108話 問題児アベル
一週間前のある日、おれは午前の授業が終わった後に一人で食堂へと向かっていた。
訳あってサラもネルも一緒にはいなかったからだ。
そして、その道中で王子アルゲーノがクラスメイトであるケビンをいじめているのを目撃した。
どうやらアルゲーノはひどく獣人を嫌っているようで王子である権威を利用してケビンをいたぶっていたのだ。
おれ自身、ケビンのことは好きではなかった。
出会ったときの最初だけは優しくしてくれたのだが、急におれを嫌いだしていじめてくるようなったからだ。
だがあのとき、そんなことは関係なかった。
おれはアルゲーノの獣人たちを侮蔑する言葉の一つひとつが許せなかった。
それに、ケビンが授業中におれをかばってくれたことが頭を過ぎった。
それでおれは王子アルゲーノに立ち向かうことにしたのだ。
結果としておれたちは騒動を引き起こし、おれは一週間にも渡る謹慎生活を送ることになった。
元々授業は嫌いだったため家で過ごす生活は楽しいものだろうと思っていたのだが、決してそんなことはなかった。
もしかしたらおれはサラとネルと過ごす学校生活に楽しみを見いだしているのかもしれない。
まだ一週間しか経っていないのにな。
そして、謹慎生活中も色々とあったのだが、ようやく長かった一週間が明けた。
ひさしぶりおれのスクールライフ!
それに愛しいおれのクラスメイトたち!
おれは一週間ぶりの学校に少しだけ心臓をバクバクとされて教室の扉を開ける。
懐かしい顔ぶれが見える。
人間に獣人、多様な人がいるのがおれのクラスの特徴だ。
ネルにケビン、それにいじめっ子のゲイルもいる。
おれはいつも通りネルの隣の席に座る。
まぁ、いつも通りといっても入学後の一週間を過ごしただけなんだけどな。
「あら、おかえりなさい問題児くん」
ネルはやたら楽しそうにおれをからかう。
ひさしぶりに会った友だちに対して遠慮がないな。
おれみたいな豆腐メンタルの人間にはけっこう心にくるんだぞ?
「あれはしょうがなかったんだ! その……色々とあったんだよ」
おれは言葉を濁す。
獣人であるネルに騒動の発端を話したら傷つくかもしれないと思ったからだ。
どうやらこのカルア王国では獣人たちを差別する人たちが一定多数存在するようなのだ。
あの自己中ナルシスト王子のクズ発言をネルに知らせたくはない。
「まぁ、全部知ってるんだけどね。セアラちゃんから聞いてるから」
ネルは明るい声でそう話す。
サラのやつ、ネルにしゃべったのか?
まったく、デリカシーがないな。
「私がしつこく聞いたの……。アベル、私たちのためにありがとね!」
ネルは笑って感謝の気持ちをおれに伝える。
おれはその言葉を聞いて、なんだか胸が熱くなった。
おれの行動は間違っていなかったのかもしれないと——。
「アベルくん……戻ってきたね」
「えぇ、かわいいと思ってたのに暴力沙汰を起こす問題児だったなんて……」
「おい、アベルのやつが帰ってきたぞ」
「おれたちも先輩たちみたいにシメられちゃうのかな……」
クラスメイトたちの話し声が聞こえてくる。
どうやらおれの謹慎処分が終わって授業に復帰することに不安があるようだ。
「事情を知らない子たちはこうなっちゃうよね」
ネルは落ち込んでいるおれにそう話す。
この前、やっと女子たちだけでも誤解を解いて好感度を上げることに成功したのにこれだよ……。
なかなか人生というのは上手くいかないものだな。
男子に至っては完全におれに怯えちゃってるぞ。
「ネルは事情を知っていたんだし、みんなにおれが悪くないことを伝えてくれてもよかったんじゃないか?」
おれはちょっとばかりネルを突いてみる。
少なくとも女子たちだけにでも誤解は解いてもらいたかったという些細な願いを込めて。
「んー、それは無理な相談ね」
どうやらダメのようだ。
まったく、おれがネルの立場だったら友だちのために誤解は解こうとするぞ!
コミュ力があったらの話だけど……。
「仕方ないか……。それに、ネルが変わらずに仲良くしてくれるだけでもよかったよ」
おれは元々完全なるボッチだった予定なのだ。
それを考えたらネル一人だけでもおれの友だちでいてくれるのは嬉しいことだ。
「そうよ、そうよ! わかってるじゃない!」
こんな可愛い女の子と友だちになれたんだ。
ポジティブに考えていくしかないだろう。
そうしてネルと話しているとドーベル先生が教室に入ってきた。
「みなさん、おはようございます。それではさっそく授業をはじめますか」
こうしてまた、おれはたいくつな授業とレポートをやる平凡な日々を過ごしていくのだろうと思っていた……。
◇◇◇
午前の授業、ドーベル先生の座学の授業の後は同じ彼の実技の授業だ。
前回の授業はいじめっ子のゲイルに絡まれて散々だったけど、今日はどうなんだろうな……。
おれはドーベル先生の授業でしか実技訓練に参加できない。
他の先生のときはクラスメイトの魔法や剣術などを観察してレポートにまとめるということをさせられているからだ。
おれは前回ドーベル先生にグループ分けの際には『魔法使い』スキルを持っている方におれを入れてくださいと直訴した。
まぁ、却下されたんだけどね。
本当に色々と融通が利かない先生だよな。
「アベルくん、ちょっといいですか?」
そんな風にドーベル先生のことを悪く考えていたら本人から呼び出された。
もしかしたら『魔法使い』持ちのグループに入れてくれる気になったのだろうか?
おれはちょっとだけ期待をしてドーベル先生のもとへ訪れる。
「アベルくんにはこの授業中、他の授業のときのようにレポートをやって欲しいんです」
はぁ?
なんでそうなるんだよ!
「もしかして、先週の罰ですか?」
おれはドーベル先生に質問する。
もしかしたら謹慎処分とは別に罰がまだまだ色々とあるのかもしれない。
「はっはっはっ、違いますよ。安心してください」
ドーベル先生は笑いながらおれの考えを否定する。
どうやらそうではないようだ。
「君が学校に来るのは一週間ぶりですからね。Fクラスのみんながどれくらい成長したのか君に見てもらいたいんです」
なんだその理由は?
一週間程度でそう魔法が上手くなったりするもんか!
未熟な者が一週間訓練するのと、ある程度実力のある者が一週間訓練をするのでは伸びしろが違うんだぞ。
こいつらは中等部で三年間みっちりと魔法の鍛錬をしてきた連中だ。
この一週間でそう簡単に成長なんてしているはずがない。
きっとこれはおれを傷つけないための遠回しの罰なのだろう。
もしかしたらドーベル先生は教師陣や生徒会の中で決まった決定に従っているのかもしれない。
おれはそんなことを思っていた。
別に今さら授業に参加できなくてもこれ以上みんなからの評価が下がることはないだろう。
おれは既に暴力沙汰を起こした問題児扱いされているのだからな。
補習させられてるだの親のコネだの何でも言っていろ!
おれは少しばかりヤケクソになりながらドーベル先生の指示に従ってクラスメイトたちの観察をはじめる。
すると、どうしたことだろう。
みんな成長している!?
もちろん、そんなに大幅に変化しているわけではない。
素人が見てもわからないほどの微量の変化しかない生徒もいる。
だが、魔法の威力が上がっていたり、連続で魔法を使う際のクールタイムが短くなっていたりとする生徒たちが多いのだ。
ネルは攻撃魔法のコントロールが悪かったのに的への命中率が3割ほど上がっている。
それに、威力も前回見たときより高い気がする。
ケビンは攻撃魔法が全くと言っていいほど使えなかったのだが、簡単な魔法ならば使えるようになっている。
「火球!!」
ケビンの放った炎はしっかりと的に直撃した。
もちろん、『魔法使い』持ちのグループの連中なんかと比べたら大したことはないのだが、それでも一週間前までほとんど使えなかったケビンがここまで!?
これは……何が起こっているんだ?
◇◇◇
「ドーベル先生終わりました」
おれはまとめたレポートをドーベル先生に提出する。
おれの驚いた顔を見たからだろうか。
ドーベル先生はおれに問いかける。
「どうでしたか? Fクラスのみんなは成長していたでしょうか?」
この人……絶対にわかっていて言ってやがる。
本当に食えない人だな。
「いったいこの一週間何をしたんですか? どうやったらこんな変化が生まれるんですか!?」
おれはドーベル先生に強く質問する。
こんな短期間でいったいどうやって?
「ふっふっふっ、それは秘密です」
なっ!?
こいつ……。
「ただ、人は魔術の真理にたどりつくと成長できるんですよ」
ドーベル先生は不敵な笑みで意味ありげな発言をする。
こいつ……。
「あっ、そうでした! アベルくん、今日から他の授業の実技に参加してもいいですよ」
「えっ、急にどうしたんですか?」
ドーベル先生はおれに直接教えたいから自分以外の実技には参加させないみたいな話じゃなかったのか?
「はじめからそういうことに決まってましたからね。その代わり、前にも話しましたがやり過ぎないようにしてください」
ドーベルそういうと荷物をまとめてアリーナから立ち去ってしまった。
わからない……。
いったいどういうことなんだ?
おれは頭にはてなマークを浮かべたままネルとサラのいる食堂へと向かったのであった。




