第15話 マリーの特訓その1
「はっはっはっは…」
私は今走っている。軽くジョギングする、予定だった。
はじめは歩くよりも少し早いくらいのスピードだった。だけど物足りなさがあった。だから少し早くした。それでも物足りなかった。だから私は、満足するように走っていた。
気がついたら私は生垣を飛び越え、木々を渡り走っていた。そして屋敷の庭では満足できなくなり、街へと飛び出していた。
家々を飛び回り、屋根伝いに走り回る。なんとも気分がいい。清々しい気分だ。ランドル先生もはじめは息抜きにちょうど良いだろと思い許可してくれていたが、そのランドル先生はどこかに行ってしまった。
気がつくと身体強化魔法を使っていた。これは私が最も苦手だった魔法だ。なんせ体を動かすのは最も苦手。その上身体強化魔法は魔法陣を介さずに使用する普通の魔法とは一線を画す魔法だ。
かつて剛柔さんを魔人として封じ込めていた際には、封じるために魔力コントロールのリソースを割いていた。そのため身体強化魔法は全く扱うことのできない魔法だった。
それがなぜか普通に使えている。使おうと思わなくても自然と使えてしまっているのだ。身体強化魔法の使い方もろくに知らなかったというのに。
その理由についてだが、昨日剛柔さんと話していた際に気になることを言っていた。動きというのは脳で覚えるのではなく、体が覚えているものだと。
つまりこの身体強化魔法も剛柔さんがこの体を使っていた際に体が覚えてしまったのだろう。私が知らなくても体が覚えているというのはなんともありがたい。
それと扱える魔力量がなぜか増えている。この理由に関しては…一体なぜなんだろ?全くわからない。もしかすると身体強化魔法は剛柔さんの魔力で行なっていた魔法だ。その身体強化魔法を扱いながら私も解析を行い、どうやって身体強化魔法を使うのか理解して私自身でも使うようにしている。
つまり同じ魔法を剛柔さんと私で使うことによって、剛柔さんの魔力が勘違いを起こして私の魔力になってきているのかもしれない。だけど魔力が勘違いすることなんてあるのだろうか?そんなことは習ってないのでわからない。帰ったらランドル先生に聞いてみよう。
「よいしょ…ここどこだろ?」
気がつくと森の中にいた。辺りをキョロキョロとしていると数人の男たちがやって来た。全員が斧を持っていてかなりガタイがいい。
しかし盗賊ではない。彼らは木こりたちだ。木を切り倒しに来たんだろう。薪にも使えるし、建築資材にも使える。剛柔さんの家も全部木で作られていたな。
「お嬢ちゃん、こんな森の中で何やってんだ?危ないからうちに帰りな。」
「もうすぐ帰ります。これからお仕事ですか?」
「お仕事って…まあな。今年の冬までにかなりの薪を集めないといけないし、ボロい家なんかも修理するために木が必要なんだが、少し遠くまで出ないといけなくて木を集めるのも大変だ。おまけにモンスターも出るしな。」
そういえば剛柔さんとも話した。冬を乗り切るのが大変で、準備ができなかった年はたくさん人が死んでしまう。
中央の王都のような発展しているところだと、暖房用に魔道具が売られているから人も死ににくい。だけどうちも伯爵領とはいえ、王都からは遠く離れているため魔道具もあまり出回らない。お父様も冬が来るたびにため息をよくついている。
「あ、あの!よかったらお手伝いします!」
「お嬢ちゃんが?やめとけやめとけ、これは力のある男の仕事だよ。お嬢ちゃんは遊んでな!」
「やります!やらせてください!」
「わ、わかったよ。ちょっとだけだぞ?」
なんとか斧を貸してくれた。ここは期待に応えなくちゃ。…期待されてないけど。
「斧を振るのは大丈夫だけど…この斧ボロボロ…」
「悪かったな、こんなボロしかなくて。」
「い、いえ!すみません!」
いけない、そんなことを言っちゃダメだ。だけどこの斧を振って木を切り倒したらもっとボロボロになっちゃう。
「せめて武装魔法を使えたらなぁ…」
…試しに魔力込めればできるかも。また身体強化魔法みたいに体が覚えているみたいな。ってそんなにうまくいかないよね。武装魔法は魔法陣使う魔法だから剛柔さんにはできないよ。
「お、おい嬢ちゃん!そりゃなんだ!」
「…できちゃった。」
武装魔法できちゃった。剛柔さんすごいなぁ。だけどこのままじゃダメだ。魔力が安定してない。もっと魔力を固定させよう。おっきい斧みたいな、こう…シュババーンって切れちゃうような。
「固定した。えっと…どこの木を切ればいいですか?」
「お、おう…そうだな、帰り道を作る予定だからこっちの方の木を切ってくれ。」
「はい!」
よし、マリー。焦っちゃだめ。慎重に切らなくちゃ。なるべく根元から切ったほうがいいよね。地面すれすれで切る感じ。斜めになってもダメ、まっすぐ水平に…
「てや!」
シュバババババババ…ズズーンズズーン
「本当にシュバババって切れた…」
「おい…嘘だろ?」
私今もしかして風魔法も一緒に使ってた?これだけの威力…第6級魔法相当になるけど魔法としては第8級魔法の風斬系魔法の何か?それに武装魔法の威力も合わさって威力が上昇したってことかな?
「えっと…斧ありがとうございました。」
「え、ああ、え?はい。」
今の魔法が起きた理由とか色々知りたいけど、その前に色々とやることあるかも。
「あの…切りすぎちゃってごめんなさい!」
「く、ククク…」
「こりゃ…参ったな…」
「がはははは!」
男たちは全員大笑いしている。そんな彼らを見てオロオロしている私の頭を撫でてくれた。
「本当は俺らで2〜3本切って持って帰ろうと思っていたけどお嬢ちゃんのおかげで助かった。ありがとな!」
「い、いえ。」
褒められちゃった。なんだか嬉しいな。
「よし!じゃあ後は俺らで運ぶか!」
「「「おう!」」」
そういうと男たちは運びやすい木を選び縄をくくりつけ始めた。そして3本の木にくくりつけるとそのまま引きずり始めた。
「枝とか切り落とさないんですか?」
「枝も燃料に使えるしな。葉は家畜の餌にもできる。捨てるとこなんかねぇよ。」
そういうと男たちは運び始めた。しかし3本だけ。切り倒した木は数十本になる。まああんなに重いものを運べばそれは大変なんだろうな。それに比べれば木を切り倒すだけなんて簡単なものじゃないか。
手伝いたい。この人たちのためになりたい。しかしそうは思ってももう使える魔力はない。魔力なしでこの木を運べるとは思えない。
「しょうがないよね。」
諦めて家に帰る。なんていうことはしない。マリーの気持ち的にもそれは嫌なのだろう。マリーはそっと人差し指の指輪を外した。
「まったく…マリーはしょうがないのぉ。さて、久々のシャバじゃ。張り切るか。」
「よーし。とりあえず街まで残り半分の距離だ。気合い入れていくぞ!」
「「「おう!」」」
「そういやぁあのお嬢ちゃんもう帰ったのかな?」
「そういや運んでいる最中は見てねぇな。飯くらい食わせてやったのに。」
「いい身なりでしたからどこかの商家のお嬢さんなんじゃないですか?」
それにしてもあんな魔法なんて久しぶりに見たぜ。いつもは火をつけるためのしょぼい魔法ばっかだしな。まああのお嬢ちゃんのおかげで少しは楽ができそうだ。
「お、おい…なんか地鳴りがしねぇか?」
「ほ、本当だ…モンスターか?」
「いや、おいおい…嘘だろ」
俺らが見た方向。それはあのお嬢ちゃんが木を切り倒した方向だ。その方角にありえねぇものが見える。
組み上がった木々。崩れないようにきちんと組み上げられた木々は徐々にこちらに向かってきている。2〜3本じゃねぇ10本以上の木々が組み上げられていやがる。
そしてその木々の真下。そこにはあのお嬢ちゃんがいた。汗を垂らしながら一歩一歩、確実に近づいてきている。あんぐりと見つめているとそれは俺たちのところまで追いついた。
「あ、これどこまで運べばいい…ですか?」
「え、あ、ああ…先導するのでついてきてください。」
休んでいられなくなった。急いで運び出した俺たちだったが、お嬢ちゃんがついてくるのを待つ…なんてことはなく、むしろ俺らが遅くて邪魔になっていた。
男が女に力で負けられるか!って言いたかったがさすがにこんなのに勝てるはずねぇ…
それからしばらくして街に着いた。町の連中全員が驚いていやがった。まあ当たり前って言えば当たり前か。騒ぎを聞きつけて衛兵たちも集まってきたくらいだ。
「こいつはすごいな…一体誰が……ってマリー様!?!?い、一体何を!」
「ん?ちょっと手伝いだ。とりあえずしんどくなってきたから道を開けてくれ。運び入れるから。」
そういうとそのまま最後まで運んじまった。まったくたいした野郎だ。いや、女か。
運び終わると時間が不味いと言ってそのままどっかに行っちまった。礼の一つくらい言わせろってんだ。
そういや衛兵のやつが知っているみたいだったから、どこの誰だか聞いておくか。
「おいそこの若い衛兵さんよ。あの嬢ちゃんのこと知っているみたいだったな。礼も言わずに行っちまったからどこの誰だか教えてくれ。」
「…馬鹿者が。あれはこの伯爵領の伯爵、ラーカン伯爵のご令嬢のマリー様だ。」
……まじかよ。今日は何回驚きゃいいんだ。もう声もでねぇよ。馬鹿野郎。




