115話 秘密の特訓(1)
「なぁ、お前って本当に精霊術師なのか?」
こうおれに尋ねるのはクラスメイトである獣人のケビンだ。
おれたちは今、武闘会のクラス代表選手のみが使える訓練場というところに向かっている。
一年生の教室から遠いのはけっこう不便だな。
「まあな。精霊術師って言っても契約している精霊はいないけどね」
これに関しては嘘をついているわけではない。
なんたって、おれが契約しているのは最上位悪魔であって精霊ではないのだからな。
だが、もしもバレるようなことになれば大問題では済まないよな……。
これだけは絶対に隠し通さなければならない。
あと一応いっておくと、精霊術師であっても子どもであるうちは精霊と契約してもらえないことが多い。
精霊術師にとっても精霊にとっても契約できるのは一人だけであることから、お互いにパートナー選びは慎重に行うものなのだ。
基本的には数年ほどで互いに関係を深め合ってから契約をするらしい。
なんたって精霊側からしたらおれたち精霊術師と契約をするメリットがないからな。
ほとんどの精霊たちが善意で契約をしてくれている。
それでも精霊たちがおれたち精霊術師と契約してくれるのは、かつて七英雄たちが人間界を救ってくれた恩があるかららしい。
本当に七英雄様々だぜ。
「そっか。契約をしている精霊がいれば武闘会で優位に戦えたのた残念だな」
ケビンは残念そうにおれにそう告げる。
「どうして残念なんだ?」
おれはケビンの真意が読み取れずに聞き返す。
「お前、まさか代表選手向けに配られた注意事項を読んでいないのか……?」
ケビンは信じられない目でおれを見てそう言う。
うっ……。
確かにそのとおりなのだ。
「いや、だってほら。昨日配られたばっかじゃん。おれ昨日はネルたちと勉強をしてて……」
おれのいいわけにケビンは呆れている。
ネル、助けてくれよ!
おれは隣にいるネルの方を見つめる。
すると、ネルはおれの視線に気づいたようだ。
「あっ、もちろん私は勉強会の後に帰ってから読んだわよ。アベルと一緒にしないでね」
くそっ、こいつ裏切り者だったのか!
ネルは普段おちゃらけているが意外と真面目なところがある。
どうやら昨日配られた注意事項にしっかりと目は通してあるようだ。
「まぁ、ケビンが言いたいことを簡単に伝えると、精霊術師は精霊の召喚が認められているから、精霊と契約をしていれば魔石を使用しなくても召喚ができたのに残念だなってこと」
なるほど!
武闘会において精霊の召喚は認められているんだな。
契約をしている精霊に関しては魔石を使わなくとも召喚ができる。
それでケビンはおれに精霊と契約をしているのかを聞いてきたのか。
「試合中に魔石で魔法陣を描いてる時間なんてないからね。でも、ケビン。アベルは魔石を使わなくても精霊を召喚できる召喚術師らしいから心配しなくてもいいわよ」
「マジかよ! お前ってそんな凄いやつだったんだな……」
ネルの発言にケビンは驚いている。
そういえば魔石で魔法陣を使って召喚魔法を使ったことって逆にないんだよな。
魔法陣を描けない召喚術師……。
いつか魔石でも魔法陣を描く練習をするか。
「でも、たぶん試合中に精霊を召喚することはないぞ。おれ一人で戦った方が強いからな」
おれが召喚できる精霊たちを考えたときに、武闘会で一緒に戦って欲しい精霊はいないんだよな。
好戦的なジャンなどはいいかもしれないけど、武闘会に出てくるやつらはきっと強い。
うちのクラスの連中よりも数段強い上にその中から選ばれた代表ということを考えれば精霊たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。
闇属性魔法が使えない縛りプレイもあるのだし、精霊を守りながら戦うよりは一人で戦った方がいいだろう。
「なんか嫌なやつだな、お前って……」
「ほんと、これだから天才はね〜」
二人はおれの言葉を否定的に取ったようだ。
いや、決して足手まといとかそういう意味で言ったわけじゃないからね?
大事な仲間を傷つけたくないんだよ!
「いや、ほら! やっぱ武闘会は一対一で正々堂々と戦いたいんだよ!」
おれは必死に弁明する。
「まぁ、そういうポリシーがあるのならいいんじゃないか?」
「セアラちゃんも精霊は使わないって言ってたし、やっぱ二人とも似てるのかもね」
へぇー。
サラもそう言っていたのか。
確かにサラも召喚術師だもんな。
契約している精霊こそいないものの彼女なら魔石なしで召喚することも可能だろう。
「優勝するならサラのいるAクラスには勝ちたいなー」
Aクラスはただでさえ中等部時代のエリートたちが集まっているのに、そこにサラが加わっているのだ。
サラと毎朝訓練しているおれは彼女の強さをよく知っている。
以前戦ったAランク冒険者の魔法使いルイーダやルメイより強い。
今現在の強さはかつて戦ったSランク冒険者の狂信者エバンナといい勝負といったところだろう。
正直、闇属性魔法が使えないおれが戦ったとして勝てるかどうか……。
「Aクラスにはセアラちゃんだけじゃなくてあのクソ王子もいるからね。あんなやつだけど実力は一流だから油断はできないんだよね」
「あいつか……。戦うことがあればおれが叩きつぶす!」
ケビンの気合いの入り方がすごい。
ケビンはあの王子と以前揉めたからな。
武闘会という舞台であれば正々堂々と身分を気にせずに戦えるのだろう。
「あと、私もケビンも優勝するつもりだから言っておくけど、今年は3年Aクラスの一強と言われているの。去年の2年Aクラスの時点で武闘会を優勝したからね」
そっか、同じ同学年だけでなく上級生のことも考えなくてはいけないのか。
だけど、学年は違えどAクラスが強いのは変わらないんだな。
「武闘会っていうのは3年Aクラスが優勝するのが当たり前、あとのクラスはその引き立て役みたいな風潮があるらしいからな。おれは直接見たことはないけど去年はすごかったんだろ?」
ケビンがネルに尋ねる。
ネルは中等部の出身だからな。
去年の武闘会も生で見ていたのだろう。
「えぇ……。当時の2年Aクラスは現生徒会長のレイ=クロネリアスを筆頭に現在の生徒会を仕切っている三人組だった。特にレイ=クロネリアスは20年ぶりの快挙となるカルア中等魔術学校を飛び級で卒業した本物の天才。あのクソ王子以上の逸材なの」
現在の生徒会長……あの眼鏡のイケメンか!
おれに謹慎処分を言い渡した男。
あの人って中等部を飛び級で卒業するほど優秀だったのか。
「去年の優勝メンバーが全員残る今年の3年Aクラスは間違いなく最強よ。外部から観客たちも彼らを見に遥々やってくるようなもの。当日観戦する貴族や王族だって王国の未来を支えることになる彼らに注目している……」
そうだ、当日は二万人ほどの観客がいるのだ。
そして、彼らはもちろん3年Aクラスを応援するだろう。
世界最高峰の魔術学校にしてその中でも優秀な者たちが集められたAクラス。
そこからさらに選ばれた三人はまさにその世代において世界最強の三人。
観客たちの心理からして、会場の雰囲気としては彼らの優勝を望むもののはずだ。
「だけど、私たちがそれをぶち壊す! 優勝をかっさらって武闘会は1年Fクラスの下克上劇で幕を閉じるの。どう、最高じゃない?」
ネルは楽しそうにその夢を語る。
なんだかおれも話を聞いていてやってみたい気持ちが湧いてきた。
「最高だな。おれはその意見に乗るぞ」
ケビンもネルの話を聞いたことにより、一層モチベーションが上がっているようだ。
「そうだな。1年Fクラスっていう最弱から最強まで登りつめよう!」
誰もが期待していない1年Fクラスが誰もが認める最強の優勝候補である3年Aクラスを打ち倒す!
そして、ケビンもネルも夢を叶えるのだ。
これほど最高なことはない。
「じゃあ、そのために秘密の特訓をはじめましょう!」
こうして今日からおれたち三人の秘密の特訓がはじまるのだった。
武闘会で目指すは優勝ただ一つ!
今年、武闘会の歴史は大きく変わるぞ。




