109話 ネルからの告白
「納得がいかない……」
おれはドーベル先生の言葉を思い出してそうつぶやく。
「急にどうしたの?」
こうおれに尋ねるのはパンをちぎって食べているサラだ。
とうもろこしベースのスープにパンを浸しておいそうに口に入れている。
おれたちはいつものように食堂でランチをしているのだ。
「さっきの時間、ドーベル先生にいつものレポートをさせられたんだ。みんなの成長を見てもらいたいからって」
「へぇー、それでまた机でペンを持って何か書いてたんだね」
ネルは鳥肉の骨を省く作業をしながらそう答える。
「普通おれが見ていなかった一週間で目に見えるような成長なんかするわけないだろ? なのに全員の魔法が明らかにレベルアップしてたんだよ!」
おれはサラとネルにこの衝撃の事実を伝える。
普通に考えたらありえないことなんだぞ!
「へぇ、そんな不思議なことがあったのね」
サラもおれと同じく一応は驚いてくれているようだ。
だが、口ではそう言っているが心からそう思ってはいないように感じた。
「うう、あええ! あんああいおおあっあおお!」
ネルが肉を頬張りながら何か話している。
いや、食い終わってから話せよ!
何を言ってるのか全くわからないぞ?
「ネル、汚いしお行儀が悪いわ。ちゃんと呑み込んでから話しなさい」
サラがネルを注意する。
ネルはサラの言葉を受けて首を縦に振って頷いている。
なんだか飼い主とペットにしか見えないんだが……。
ゴクンッ
ネルはコップにある水を流し込んで口にあるものを呑み込んだようだ。
そんなに急がなくてもいいのにな。
「ごめんごめん。そう、なんか紙をもらったのよ! それを参考に一週間訓練してみたら魔法が上達したの!!」
ネルはまるでクリスマスプレゼントをもらった子どものように興奮しながらそう話す。
なるほど、その紙とやらにどうやら秘密があるんだな。
「私の場合はね、詠唱をするタイミングが悪い、もっと魔力操作を意識するのを重視した方がいいってあったの。それで精霊と融合して魔力操作の練習をしてみたの。そうしたら攻撃魔法が上達したのよ!」
ネルはとても嬉しそうに話す。
ここまで嬉しそうなネルを見たのは初めてかもしれない。
「なるほどな……。何が真理だ、あのインチキ教師め」
おれはネルの言葉を聞いて理解した。
「やっぱりそういうことなのね」
サラも察してくれたようだ。
もしかしたら、サラはわかっていたからこそさっきのおれの発言に驚いていなかったのかもしれない。
「えっ、ちょっと二人ともどういうこと? 私も仲間に入れてちょうだいよ!」
ネルはおれとサラの会話を聞いておれたちが理解したことを聞かせて欲しそうにしている。
よく見たら細い尻尾を振ってるな。
「貴方たちFクラスの生徒に配られた魔法に関するアドバイスはアベルがレポートとしてまとめ上げたものなのよ」
サラはネルにそう告げる。
これがおれとサラが気づいたことなのだ。
「えっ……。えぇぇぇぇっーーーー!!!!」
サラの言葉を聞いてネルは驚きの声を上げる。
そうだ……。
おれは確かにレポートとして提出した際にネルについての記述でそうアドバイスを書いた。
獣人というのは全体として見ると人間やエルフに比べて魔力操作や魔力制御に優れてはいない。
それ故に魔法使いよりは剣士となる者が多い。
おれがネルを授業中で見ていた限りでは彼女は剣士向きなんだと感じた。
詠唱魔法は無詠唱魔法と違って魔力操作や魔法制御がしっかりとできていなくても詠唱をトリガーとすることで無理やり発動することができる。
ネルの魔法を見て、しっかりと自分の中で魔力を扱えていないからこそ他の生徒たちと比べ魔法技術が劣っているとおれは感じたのだった。
そこでおれはレポート考察としてこのことを書き、具体的にどのような魔法訓練をすることによってこの問題が解決されるか書いておいた。
これはネルへの親切心というより自分自身の成績を上げたいからだった。
まさかそれが本人へと渡っていたとは……。
「あぁ、確かにおれはクラスメイトたちの魔法や剣術を見て、それぞれの課題と改善案を書いて提出した。ネルに関しての記述ではさっきネルが言っていたことを書いたんだ」
おれは二人に説明をする。
まったく、ドーベルめ……。
何が真理にたどり着くだ!
これじゃまるでおれが教師みたいじゃないか。
生徒を成長させるのはあんたらの仕事だろう。
「まぁ、私はドーベルっていう先生がアベルにそんなことをさせているって聞いたときから怪しいとは思っていたけどね」
どうやらサラは思うところがあったらしい。
別におれとしてもクラスメイトたちが成長するのは嫌なことではない。
だが、おれにひと言もなく勝手に利用させていたのはあまりおもしろくはない。
おれは自分のために学校に来ているんだぞ!
「へぇー、アベルって本当にすごかったのね……。今まで疑っててごめんね! 本当に、ほんっとうにありがと!!」
ネルが尊敬のまなざしでおれのことを見てくる。
そして、おれの手を握って感謝の言葉を口にする。
あっ、近いです。
近いですよネルさん!!
「はいはい、近い近い! 離れてください!」
サラがおれとネルを引き離す。
「もぉー、ちょっとくらい良いじゃない」
ネルがサラに文句を言いながらも素直におれから離れる。
まあ、ネルも喜んでくれていることだし、ドーベル先生に言いたいこともあるが今は良しとしておくか。
こうしておれたちは食事を終えて午後の授業へと向かったのだった。
◇◇◇
午後の実技は剣術だ。
魔術学校とはいえ『剣士』のスキルを持つ者もいるためカリキュラムの一環として週一回設けられているのだ。
この世界の剣士はただ剣を使って戦うだけでなく魔法も駆使して戦う。
それに剣に魔力を纏わせることにより、肉体が持つ以上の力を発揮することができるのだ。
こうすることによって子どものおれでも魔力量や魔力の使い方によっては大人や魔物と対等に戦うことができる。
まぁ、魔剣と呼ばれる魔界産の魔道具の剣を使えばもっと楽に戦うことができるのだがな。
今回も『剣士』のスキルを持つグループと持たないグループで分かれるのだが、いつもと同じようなメンバーとなる。
それはこのクラスの生徒たちの多くは固有スキル二つ持ちであり、『魔法使い』のスキルを持つ者たちは基本『剣士』のスキルを持っていなく、『剣士』のスキルを持つ者たちは『魔法使い』のスキルを持っていないからだ。
もちろんおれは『精霊術師』のスキルしか持っていないことになっているので『剣士』のスキルを持たないグループに行こうとする。
すると、先生に呼び止められる。
「えーと、アベルくんは『剣士』持ちのグループでやって欲しいとドーベル先生から通達がありましたのでよろしくお願いします」
またあの先生は好き勝手にやりやがって……。
おれは仕方がなく『剣士』持ちのグループにやってくる。
うん、ほぼいつものグループだ。
ネルにケビンにゲイルがいる。
女の子たちは少し減ったがそれでもおれにとっての主要メンバーは変わらない。
「アベル、私と模擬戦をしよ!」
ネルはノリノリでおれを模擬戦に誘ってくる。
おいおい、模擬戦をしたいならウォーミングアップをしてからねってさっき先生に言われたばっかだろうが……。
まぁ、おれとしてもネルと一度手合わせをしてみたいと思っていた。
是非お願いしてみようかな。
「じゃあ、邪魔にならないところに移動するぞ」
「りょーかい!」
こうしておれとネルは模擬戦をはじめる。
一応、真剣を使っているが、致命傷を与えるように相手を切りつけるのは禁止であり、回復魔法を使ってすぐに完治させるくらいの怪我ならば許容はされている。
そして終わりにするタイミングは剣をギリギリで寸止めするか降参するかのどちらかだ。
まぁ、これは練習用の剣で切れ味はそこまで良くないし、治癒術師の職員もしっかりと待機していてくれる。
大事故はそう簡単に起きないだろう。
「じゃあ、いくわよ!!」
おれとネルの模擬戦がはじまった。
ネルの獣人としての肉体能力をフルに利用した激しい切りつけと素早い切り返しでおれを翻弄する。
「なかなかやるじゃないか」
おれはネルの攻撃を受け流しながら声をかける。
おれにはまだまだ余裕があるからな。
「その余裕……ムカつく」
ネルはさらにパワーとスピードを増して剣に纏う魔力量も増やす。
やはり……。
こうして対峙して思ったのだがネルは明らかにFクラスでくすぶっているような実力ではない。
これほどの剣術の腕と魔力量があればもっと上のクラスにいるはずだ。
問題児と落ちこぼれが集められたFクラス……。
ネルは何かの問題を抱え込む少女なのだろうか。
「おい、アベルのやつ、あのネルを相手に互角に戦っているぞ!」
「アベルくんって怖いよ……。私たちに暴力を振るわないかな……」
「あいつ、無詠唱魔法だけでなくあれほど剣も扱えるのか……。おれたちとんでもないやつをいじめてたんじゃ……」
「……」
おれとネルの模擬戦を遠くから見ているクラスメイトたちが好き勝手に言っている。
うん、軽く汗もかいてきたしここらへんで終わらせるかな。
おれはここまで防戦一方だったが、今度はこちらからネルを攻める。
「ちょっ……くっ……」
ネルは突然のおれの切り返しに対応が追いついていない。
そして——。
カッーーーン!
カラッ……
おれはネルの持つ剣を弾き飛ばした。
これでもうネルは戦えない。
「はぁ……降参よ。負けました」
ネルは観念したようで両手を挙げて参ったポーズをとる。
「ありがとう。とっても勉強になったよ」
おれはネルに近づいて握手を求める。
「もう、嘘ばっか。どうしてそんなに強いの?」
ネルはおれの手を取って握手をする。
本当に強くて勉強になったんだけどな。
「日々、強くあろうと思っているからかな……?」
「ぷっ、何よそれ」
ネルはおれの答えを聞いてくすりと笑う。
まぁ、おれが強いとしたら普段から強者と戦っているからだろうな。
おれはゼノシア大陸の元英雄の冒険者やゼノシア大陸最強のSランク冒険者剣士たちと殺し合いをした。
魔物や魔族とも戦ったことだってある。
それに何より剣術の稽古に毎朝付き合ってくれているアイシスが強すぎる!
彼女には数千年修業を積んだとしても勝てる気がしない。
どうしておれが強いかと聞かれれば答えは間違いなく強者と戦っているからだろう。
すると、急にネルがおれの手を引っ張っておれの体を引き寄せる。
えっ?
おれは急な出来事に驚きながらも流れに身を任せる。
「放課後、F棟の空き教室に一人で来てね……」
ネルはおれの耳元でそう囁くとおれの手を離してどこかへ行ってしまった。
彼女の甘い香りと甘美な声がおれの脳を刺激する。
えっ……。
これって……告白!?
いや、落ち着けよ。
まだそうと決まったわけじゃない。
まだビンゴでいうリーチの状態だ!
慌ててはならない。
急なネルの発言におれはあたふたとしてしまう。
だけどネルのあの雰囲気……。
それに放課後に呼び出すってことは?
おれの少ない知識の中で答えが導かれる。
よく考えてみればネルはおれに対してアプローチを結構かけていたのではないか?
いつもは冗談だと思っていたけれどあれらはもしかして……。
おれは心臓をばくばくとさせながら残りの授業時間を過ごした。
それはとても長く感じる時間だった。
おれは一人舞い上がる。
でも、なんて答えたらいいなだろうか?
ネルの気持ちにおれはどう……。
◇◇◇
そうして答えが見つからないまま放課後がやって来た。
「それじゃ、またねアベル!」
ネルはおれにそう声をかけると急いで教室を出て行ってしまった。
またね……か。
おれは少しばかり頬が緩んでしまう。
「アベルくん……なんか不気味ね」
「しっ! 関わらないようにしないとだよ!!」
おっと、いけない!
益々おれが危険なやつ扱いをされてしまう。
いつもの顔でいなければいけない、精神統一だ……。
そして準備が整ったおれはネルの言っていたF棟の空き教室へと向かったのだった。
この扉を開けたらおれは……。
覚悟を決めておれを扉を開けた。
「ネル! おれは……」




