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初産

作者: 如月理有

妊娠していることに気が付いたのは、どうしようもない吐き気が襲って来た時だった。


これまでも何度か気持ちが悪くなっては、つわりの思い違いだったことはある。しかし今回のはこれまでとは違った。これまでにないくらいに、腹の中が気持ち悪くてよじりだしたい気分だった。


ああ、これがつわりというものだのだと私は思う。

腹の中に宿った新しい命を、異物と判断して、排除したくてたまらなくなるという不思議な生理現象。

女性はこうして、子どもが妊娠している九ヶ月をかけて、子どもという存在を排除から容認に至るのだろう。

とするとやはり、これを体験していない父親というものは、親の自覚を得るうえでやはり不利だ。




父親は、彼で間違いないだろう。

ところで、いつ妊娠したんだっけかなと私は記憶をたどる。だって、彼とは最近は会ってもなかなかセックスまで至っていなかったから。

でもなぜか記憶にもやがかかったように思い出すことができなかった。

いつだったっけかなとしばらく考えたあと、でもここに今、命が宿っているのは間違いなくて、考えるうちにいつだったかはどうでもよくなってきた。




私は出産を知らない。子育てを知らない。

まだ臨月にも至っていないある日、私は子どもを産んだ。生んでしまったのだ。

黒くて小さい変な生き物をかわいいと思うこともなく、私は7日間、その子を放置した。

だって、何の覚悟もなくある日生み落としてしまったから、私はそれをどうしたらいいかを知らなかったのだ。



一週間たって、ああ、もしかしてこれは虐待なのかもしれないと気が付く。

それはまずい、何とかしなければ。


変な生き物は、幸いなことに、一週間経っても生きていた。

私はその黒い生き物のがぼっと開いた口に、やわいおかゆを運んで入れた。

黒い生き物はそれをゆっくりとなめて、飲み込んだ。

ああ、よかったと私は安堵する。まだ生きる力があったのだ。

粥だけではのどが渇くだろうと思って、水を汲んできて与えた。

生き物はぺちゃぺちゃと音を立てて、粥と水を飲んだ。



乳をやろうなどとは微塵も思わなかった。消化器官のことも、七日間絶食していたことも、未熟児であることも、何も知らずに、私はそれに粥を与え続けた。



私は初産だったから、普通の人間の赤子の育て方を知らなったし、その生き物が何であるかも知らなかったのだ。


本当は、それは人間の子どもではなかったのかもしれない。



虐待をする心は私の中にもひそんでいるということ。

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