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寸説まとめました!

寸説 《不死身パン》

作者: mask

 遅刻しそうになったときに通る通行人が私だけの静かな路地。

 流れていく光景の中に映った小さな店。


 こんなところにパン屋さんなんて在ったかな?


 学校に近付くにつれて、その思考は薄らいでいく。

 これが最初の不思議な出会いとは気付かずに。








 学校が終わった。

 帰り道、友達と別れた瞬間に思い出す小さなパン屋。

 私は足を向ける。

 朝の幻想ではなく小さなパン屋はあった。

『OPEN』の札がガラスの扉に下がってるから開いているらしい。

 私は扉を引き開く。

 来客を告げる扉のベルがチリリンと小気味良く鳴る。

「………」

 内装は普通のパン屋さん。だけど、とても静か。というよりは人気がない。

「すみません!」

 奥に居るかもしれないので声をかける。

「…………」

 返事はない。

「やってるんだよね? ん?」

 レジに近付いたときに気付いた。

『パンを購入されたお客様は料金を箱にお入れください』

 レジの隣に段ボールで作ったであろう箱が置いてあった。

 パン屋なのにまさかの無人販売らしい。野菜とはわけが違うと思うが人が居ないので突っ込みを入れても虚しいだけ。

 私はトレーとトングを手に棚に並べられたパンたちを物色する。

 あんパン、ジャムパン、カレーパン、チョココロネ、アップルパイ、ミートパイ、クリームパン、クロワッサン、不死身パン、塩パン、コロッケパン……?

 今、変な名前のパンがなかった?

 ミートパイ、クリームパン、クロワッサン、不死身パン、塩パン……

「不死身パン?」

 見た目はただの丸いパンだ。これのどこが不死身なのか検討もつかない。

「しかも二千円って」

 パンにしては高過ぎる。でもとても気になる。

 私は不死身パンを買った。


「う~ん。損した」

 不死身パン。

 歩きながらかじる感想。

 不味いわけはない。むしろとても美味しいクリームあんパンだった。だけど二千円は痛い出費だ。

「何か騙された感じだな~。不死身って言うから何か凄い力が溢れてくるとか思ったのに」

 まあ、名前が不死身パンなだけで死ななくなりますよって言われたわけでもないし、というより店員自体居なかったから私の勝手な思い込み。もしかしたらパンだけどカビが生えませんよ~とかだったかもしれなーー



「あれ?」

 私は目を覚ます。蛍光灯が眩しい。

「良かった!」

 声の方に顔を向けると両親が泣いていた。

 どうやらここは病院のベットの上らしく、私はトラックに跳ねられたらしい。パンに夢中で信号が赤になったのを気付かなかったみたいだ。

「救急車で運ばれたとき意識不明で命が危ないって聴かされて、おかあさんどうしようって」

「でも頭を打っただけで良かったな。血もすぐに止まったらしいし。丈夫な身体に感謝しろよ」

 両親が言う。

 


 退院後、私は二千円が入った財布を持って小さなパン屋に来ていた。

 目当ては不死身パン。

 交通事故の怪我は奇跡的に軽傷だっただけかもしれない。それに本当に不思議な力のパンだとしても昨日、料理中に包丁で指を切っちゃったけど全然治らない。効力は期限付きの可能性あり。とても指の傷が染みる。それでも私は不死身パンの力を確かめたかった。

 不死身パンを購入。

「……どうしよう」

 交通事故を再現するわけにはいかないし、だからといって自分から怪我はしたくない。

 食べれば指の傷が治るだろうか?

 そんなことに貴重な不死身パンを使って良いものか?

「ムク、起きてよムク!」

 悩んでいると女の子を発見。

「どうしたの?」

「ムクが、目を開けないの」

 女の子が壊れないように大切に抱いていたのは一匹の猫だった。

 毛皮は血で汚れていて呼吸も不規則。

 もう、手遅れだと分かった。

「ムク、死んじゃうの?」

 しゃくりあげる女の子。今にも泣きそうだ。

「そうだ!」

 私は不死身パンを紙袋から取り出す。

「食べたら元気になるかもしれない。あげてみて」

 千切ったパンの欠片を女の子に渡す。

「食べてくれない」

 弱っている猫に食欲などなかった。

 それでも私は諦めたくない。

 不死身パンのクリームを指にベットリつけて猫の舌につけてあげる。

「……舐めた! お姉ちゃん、ムクがクリーム舐めた!」

 女の子は嬉しそうに笑う。

 すると、猫がパチリと目を開けた。

「ムクが起きた!」

 猫は私の指をペロペロ舐めると嬉しそうに鳴いた。

「ありがとう、魔法使いのお姉ちゃん!」

 私は手を振って女の子と別れた。

 不死身パンすげー。



 私がお世話になった病院に私は来ていた。

 手には不死身パンの入った紙袋。

「先輩、こんにちは」

「おう! いつも見舞いありがとな」

 病室で爽やかな笑顔を返してくれる学校の先輩。

 私の初恋の相手でもある。

「先輩、これを食べて今度の試合頑張ってください! 私、応援に行きますから、絶対!」

「ありがとな。でも悪い。無理みたいだ」

 先輩は天井から吊るされた自分の足を叩いて苦笑する。

「全治二ヶ月。サッカーの試合には間に合わない。ごめんな」

 苦しそうに、だが先輩は私に笑ってくれる。

「これ、パンです! 食べてください! 絶対ですよ!」

 私は先輩の悲しそうな表情に堪えられず紙袋を押し付けて逃げてしまった。



「この前のパン美味かったよ!」

 サッカーの試合に勝った先輩とドキドキの下校時間。

「あのパンを食った後、何か歩かなくちゃって思ってベットを下りたら普通に歩けてよ。ビックリしたぜ」

「そうなんですか? 凄いですね先輩!」

「俺、凄いのか?」

「凄いですよ! パン一個で足が治っちゃんですもん!」

 不死身パンのことは先輩には秘密だ。

「もう一回食ってみたいな。なあ、なんて店なんだ?」

「近くに出来た小さなパン屋で、名前は……」

 何だっけ?



 私はまた病院に来ていた。

 ベットでは点滴姿の妹が眠ってる。

 妹は癌だった。余命は残り半年。

 日に日に衰弱して最近だと眠ってる時間の方が多い。

 治す方法はある。

 でも、不死身パンは既に無かった。

 あの小さなパン屋は初めから何もなかったかのように空き地に変わっていた。

「今までありがとう」

 私は妹の手を取って泣いた。



 半年後、私は妹が今まで居た病院のベットを見詰める。

「何やってるの、お姉ちゃん。早くお家に帰ろうよ!」

 妹に手を引かれて私は病院を出る。

 そして小さなパン屋があった空き地に妹と来ていた。

「ここにパン屋さんがあって、不死身パンを食べたから私の癌が治ったの?」

「そう。パン屋さんは潰れちゃったから最後の一個だったんだよ。良かった、買い込んどいて」

 あの日、妹に最後の不死身パンをあげたことで、不死身パンは無くなってしまった。でも何一つ後悔なんてなかった。

「パン一個で癌が治るなんて変なパンだね!」

 大切な妹が笑ってくれるから。


 ありがとう名も知らない小さなパン屋さん。

 今までありがとう。

 不死身パン。

皆さんの近くにも魔法の店があるかもしれませんね

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