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第10話 オーガその4

 オーガはゆっくりと歩み寄る。それは俺にこいつを止める手段がないことを知っているから。ゆっくりと歩み寄ることでより深い絶望を与えるため。俺の無力さを知らしめるため。


「いい度胸だ。よかろう。その思い上がりを正そうか。」


 戦い方を変える。高速戦闘によるダメージ蓄積から、一撃一撃に殺意を込めた攻撃に。


 もうこのオーガはこちらに気を配っていない。ならばオーガの攻撃をわざわざ避けなくてもいい。まずは動きを止める。


 狙うのは右膝の裏。関節に差し込むのではなく関節の周囲の筋肉を断ち切る。背後から全力で突撃し、短剣を突き立てる。


「弾かれたか!」


 全力の一撃だった。しかしそれでもこの硬さは貫けない。短剣自体もすでに刃先がボロボロだ。他の手を考える。


 飛び上がり背後からオーガの顔面に飛びつく。完全な無警戒。しかしそれがアダとなる。


 眼球打ち。両方の眼球を掌底で打ち付ける。眼球は比較的丈夫だ。その眼球を強く打つと後ろにある脳にダメージが入る。人間相手ならうまくやれば殺せる技だ。しかし


「目ん玉まで固いのかい!」


 まさかのノーダメージ。眼球さえも鉄のように固い。そしてその眼球周辺の筋肉によって微動だにしなかった。


 顔面に張り付いたのは流石に好機とでも思ったのか、オーガは口を開き食らいつこうとする。すぐに一撃を与え飛び退く。するとオーガは悶え苦しみ始めた。今までになかった痛みに苦しむ姿だ。


「どうやら口ん中の…舌までは固いわけではないようだな。」


 飛び退く一瞬。その瞬間に短剣で舌を切り裂いた。舌は分厚かったが、体表よりも簡単に刃が通った。わずかな希望だ。


「とはいえ口の中を切るのはなぁ…中が柔らかくても入れはせんからな。」


 攻撃できても口の中だけ。それでは勝負はつかないだろう。オーガは今の一撃で激怒したのか咆哮をあげる。その時にうっすらと口の中が見えた。


「もう治り始めていんのかい…こりゃこりゃ……」


 二つに切り裂いたはずの舌はくっつき始め、出血も止まっているようだった。マリーの記憶の中にモンスターは多少の怪我なら自然に治っていくという情報はあった。しかしここまで早いとは思いもしなかった。


「これがキングクラスのモンスターということか。なんとも面白い。」


 面白いのはいいが打開策が見つからない。倒せるだけの武器がないのだ。今考えて見れば鎧通しで内臓に与えていたダメージもこの自然回復で無効化されていたらしい。通りで何発やっても良い手応えが得られないはずだ。


「技も効かず、武器も効かずか…打開策が見つからん。」


 せめてこの短剣がもう少し強ければよかったが、ないものをねだっても仕方ない。いや、待て。


「武器を扱う際はその武器を己の体の一部とする。初歩的なことだ。なら己を強化する強化魔法を武器にも付与すれば!」


 やれるかやれないかではない。やるしかない。イメージを固めろ。気を巡らせる感覚。魔力を行き渡らせる感覚。そしてその魔力を武器にも張りめぐらせる。いや、それでは足りない。魔力を纏わせる。


 今、この手に持つのはただの短剣ではない。鋭く鋭利な己の一部。そして敵の息の根をとめる己の力の権化。


「さすがわしじゃな。天才ここに極まれり。」


 右手に持っていたただの短剣は魔力をまとい全長50cmほどの光の剣となった。やれる。その確信しかない。


 オーガはすでに子供達の近くまで来ている。ここで止めなくてはならない。先ほどまでの自分だったら無理だったろう。10分前の自分なら、1分前の自分ならどうすることもできない。しかし今のわしは違う。1秒前の自分では無理でも今の自分ならできる。


 その瞬間ごとに力を増す。本来そんなことは難しい。戦い、疲労が増せばどんどん弱くなる。しかしわしは今こそが歴代1位。今、この瞬間にも強くなっていく。


「さて、待たせたな。」


 背後からオーガに近づき切りつける。先ほどまでとは違い刃が通る。しかし薄皮一枚程度だ。瞬時に回復される。


「もっと早く!もっと強く!鋭利に!こやつの命を終わらせるために!」


 身体強化魔法を極限まで高める。もちろんそんなことをすれば体の方が持たない。筋肉はちぎれ、骨にヒビが入る。だがそんなものは関係ない。


 身体強化を行いながら回復魔法も行う。本来同時に行うのはかなりの制御能力が必要となる。しかしそれを圧倒的な戦闘センスでたやすく行う。


 一瞬、その一瞬ごとに強くなる。薄皮しか切れなかった光剣は皮膚を切り裂き、肉を断ち切り始める。一撃ごとにその鋭さを増していく。狙いなんてどこでもいい。全身至る所を切りつける。


 オーガ自身もその状況に対応しようかとも思ったが、まだ自身の命には届かないとわかっている。だから先に子供達に手をかける。それが最もこの敵にダメージを与えると知っているから。


 オーガは子供達を攻撃の範囲内に捉え、腕を上げようとする。しかし


「んなことやらせるかよ。」


 眼前、まさに眼前。オーガの顔面に再びその敵、少女は飛び乗っていた。なんとも不敵に笑っている。それがオーガの最後に見る光景となった。


 一線。光る剣によってオーガの眼球は両断された。眼球打ちをした時にオーガの眼球の硬さが肌と比べまだ柔らかいことに気がついていた。あの時はそれでもやりようがなかったが今なら絶好の弱点だ。


 オーガもあまりのことに喚き、両手を振り上げる。その際に手に持っていた大剣も放り投げてしまった。


 少女はオーガを足場にし、宙を舞った。その瞬間を見ていた人間にとって、今まさに戦いの最中だとは思わないだろう。


 宙を舞った少女は同じく宙を舞っている大剣を掴む。自分と同じ大きさの大剣だ。普通なら扱うことなどできない。しかしこの状況ならなんとかなる。軌道を安定させ、オーガの真上になるように位置を整える。


「これだけでは足りんな。今あるすべての魔力をこの一撃に注ぎ込む。もしも耐えられたら…お主の勝ちだ。」


 自身の魔力をすべて解放しこの一撃に載せる。魔力が大剣にまとわりつき形を成す。まばゆく光る光剣。闇夜でさえも明るく照らすその大剣はその場にいたものすべてを魅了した。


 込められた魔力は大剣に鋭さを与えた。込められた魔力は質量を与えた。込められた魔力は少女に力を与えた。こんな少女では到底扱うことのできない大剣と化した。しかしそれで構わない。なんせこのまま落ちていけば良いだけなのだから。


 光り輝く光剣はやがて流星のごとく大地に降り注ぎ、元の主人であるオーガの元へ一直線に突き刺さる。


 それは先ほどまでの硬さが嘘のようだ。スルスルと大剣が脳天から股下まで通り抜けた。やがて光剣は光を失い、この戦いの終わりを知らせる。



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