第23話 恐獣 3
「ああ…やっぱりこうなったか…誰か状況説明せい。」
「敵は複数のモンスターの集合体のキメラです。現状我々では勝ち目がありません。お嬢様は聖炎で奴の魔力を削ぐつもりです。それと奴の弱点はあの竜の首のようです。それさえなくなればなんとか…」
「つまり、わしはあのトカゲの頭を叩き落せば良いと、それと殴って炎を燃え移らせれば良いんじゃな…全く難題を押し付けられたな。」
どうにもならんとは思っとったが、状況はさらに最悪の方向に進んでいるようじゃな。それに最初に出会った時より、その圧が増しておる。今のわしでは到底かなわない。やってやると思えなくなるほど、実力に差が開いている。
「回復魔法はどれだけ残っている?」
「後2回が限度です。それ以上は魔力が尽きてしまいます。」
「そうか…ならわしのこの炎が消えたら回復魔法をかけてくれ。間違いなく瀕死の状態になるからな。それとラシャドールからもらった武器を持ってきてくれ。さすがに素手では厳しい。」
「わかりました、しかしそれまでの間はどうしますか?」
「落ちている武器でなんとかする。それよりも来るぞ。」
キメラはもう腹が減ったと言わんばかりに食らいつこうとして来る。剛柔はさすがにそこにいては他に被害が及ぶと考え、打って出る。
まっすぐに走り寄り、キメラとの正面衝突、になる前になんとかキメラの下に潜り込み背後を取ろうとする。
「ッチ!腹の下までおるんか。」
腹の下は攻撃の及ばない安全圏だと思っていたが、腹には2種類ほどのモンスターの頭がついていた。剛柔にはそれがなんのモンスターかわからないが、それはどうでも良い。今はそのモンスターによる噛みつきをなんとか躱さなくてはならない。
モンスターの噛みつきをすんでのところで体をひねり、辛うじてかわす。そのまま体を滑らせて腹の下を通り過ぎる。おかげで背後を取れたと思ったが、背後には蛇となった尻尾があり、変幻自在に襲いかかる。
その猛攻をかわしながら落ちていた剣を拾い切りつけるが、すでに剣はボロボロで、強化魔法をかけても一撃で折れてしまった。
その後も拾っては切りつけているが、どれもボロボロで、どんなに頑張っても2振りで折れてしまう。しかも蛇の体には一切傷がついていない。噛みついて来る口の中を切りつけてもそこも硬い。レッドオーガのように内部が柔らかいということもないようだ。
もう周囲に武器は落ちていない。それでもキメラは攻撃の手を緩めることはない。バドラが今まさにあのレッドオーガから作った武器を馬車で探しているようだが、もう少し時間がかかりそうだ。
「仕方ない。この体でどれだけ持つかわからないが、技を使うか。」
技、つまり武技だ。剛柔はこの世界に来てからまともな技を使ったことはない。レッドオーガ戦でも鎧通しは使ったが、あの程度ではまだまだだ。剛柔の本気の技を使えばこの状況も打開できる可能性はある。しかし技の強さに体が耐えられないのだ。
だからと言って、ここでなにもしないで死ぬよりかはやって死ぬほうがマシだ。だから剛柔は計算する。今、このマリーの体で扱える技の種類とその強さを。その中から最善を選び抜く。
「行くぞ。剛技拳術…」
蛇の攻撃を躱し、根本まで近づく。そこで構えを作り、放つは右拳の一撃。
「正拳突き!」
鋭く、そして力強く突き出された拳はキメラの蛇の首元に突き刺さる。その剛拳はキメラの巨体を揺らした。
そもそも剛柔の技に名などなかった。付ける必要性を感じなかったからだ。しかし5番目の弟子の時に全ての技に名前をつけられた。
5番目の弟子は格闘術の才能が一切なかった。しかし技を見る目だけは本物だった。その5番目の弟子によって技の全容が記され、技名をつけ、世に広まることとなった。剛柔自身、別に名をつけられて嫌な気はしなかった。
技の名前は複雑なものも多かったが、単純なものもそれなりにあった。武術の基本と言える技にわざわざ新しく名前をつけるのは面倒だ。そして名が単純であればあるほど、その破壊力は絶大だった。
剛技拳術正拳突き。武術には主に剛の技と柔の技がある。剛技は破壊力に富んだ一撃必殺の技。この技は通常の空手における正拳突きとは少し違う。
放たれた拳は鎧通しのように奥深くまで突き刺さる。さらにその威力はあまたの武術の要素を取り込み、岩でさえ粉砕させるほどとなった。
「これでは通じんか…」
しかしキメラにはなんの外傷も与えなかった。本来ならばその威力はキメラの内臓にダメージを与え、反対側まで貫くはずであった。しかし剛柔も気がついていたが、当たった瞬間にダメージが身体中に分散してしまったのだ。
「粘性のある何かが体内におるな…スライムというやつか…」
本来スライムは弱い生物だ。簡単に倒せるモンスターだが、キメラの一部となったスライムは血に混ざり込み、どんな外傷を負ってもその粘性で出血することがなくなっているのだ。さらに異物が入り込めば消化、吸収してしまう。
そして今回の剛柔の攻撃のような殴打による攻撃も、その粘性で体全体に分散してしまうのだ。
しかし、ダメージのないキメラに対して剛柔のダメージは大きかった。完全に右腕が破壊されている。技の威力に体が耐えきれなかったのだ。本来ならもう少し威力を落としておくべきだった。しかし威力を落としては効果がないと思っていたのだ。
回復魔法ですぐに腕を治すが、すぐに蛇の攻撃が来る。その攻撃に合わせて剛柔はカウンターを合わせる。
「剛技脚術足刀」
左回し蹴りによる脚技。刀のように切れるその技は生前、木の板を切り裂いていた。
しかしその技も通用しない。切ったはずの蛇の体は傷一つついておらず、逆に蛇の鱗で左足はズタズタだ。その代わり、蛇の噛み付きだけは逸らすことができた。追撃を受けないためにすぐにその場から離れる。
剛柔の今できる体術ではなにも意味はない。しかし、目的は果たした。拾った剣ではすぐに折れてしまい効果が出なかったが、直接触れることによって聖炎をキメラに燃え移らせることができた。
「シャアァァ!」
初めてだろう。奴に動揺を与えたのは。燃え上がる聖炎はキメラの全身を覆い、その炎を燃え上がらせた。聖炎によるダメージはない。しかし確実にキメラの魔力を減らしている。あとは時間を稼げば魔力を減らし続け、逃げ隙くらいは作れる。
キメラもその聖炎の能力に気がついたのだろう。しかし一度燃えた聖炎を消す術はない。するとキメラは一つ身震いをした。矢が刺さっていた時にしたのと同じことだ。その震えは全身を激しく震わせた。
そしてキメラを覆っていた聖炎は周囲に飛び散った。
「な、なぜ…」
この光景には流石の剛柔もうろたえた。聖炎を消すことも弾くこともできないはず。なのに聖炎は確かに飛び散った。
「そうか、体表面を魔力で多い、それを身震いで弾き飛ばしたのか。」
魔法ではなく、単純な方法で聖炎を飛ばしたのだ。確かにそれならば体から離すことができるかもしれない。しかしどれだけの量の魔力を消費するか想像もできない。
「ならばお主の魔力がなくなるまで何度でも燃やしてやろう。」
体術は一切効かないので触れて燃え移らせるだけだ。しかしさすがにキメラも少し警戒を強めた。むやみに近づけばキメラの一撃をもらうことになるだろう。しかし他に方法はない。決死の覚悟で挑む。




