第13話
翌日、朝食をとりまたしばらく移動すると街が近くなってきた。これでしばらくこの光景も見納めになるのだろうか。少し寂しさがあるが、こんなジジイがわがままを言ってはいけない。
屋敷に着くと父のラーカンが出迎えにきた。よっぽど気になっていたのだろう。見るからにそわそわしている。
「ようラーカン。出迎えご苦労さん。」
「貴様…まだ」
「そんなに焦るな。今から変わるつもりだ。」
馬車から降り、精神を統一させる。気を巡らせ、魔力を変質させる。
周囲の空気が変わるのを感じる。溢れ出た魔力が大地に染み渡り、植物の成長速度を増させている。体をただ直してはダメだ。より強く、より高みに近づける。残っている魔力をすべて回復魔法に使う。どんな小さな痛みさえもなくなるほど。
肌は潤いを増し、髪は少しずつ伸びる。体に残っていたありとあらゆる怪我を治した時、魔力が完全になくなった。
「お…父…様?ここは一体…」
「マリー!ああ、マリー!よく戻ってきてくれた!ああ、本当に良かった。」
この体の元の主人、マリーが戻った。それは武道家剛柔の終わり…かと思った。
「お父様、ごめんなさい。早く魔力のコントロールをしないと彼がすぐに出てきちゃう。」
「そ、それはどういうこと…」
「彼の意識というか…魂の力が強すぎるの。彼も抵抗してくれているけど5分と持たない。ランドル先生を呼んでください。私はすぐに魔力コントロールを始めます。」
マリーはすぐにその場に座り込み瞑想を始めた。マリーは幼い頃からこの魔力コントロールだけは人一倍うまかった。いや、うまくないと生まれた時から取り付いている剛柔の魂を抑え込むことができなかった。
はっきり言って魔力コントロールだけは同世代では並ぶものはいない。しかしそれでも一度出てきてしまった剛柔の魂は押さえつけることはできない。それこそ頭の先から垂らした糸を、足元の針の穴に通すくらいの芸当が簡単に行えるほどの、繊細なコントロール技術が必要だ。
体内で少しずつ回復されてきている魔力の乱れを正し、自分のものとして取り入れていく。しかしどんなにマリーが頑張っても、どんなに剛柔が拒否しても剛柔の元へ魔力が集まっていく。
「あれま…戻ってきちったな。」
瞑想開始から5分。再び剛柔が戻ってきた。ラーカン伯爵の額に青筋が浮かぶ。かくして、地獄の特訓が始まろうとしていた。
「だぁぁ!またか!おいラシャドール!」
「あー…はい。」
あれから1週間が経過した。マリーの魔力コントロールはうまくいかず、度々剛柔が現れてくる。そして現れるたびにラシャドールと組手をし、魔力を尽きさせている。
はじめは楽しかった剛柔も今では嫌気がさしている。魔力が1%でも回復すると自分が現れるため、組手も魔力を1%しか使うことができず、フラストレーションが溜まっているのだ。
「もう使い切った!嬢ちゃんに変わるからお終いじゃ!」
「…はいはい。」
こうして変わるとマリーがすぐに魔力コントロールを始める。しかし、それも1週間経っても5分と持たない。だがそれはマリーが悪いわけではない。マリーは着実に制御できる魔力量が増えている。
だがそれでも自分を保っていられる時間が増えない理由。それは魔力の自然回復量の上昇だ。
毎日のように魔力を使うたびに回復させているせいで魔力を回復させるための器官とでもいうのだろうか。それがどんどん発達してしまったのだ。
一般的な魔道士の魔力総量を1万とするとマリーの魔力総量はおそらく5万はある。そのうちの1%というと500。つまり5分しか持たないマリーの場合1分あたり100の自然回復量がある。
一般的な魔道士の魔力量なら100分で全快してしまう。はっきり言って異常だ。本来魔力は一度尽きると全快まで一晩かかる。一般的な魔道士の1分あたりの回復量は大体20程度。異常なまでの魔力の才能と言える。
しかしその才能が今回に限っては仇となった。どんなに魔力コントロールを上げても自然回復量が多すぎて、あっという間に主導権が剛柔に変わってしまう。
このままでは一生こんなことが続きそうなのでランドルも何か打開策を考えているが、なかなかいい案が浮かばないようだ。
しかし学校が始まる日は確実に近づいている。このままではまともに学校に行くことはできない。下手をすれば、こちらから退学願いを出さなければならないかもしれない。
そんな最悪の事態を考えていると、屋敷にとある行商人の男がやってきた。ラーカン伯爵が懇意にしている商人でいつも何かと買っている。そんな男とランドルが何やら話し込んでいる。
この光景はなかなか珍しい。なんせランドルはこの屋敷お抱えの教師だ。商人と直接話すことなど滅多にない。そんなランドルは商人から何かを受け取るとこちらにやってきた。
「ランドル先生どうされたんですか?」
「ええ、実は頼んでおいたものが今日届きまして。」
そういうと懐から先ほど商人から受け取った小さい箱を取り出した。フタを開けると中には8つの指輪が入っていた。
「これは…もしかして魔封石の結晶ですか?しかも…純度が高い。」
「さすがはお嬢様。まさにこれは強大な龍脈の周辺でしか取れない魔封石です。しかも上物を頼んでおきましたからかなりのものですよ。本来は魔道士の罪人などにしか使われませんが今回は役に立ちそうです。」
「もしかして…これをつけろと?」
「はい。このままではお嬢様の魔力コントロールですべての魔力をコントロールするのは不可能です。ですので、その総量そのものを減らそうという作戦です。とりあえずこの一番小さいものをつけてください。お嬢様でしたら多少魔力が溢れると思います。」
本来罪人がつけるものということで気乗りはしないが、これしか方法はない。一番小さいものを取り小指にはめて見る。
すると先ほどまでよりか魔力の量が減り楽になったように思えたが。
「ランドル先生…全然抑えきれてないです。」
「……本来そこらの魔法が使える剣士レベルでしたら、それで完全に魔法が使えなくなるのですが、さすがはお嬢様です。ではもう一つ大きいものを」
次に渡されたものを薬指にはめる。しかし結果はそこまで変わらない。次に逆の手に同じように小指と薬指に指輪をはめる。
「あ、ものすごく楽です!これならもう問題ありません!」
「本当ですか!良かったです。ではあとは魔力コントロールを」
「あ、待ってください…残りの指輪を貸してください。」
ランドルが不思議そうにしているとマリーはすべての指輪を装着する。これで魔力は完全に漏れ出すことはなくなった、はずだった。
「…お嬢様。私の勘違いでなければ魔力が溢れ出しているのですが。」
「今まで私の中の魔人、剛柔さんが抑え込んでいたようです。以前のレッドオーガ戦で魔力量が桁違いに上がっていたようで…」
以前のレッドオーガ戦。その際に回復魔法で体を作り変えるように戦っていたため、肉体面でも魔力面でも丈夫な肉体になっていたようだ。
気がつかない間にマリーの魔力総量はこの国でも有数のレベルにまで上がっていた。そしてその分、魔力コントロールが難しくなってきているのだ。
「とりあえず…明日からはもっと厳しくしますが…よろしいですね?」
「…はい。」
こうしてマリーの本当の地獄が始まろうとしていた。




