第1話 巨星、異世界にて少女になる
頭が痛い…身体の至る所に激痛が走る。これ程辛いのはいつ以来だろう。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。記憶がはっきりしない。私の名前は剛柔…いやマリー…ダメだ、何が何だかわからない。
私はさっきまで馬車に揺られていた…いや多くの門下生らに指導をしたのちに布団で寝ていた…
ここは東京だ…いやリリームの国から家に帰る途中の森の中…
いや…この手に触れるもの…この感覚…これは…そうか…
「私は死んだのね…」
幼い声…しかも少年のようには思えない。少女の声だ。
生まれ変わったということなのだろう。前世の記憶があるというのはなんとも奇怪なことだ…
そんなことよりも確か私は数名の護衛を連れて家に帰っていた。そこを何者かに襲われた。
護衛は大多数の足止めし、その間に私は馬を走らせ逃げていた。
しかし数名が抜け出し、追いかけてきた。外から剣戟の音がする。馬車にいた護衛達が戦っているのだろう。しかし徐々に音が減ってきた。勝っているのか負けているのか分からない。
とりあえずここにいる必要はないだろう。馬車は横倒しになっている。そのせいで身体中、傷だらけなのか。
外に出るためには登らなくてはいけない。しかし想像以上に華奢な身体だ。登るのにも一苦労だ。手を伸ばし座席を掴みながら登って行く。
横倒しになった時に内部にもダメージがあったのだろう。座席の一部を掴んだ時に木が割れてしまった。危うく下の落ちて登り直しになるところだったが、なんとか堪えられた。
「よいしょっと…外に出たけど想像以上に酷い状況ね。」
既に勝敗は決している。私の護衛は残り3人。しかも傷だらけで今も襲撃者に弄ばれている。いつでも殺せるがそうはしないという事か。
「お嬢様!出てきてはいけません!」
出てきちゃダメって言ったって、出てこなくったってダメでしょ。彼らも気が動転しているな。
「ここから降りたいの。手を貸してくれる?」
私がそう言うと、一瞬辺りが静まり返ったのちに笑い声が響き始める。
「…ぷ。わははははは!いいぜお嬢ちゃん。手を貸してやるよ」
1人の男が笑いながら近づいてくる。私の護衛ではなく襲撃者の方だ。近づいてくる男の様子を見ると、他の襲撃者に比べて身なりがいい。おそらくリーダー格の男だろう。
男が近づいてくるのを護衛達が必死に止めようとしているが、あんなにボロボロな状況ではどうしようもない。
襲撃者の男は馬車の真下まで来ると両手を広げた。私は微笑んで勢いよく男に飛びつき、首元に手を回す。
男と顔を見合わせて微笑み合う。そして私は…
手に持っていた木片で男の喉を突き刺した。
「ご、ゴプッ……」
「ありがとう。ご苦労様ね」
私も運が良かった。こんな非力な少女の身体では締め落とすことを殴り倒すことも出来ない。
馬車の座席の一部が欠けてしまったのも運が良かった。それが鋭く尖っていたことも。
そして男が手で持ち上げずに飛びつかせてくれた事も。
喉を狙う際もちゃんと一番柔らかいところを狙った。即死はしない。失血死というより窒息死に近いのではないだろうか。苦しんでいるがそれは知ったことではない。
あまりの事態に全員動くことをやめた。こんな少女に自分たちのリーダーが殺されるとは思わなかったのだろう。
静寂を破り、先に動いたのは私の護衛達だ。呆けている襲撃者に一太刀浴びせたことによって2人は倒せたようだ。
しかしそれでも10対4。いや私は数には入らないだろう。10対3だ。状況は最悪のまま。さて…どうするか…
「お嬢様。ここは我らに任せてお逃げください。この命に代えて時間を稼ぎます。」
彼らは既に自身の命が助からないことを覚悟しているのだろう。その上で護衛として最善を尽くすためには私1人をなんとか逃がすための時間稼ぎ。
はっきり言ってそんな事を許容したくはない。しかし今の私にはこの状況を打開する力はない。
「…わかったわ。ありがとう、私の騎士達。」
この現状ではそれが最善だ。ここでゴネても彼らの覚悟を無駄にするだけだ。このまま時間を稼いで、助けが来るのを待つのはあまりにも楽観視しすぎだ。
護衛たちは優しい笑みを浮かべる。彼らは騎士なんて立派なものではない。荷物持ちとか雑用係の部類だ。しかしそれでも命をかけて守るべきものを守る、彼らは今の私にとっては勇ましい騎士と同じだ。
私は振り返る事もせず、一気に走り去る。ここで振り向くのは彼らに対しての侮辱だろう。
「ありがとうございます。我らただの雑用係を騎士と読んで下さいまして…。お嬢様、必ず生き延びてください……。かかって来い!我らの姫様を追いかけたいのならば我ら騎士たちを殺していけ!行くぞぉ!」
彼らはその命を賭して私を守ってくれている。彼らのことは決して忘れない。
私は今日という日は生涯忘れることはないだろう。今日は前世150年間では決して味わうことのなかった日なのだから。
こんな風に敵に背を向けて仲間を見捨てて逃げるというのは、これほどまでに悔しいものなのか。これほどまでに口惜しいのか。
以前の私なら嬉々として奴らを屠ったのに、今ではそんな力は微塵も感じない。あまりの悔しさに気がついたら、歯が割れそうなほど噛み締めていた。
必ず奴らには報復する。そのためには今、この瞬間をなんとか生き延びよう。
そして力をつけるのだ。闘神、戦神と呼ばれていたあの頃の自分の力を。




