表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/338

116話 秘密の特訓(2)

  おれたちは無事、訓練場へと到着した。

  ここは普段一般解放されていない場所であり、武闘会の時期に各クラス代表の選手たちが使用できる場所なのだ。

  地面には本番の試合場と同じ大きさでちゃんと白線が引かれている。

  訓練場として申し分ないな。


  「それじゃ、とりあえずおれが精霊たちを召喚すればいいのか?」


  おれは二人に尋ねる。

  放課後に残って特訓する理由の一つとしてケビンの魔法を鍛えるというものがある。


  獣人であるケビンは魔力操作が苦手であり、器用に攻撃魔法を放ちながら剣を扱う魔法剣士ではなく、シンプルに剣に魔法を(まと)って戦う純粋の剣士なのだ。

  そんなケビンは魔法が苦手ということもあり防御魔法が扱えないのだ。


  武闘会の仕組みからして、魔法剣士や魔法使いには有利に、そして剣士や精霊術師には不利に働く。

  そのため武闘会では魔法使いたちが多く出場すると思われる。


  現に、ネルが中等部時代に見たときもそうだったらしい。

  そうすると、近距離戦で戦うしかない剣士のケビンが遠距離戦も戦える魔法使いと戦うには防御魔法が使えることが必須となるのだ。


  いくら獣人の身体能力をもってしても、相手の攻撃魔法を全て避け切るなんて不可能だからな。

  そこでおれが召喚する精霊に助けてもらいながらケビンに防御魔法を覚えてもらおうというのがこの秘密の特訓の主旨なのだ。


  「いいんだけど……本当におれでも防御魔法が使えるようになるのか?」


  ケビンは少し不安そうだった。


  実技の授業を見ていてもケビンは簡単な攻撃魔法くらいしか扱えていなかったからな。

  まぁ、これには融合(シンクロ)して教えてくれる精霊との相性もあるだろう。


  「まかせろ! きっとお前に合う精霊を見つけてやるからな!」


  おれはケビンにそう告げると召喚魔法を使おうとする。


  「そういえば、アベルの召喚魔法を見るのって初めてね!」


  ネルはわくわくした様子でおれをじっくりと見つめる。


  なんだか恥ずかしいな……。


  でも、特にそれで調子が狂うわけでもなくおれは召喚魔法を発動する。


  魔石で魔法陣を描くこともなく、空中に魔力を使って複数の魔法陣を一気に展開する。

  訓練場には幾つもの輝く魔法陣が展開された。

  だいたい30前後というところだろうか。


  ネルとケビンはぽかんと口を開けて言葉を失っている。

  こんな光景、普通に生きていたら一生見ることはないだろうからな。


  さあ、そろそろ行くぞ!


  「出でよ、精霊たち!」


  おれのかけ声とともに複数の魔法陣から精霊たちが召喚された。

  その数は29人。


  今回はハリスさんは召喚しなかった。

  っていうか、この二人の前で召喚したら大変なことになりそうだ。

  まぁ、既にヤバそうな気もすんだけどな……。


  「ほんとだったんだ……」


  「おいおい、マジかよ……」


  案の定、二人とも固まってしまっている。


  「こんにちはアベルさん」


  「よう! 久しぶりだなアベル」


  「ご機嫌ようアベル様」


  精霊たちがおれに挨拶をしてくる。


  「みんな悪いな、急に呼び出しちゃって」


  おれは召喚した精霊たちとコミュニケーションを取りはじめる。


  この前と違って堅苦しい面接の場ではないし、みんなワイワイしている。

  案外おれが召喚する精霊たちは空気を読んでくれるいい子たちなんだよな。


  「なぁ、ネル。これは現実なのか? 魔石を使わないとは聞いていたが一度に複数も描けるだなんて聞いてないぞ」


  「えぇ、現実よ。現実だったのよ……! 本当にアベルはすごいよ」


  驚愕するケビンと興奮するネル。

  二人はしばらくおれと精霊たちが話しているのを眺めていた。


  「それでな、今日はあの獣人の男の子に防御魔法を教えて欲しいんだ。まずは魔力操作からでもいい」


  おれは精霊たちに要望を伝える。

  みんなは真剣におれの話を聞いてくれた。


  「そうだな。どんな属性が得意かわからないし、順番におれたちが教えていってやるか!」


  こう話すのは精霊のジャンである。

  彼は火属性魔法を得意としている精霊だ。

  ジャンの言葉に他の精霊たちも反論はないようだ。

  それを確認すると、おれはケビンたちのもとへと向かう。


  「悪いな時間かかっちゃって。でも、なんとか多くの精霊たちがお前に魔法を教えてくれるってさ!」


  おれはケビンに安心して欲しくてそう告げる。

  すると、ケビンの様子が変わる。


  「こんなにしてもらっちゃっていいのか……? おれはお前に何もしてやれることなんてないんだぞ」


  どうやらケビンはおれに一方的に恩義を感じているようだ。


  「なんだよ、そんなことを気にしてるのか? 友だちなんだから気にするな!」


  おれはケビンにそう告げる。

  友情はプライスレスなのだ。

  おれにできることならば、彼の夢を叶えてあげる手伝いをしてあげたい。


  「ありがとう……。本当にありがとう」


  ケビンはしっかりとおれを見つめて感謝の言葉を述べる。


  なんだかケビンが素直に言うと照れるな。

  そうだ、まだ他にも伝えたいことがあったのだ。


  「なぁ、ケビン。お前は卒業後に近衛騎士団に入りたいんだよな。村のみんなを助けるためにはお金がいるからって」


  おれは以前、ケビンに呼び出されたときに話してもらったことを思い出す。


  ケビンは地方の貧しい村の出身であり、年々獣人たちに厳しくなっていく王国の制度を危惧していた。

  このまま何も手を打たなければ、やがてケビンの村の獣人たちは飢え死ぬか奴隷になるかという選択肢しかなくなるらしい。


  そのため、村のみんなでお金を出し合ってケビンを魔術学校に送り込んだ。

  やがて、彼が給与面の待遇のいい近衛騎士団に入団して村への仕送りをするために——。


  「そうだ。そうしなければおれたちの村には未来がないからな」


  ケビンは深刻そうな顔つきになりながらそう答える。

  口で言うのは簡単だが、近衛騎士団に入団できるのは一人握りの本当に優秀な者たちだけなのだ。

  とても厳しい道のりになるだろう。


  「もしも、卒業後に本当に近衛騎士になれたとして村のみんなを助けるのは間に合うのか?」


  確かに村のみんなを救えるほどの金を集める方法はケビンには近衛騎士団に入団することしか選択肢になかったのかもしれない。

  しかし、希望通りに近衛騎士団に入れたとして、仕送りで村のみんなを援助できるだけの金が貯まるまでどれほど時間がかかるのだ?


  ケビンの話では王国は年々獣人に厳しい制度を作っていっていると話していた。

  これは今の国王が獣人を意図的に迫害しているからだそうだ。


  今のままの制度なら彼の計画に問題はないのかもしれない。

  だが、今以上に獣人たちに苦しい世の中になったときに、彼の故郷の獣人たちは無事でいられるのだろうか?


  「わからねぇ……。だが、それしか希望はなかったんだ……」


  やはりケビンにも思うことがあったのかもしれない。


  「じゃあ、よかったらこれを使ってくれないか」


  おれは魔法の収納袋から硬貨の入った袋を取り出す。

  そして、袋をあけてフォルステリアで通貨として使われているあるニアが大量に入っているのを見せる。


  「なっ……。こんなのもらえねぇよ!」


  断るケビンをよそ目におれは収納袋からどんどんニアが入った袋を取り出す。

  冒険者ギルドでリナを両替えしてもらった大量のニアをおれはどんどん吐き出す。


  「いったいどれだけあるの? それにその魔道具……」


  ネルは色々と驚いている。


  そういえば収納袋を使っているところを見せるのも初めてか。

  なんだか今日は二人にたくさん驚いてもらっているな。


  そして、全て出し終わったおれはケビンに告げる。


  「これはおれが旅をしている中で稼いだニアだ。学校に通える分を稼ぐつもりだったんだが多めに手に入っちゃってな」


  「でも、おれは父さんたちに再会できて学校に通わせてもらえることになったからこの金は必要なくなった。これで足りるとは思わないがよかったら使ってくれないか?」


  入学金や学費、生活費も父さんが払ってくれているおかげでおれはせっかく手に入れた大金を持て余していた。

  おれもサラも食費としてもらっているおこずかいだけで十分足りているし、この金は困っている人たちに有効活用してもらいたい。


  「これ全部お前が稼いだのか……? 確かに、これだけの金があれば何年も村のみんなは安心して暮らせるかもしれない。だが、おれはこんな施しをお前から受ける資格はない」


  ケビンの性格を考えればそう簡単に受け取ってもらえない事はわかっていた。


  「もちろんお前にやるわけじゃないぞ? これは貸しだ! 将来ケビンが近衛騎士団に入ったら絶対におれに返せ!」


  「おれは現在金に困っていない。おれとしても困っている人に使ってもらいたいだけだ。それに、お前なら本当に近衛騎士になれると思っているから貸すんだからな」


  おれの言葉にケビンの瞳から一筋の涙が流れる。


  「ありがとう……。おれ、絶対に近衛騎士になってお前にこの貸しは絶対に返すよ。だから、これからもよろしくな」


  「もちろんだ!」


  おれたちは固い握手を交わす。


  もしかしたら、ようやくおれはケビンとわかり合えたのかもしれない。

  こちらこそ、これからもよろしくな。


  「さぁ、それじゃあケビンの特訓をはじめるか!」


  これでケビンも故郷の心配はしなくて済むだろう。

  すぐに村のみんながどうにかなってしまうということはないと思う。


  武闘会に気持ちを集中させていこう!


  「ねぇ、私からもお願いがあるの……」


  ネルが突然おれに頼み事をしてくる。

  いったいどうしたのだろうか?



  「あのね、実は私……」



  ネルは今までおれたちに隠していたことを話す。

  そして話を聞き終えたおれは——。


  「そういうことか……。できると思うぞ!」


  「本当!?」


  ネルはとても嬉しそうにおれに聞き返す。


  「もちろん! ライト! こっちに来てくれ」


  おれは一人の精霊をこちらに呼び出す。

  そして、ライトと呼ばれた精霊がやってきた。


  「なんだいアベル?」


  まだ幼い男の子の精霊だ。

  だが、姿は幼くとも100年以上は生きている。

  おれは彼に一つ頼みごとをする。


  「この子の特訓に付き合って欲しいんだ。お前のとっておきを教えてあげて欲しい」


  「なんだ、そんなことか。任せろ!」


  ライトの答えを聞いたネルは胸を撫で下ろす。


  「ありがとう、二人とも……。私、もう一度頑張ってみるよ!」


  さぁ、これで全てやることは片付いたかな?

  あとは武闘会本番に向けてそれぞれがパワーアップするだけだ!




  こうしておれたちの秘密の特訓は1ヶ月以上続き、待ちに待った武闘会当日を迎えたのであった。

どうも作者です。


明日からようやく武闘会本番です!

本当はもっと色々と掘り下げてもよかったのですがここで区切りをつけました。


あとプチ情報ですが通貨の単位の「ニア」や「リナ」は七英雄の名前から付けられています。


ニーア=ルード → ニア

カタリーナ →リナ


っていう感じです。

もしかしたら気づいていた方もいたかもしれませんね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ