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第17話 マリーの特訓と成果

「おはようございますお嬢様。今日はお早いですね。」


「ギリギリね。だけど初めてロッテが起こしに来る前に起きられたわ。」


 いつもよりも清々しい朝。精神的に参っていた魔力コントロールの修行もとりあえずはなんとかなっている。悩みのタネが少しでも減ったと言うのは実に嬉しいことだ。


「ではお着替えを…朝食後にまた修行ということで動きやすい格好にしておきますか?」


「うーん…今日は他にやりたいことがあるから別の服にして。剛柔さんからお菓子の作り方を教わったからそれを作ってみたいの。もちろんロッテも一緒にやるわよ。」


「剛柔様からですか!わかりました。そのようにご用意しておきます。」


 ロッテの顔に笑みが浮かぶ。ロッテたちを助けたのは私ではなく剛柔だとこの屋敷で働き始めた時に聞かされている。そのため、私よりも剛柔さんに対する忠誠の方が高い。少し寂しいが代わりに私とは友達感覚で接してくれている。


 着替えを済まし、いつものように家族団欒で食事をとる。その際にお父様から厨房を借りる許可をもらう。貴族の令嬢が調理場に立つなんてありえないような話だが、今少しだけ王都の方では令嬢たちによるお菓子作りが流行っている。


 なぜかというと王都周辺の町で砂糖が安定して取れるようになったからだ。そこに関連して様々なお菓子に使える材料が入るようになってきていて、そこに目をつけたとある令嬢がお菓子作りを貴族の女性の中で流行らせたのだ。


 私自身、学校の試験のために王都に行くまでは全くそんな流行知らなかった。まあ、そういう経緯もあって私の許可はすんなり通った。


 料理長に先に材料を用意してもらう。王都周辺では砂糖も安定して取れるが私のいる伯爵領では多少は安くなったが、まだまだ高い。それでもすべての材料が簡単に揃った。


「じゃあロッテ、始めるよ。今日作るのはシフォンケーキというものです。」


「はい。よろしくお願いしますお嬢様。」


 作り方はそこまで難しくない、はずなのだが料理なんてしたことない。初めてということで、てんてこ舞いだ。始めに卵の白身と黄身を分けるが黄身が何度も割れてしまう。分けた白身はロッテに泡立ててもらい、私は黄身と砂糖を混ぜ合わせる。


 美味しそうで舐めたくなるが、生の卵はさすがに危険だ。下手に食べたら食中毒を起こす。そこにサラダ油を加え、少し混ぜた後に牛乳を加えてさらに混ぜる。なんだか少し分離したようだが、混ぜ続けたらなんとか…なったよね?


 ロッテはどんな調子かというと慣れない作業で腕がパンパンらしい。それにあまり硬くなってないようだ。


「あ、そっちにもお砂糖入れるの忘れてた。」


「そうなんですか?じゃあこの砂糖を…なんかさっきよりも固めやすくなってるんですけど…」


「あはは…ごめん。」


 そういえば早めに白身に砂糖入れておくとメレンゲが作りやすいって言ってたような…


 ま、まあ初めてだし失敗はつきものだよね!後は私の黄身を混ぜ合わせたものの中に小麦粉を入れてしっかり混ぜる。混ぜ合わせたものをロッテの作ったメレンゲと合わせて再び混ぜてやれば生地の完成だ。


 後はこれを肩に流し込めば良いのだが…


「ちょうど良い型があったってこれのことかぁ…嫌な思い出が…」


 目の前にある型は中央に穴の空いているまさにシフォンケーキにぴったりの型だ。ただ、これにはちょっとしたトラウマがある。


 この型はお父様がたまたま知り合った貴族の方からもらったものでなんでもとある料理にぴったりなのだとか。そのとある料理とは鰻のゼリー寄せだ。


 長く、ニョロニョロとした魚をぶつ切りにして煮込んだものを肩に流し込み冷やしたものだ。初めて見たときはゼリーの部分が美味しそうに見えたが、誰も食べきることができず、捨ててしまった。なんというか…色々ダメだった。それ以来使っていなかったが初めてまともに役に立ちそうだ。


 型にしっかりとバターを塗っておく。そこに生地を流し込み焼くだけだ。今から出来上がるのが楽しみだが、あの美味しかった生クリームはないのでジャムを載せることになった。そこは少し残念だ。


「焼けるのを待っている間、魔法の特訓しよっか。」


「はい。お願いしますお嬢様。」


 ロッテに今一番必要なのは魔力コントロールだ。奇しくも私と同じ課題だが、別にロッテは魔付きではない。ただ、魔付きでなくとも魔力コントロールは重要だ。どんな魔法を使うにもまずは魔力コントロールだ。


 ロッテはもともと魔法が扱えていたが、効率が良くなかった。術式を扱えていても魔力コントロールによって同じ魔法でも効果が全く違う。ロッテならば第9級魔法ならすぐに使えるようになるだろう。


 ロッテに魔力コントロールをさせている間に私は剛柔さんに言われたことを実行してみる。


 使うのは第10級魔法ファイア。手元に火の玉を出現させそれを投げつけることのできる魔法だ。簡単な魔法なので冒険者などの焚き火の際の火起こしに使われることもある最も人気のある魔法だ。


 術式を展開させ、魔法を発動させる。手元に小さな火の玉が現れる。小さな火を作り出したので、これなら丸一日つけ続けても問題ない。それをじっくりと見ながら魔力の感覚をつかむ。


 手の平から魔力が抜け出ていく感じはわかる。しかしそれが燃える感覚というのは全くわからない。波長とか色々言っていたがその感覚がわからないのだ。


「あ、そうだ。右手で魔法使って見て、同じような感じで左手に魔力だけを放出してみれば…」


 左手に意識を集中させ、魔力を放出する。そして放出した魔力に色々と変化を加えてみる。しかしこれもどうやらうまくいっていないようだ。そもそも波長を自由自在に変化させるのなど余程の天才でなければ不可能だ。


「うーん…うまくいく気がしない。そもそも魔力を変質させることなんて…あ、身体強化魔法。」


 身体強化魔法。もともとマリーは使えない魔法だったが、なんとなく使えるようになった。それは剛柔の度重なる身体強化魔法の乱用によって肉体が覚えてしまったものだが、マリーの状態でも十分扱える魔法だ。


 なんとなくでやってみる。すると確かに身体強化魔法が発動された。その際になんとなく身体の中のものが変わっていくような感じがした。おそらくこれが魔力の波長を変え、変質させるということなのだろう。


「これを何度も繰り返せば…」


 マリーは身体強化魔法のオンオフを繰り返す。すると次第に魔力の感覚をつかめるようになってきた。この調子なら自在に変質させることも可能になる。が、その前にやることをやらなくては。


「もう焼けたみたいだね。ロッテ、そこの手袋とって。」


「危ないですから私がやりますよ。…っと、いい香り。」


 オーブンを開けるだけでいい香りがしてくる。すぐに取り出して机の上に置く。今すぐ食べたくなるがその気持ちをぐっとこらえて粗熱が取れるまで待つ。


 粗熱が取れたところで型から外す。フワッフワでいい香りもしてくる。あとはそれを切り分けて庭に運び食べることにする。


 丸々一つあるので食べ放題だ。まあ二人で分けるので半分になるが十分な量だ。切り分けたものを皿に取り分けてジャムをかける。


 そこからはもう我慢できずに早速食べ始める。フワッフワのシフォンケーキに甘いジャムが絡んでさらに美味しい。酸味もたまらない。


「そういえば…色々と考えるの忘れてた。また剛柔さんのところで作れるようにしとかなきゃ。」


 剛柔のところでも同じように作るためにはもっと細かく考えて理解しなければ味がうまく再現できない。作業としては材料を混ぜていくだけ。簡単だが一つ一つの作業に意味がある。


 卵の白身でメレンゲを作るのはこのフワフワ感を出すため、油と牛乳を混ぜるためには分離しないように気をつけなければならない。


 そういえば魔法も考えることで効果を上げられたとか言ってたな。魔法も考えてみれば術式を展開させて魔力に命令を与えれば魔法が発動する。こう考えれば単純だが一つ一つが大変で重要だ。


 術式に間違いがあれば魔法は使えず、魔力が少なくても魔法は使えない。剛柔さんはこの術式を展開させる部分を省略させろって言っている。確かにできないことではない。上位の魔法師たちは皆、下級の魔法なら術式を使わなくて済む。


 つまりできないことではない。やり方が難しいだけだ。第10級のファイアであっても複数の命令を魔力に与えなければならない。火を作り、形を作り、燃やし続けるために固定させる。


 あと、自身が燃えないためにする必要もある。基本的には自分の魔法は自分には効かない。そういう風に術式が組まれている。


 つまりは4つの命令が必要なのだ。それを全て体内で行うのは難しい。だからこそ術式という形をとる。


「ううん…違う。固定観念に囚われちゃダメなんだ。必要なのは火を作り、それが自分にダメージを負わないようにすること。」


「お嬢様?どうしたんですか?」


「これでも2つのことを同時に行う…違う、考え方は身体強化魔法と同じだ。出力が強すぎると自分にもダメージがあるけど少量なら問題ない。もともとは自分の魔力…魔力自体は影響は与えない。少量の変質なら問題ない…はず。」


 右手を見つめる。やることは火を作り出すこと。イメージを作り出せ。術式はいらない、いや私自身を術式にする。体内の至る所で魔力を変質させる。


 魔力を変質させる感じはなんとなくわかった。あとはその変質させるイメージを整える。


 火、燃え盛る業火、全てを飲み込む大炎。だけど私を飲み込まないように、私を守るための炎、私の炎。優しく、暖かい炎。単純な変質じゃダメだ。複雑で、それでいて御し切れるように。


「お、お嬢様!」


「……できた。術式を介さない魔法。だけどこれって。」


 今回は右手だけに集中させた。そのおかげで右手だけが燃えている。しかしその炎は赤くない。白い炎。美しく綺麗な炎。今まで使えたことはなかった。こんな炎は見たことはない。しかし、ランドル先生との授業の中で少しだけ触れた。


『その炎、全てを優しく照らす天使の炎。神々が我らに与えた悪魔を退ける力。』


 第5級特異魔法、神聖魔法『聖炎』。


 神々に使えるものだけが許されるという神の力の一端。


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