険すぎる! だから絶対に召喚魔法だけは手を出してはいけない。これはセアラとの魔法に関しての約束とは危険性が違いすぎる」
「はいっ……わかりました」
おれはカイル父さんの鬼気迫る表情に押されてしまった。
おれが召喚術師になれる確信があるだって。
いや、それに関しては魔法を使わなければいい話だ。
しかし、問題はそこじゃない。
魔族の文字は間違っていない可能性が高い。
おれは召喚術師になるんだ。
つまりおれは魔王に……。
「パパ、わたしもアベルみたいに召喚術師になれるかしら?」
「そうだね。セアラはわたしよりも才能はある。もしかしたらセアラならアベルを超える召喚術師になれるかもしれないね」
「ほんと? やったー! アベル、一緒にがんばろうね」
サラはどうやら召喚術師になりたいようだ。
彼女も精霊術師のスキルを持っているのだ。
選ばれた特別な存在になりたいことなど不思議ではないだろう。
隣にいるサラはおれたちの魔法の才能に期待して喜んでいる。
その気持ちとは裏腹に、おれは自分がこの世界に仇なす者なのではないという疑念に押し潰されそうだった。
ああ、本当に今日は素敵な誕生日だな……。
今日から毎日1話ずつ投稿していきます。
現実世界で余裕ができたら2話投稿できる曜日を作ってがんばりますので応援よろしくお願いします!
ちなみに第一章は19話から物語が加速していく予定ですので楽しみにしていてください!!