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ひめきち童話

ぼくの家族

作者: ひめきち

 ぼくの名前は大和やまと。鈴木家の末っ子だから、鈴木大和。最近の流行とは違う日本男児っぽい名前にしよう、って家族みんなで考えてくれた名前なんだそうだ。

 ぼくはこの名前が好きだ。だから呼ばれたときは大きな声で返事をする。そうすると病院や美容院で隣り合わせたおばさんなんかが、

「あらあら元気が良くて賢い子ね」

 って褒めてくれたりする。そういう時ぼくのお母さんは、

「うるさくしてすみません」

 と謙遜しながらも少しだけ嬉しそうだ。


 ぼくんちの家族は4人。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そしてぼくだ。

 ぼくは家族みんなが好きだ。

 みんなもぼくのことを好きでいてくれる。

 きっとそうだと思う。


「あーあ。大和も一緒に行けたらいいのになー」


 お父さんとお母さんとお兄ちゃんは海に行くという。出がけにお兄ちゃんが振り返って残念そうに言ったけど、ぼくの方はそうでもない。だから寝床から片目だけ開けてお兄ちゃんへ『いってらっしゃい』をした。

 というのも、ぼくは乗り物酔いが酷くて、車で遠出をするとほとんど毎回吐いてしまうからだ。

 それに水遊びも嫌いだ。

 少し前、ぼくが今よりもまだ小さかった頃に、家族全員で川に遊びに行ったことがあった。ぼくは行きの車で酔ってしまって体調は最悪、それでもせっかくだからとお父さんに抱えられて入った川は水の流れと深さが怖くて震えが止まらなかった。河原でバーベキューをした時だけは楽しかったけど、帰りの車中で吐いてしまって結局台無しにした。

 それからはプールにだって入りたくない。ここだけの話、お風呂も本当は嫌いなんだ。お母さんに怒られるのは嫌だから毎回ガマンするけれど。

 だから、みんなが車でお出かけする時ぼくだけお家でお留守番、っていうのは別に嫌じゃない。車にはなるべく乗りたくないから。


「……大和がこういう時、一緒に行けるような子だったら良かったのに」

「そんな事言わないの。仕方ないでしょ、あれがあの子の個性なんだから」


 もう聞こえないと思ったんだろう。玄関の鍵を閉めてから、お兄ちゃんが車の前で文句を言い、お母さんにたしなめられていた。ぼく耳はちょっといいんだ。

 遠くまで一緒に遊びに行ける弟じゃなくてごめんね、お兄ちゃん。

 家の中にぼく以外誰もいないとちょっと寂しい。柵の中でウトウトお昼寝をしながら思う。お兄ちゃんが帰ってきたら何して遊ぼうか。ああ、みんな早く帰ってこないかなあ。


 ぼくには嫌いなものがわりとたくさんある。

 お父さんに言わせると、ぼくみたいなのは神経質で臆病な性質(たち)なんだそうだ。


 予防接種も嫌い。注射器が身体に近づいてくると無意識に唸ってしまうし。

 家族以外でぼくより身体の大きな子に会うと、怖くて、お母さんの後ろについ隠れてしまうし。

 雨降りは最悪。身体が濡れるのもガマンできないけど、カミナリなんか鳴った日には! ぼくは部屋の隅っこに逃げてブルブル震えてしまう。あの音が嫌なんだ。

 花火大会の音もカミナリに似ているから嫌い。一度、家族でお祭りに出掛けた時。頭の上でドーン! と大きな音がして、パニックになったぼくはお母さんの手を振り払って逃げ出してしまった。迷子になってすごく怖かったし、その後探して見つけ出してくれたみんなにものすごく怒られた。

 それからぼくは外出する時、迷子紐って言うの? を必ず結び付けられるようになった。だからお母さんとの散歩中、可愛い小鳥を見つけてわあって駆け出したりすると首がキュッと締まる。その度お母さんに「メッ」と叱られるから、ちゃんと気を付けなくちゃいけない。この悪い癖が治ったらきっと外で紐を付けなくてもすむ。ぼくだって大きくなったら多分、お兄ちゃんみたいに一人で『がっこう』に通うんだ。だから今はガマンガマン。

 ……でも、どれだけ大きくなったらいいんだろう? ぼく、前よりもうだいぶ大きくなったと思うんだけど。お父さんくらいにならないとダメなのかなあ。ぼくもいつかあそこまでニョキニョキ大きくなれるんだろうか。


 ぼくには好きなものもたくさんある。

 お父さんとやる追いかけっこ、お兄ちゃんとやるボール遊び、お母さんとの散歩、オモチャでの一人遊び。フカフカのクッション。冬にはコタツに入るのも好きだ。

 フルーツを食べるのも好き。お父さんやお母さんやお兄ちゃんが食べている時、運が良ければ一口だけ貰えたりする。


「たくさん食べると大和は吐いちゃうからね」


 お母さんがそう言うからにはそうなんだろう。なんでもぼくには食べられない物がたくさんあるらしい。前テレビで言ってた『あれるぎー』ってやつかもしれない。お母さんはダメって言うけど、みんなが美味しそうに食べているのを見ていると時々羨ましくなる。

 はんばーぐ。かれー。ちょこれーとけーき。どんな味がするんだろう。

 お兄ちゃんが言う「お腹いっぱいでもう食べられない」ってどんな感じなんだろう。

 いいなあ。ぼくもみんなと同じテーブルで食べたいなあ。


 ……たまに不安になる。

 みんな、ぼくのこと、大好きって言ってくれるけど、どうしてぼくはみんなと同じ事が出来ないんだろう。

 ぼくのこと、本当はみんな──

 ……ううん、何でもない。こんな事考えちゃいけない。


 夜はいつもぼくは一人で寝る。

 お父さんとお母さんとお兄ちゃんは別の部屋で眠っている。お兄ちゃんは何度か「大和も一緒に」と言ってくれたけど、お父さんが「大和の為にならないから」と許してはくれない。少し寂しいけどもう慣れた。


 ある夜、みんなが眠りについた頃、ドォン! と凄い音がして、ぼくは目を覚ました。

 揺れてる。

 揺れてる。

 これは何⁉︎

 遠くで家具の倒れる音がして、お兄ちゃんとお母さんの悲鳴が聞こえた。

 経験したことのない恐怖に身を竦ませて震えていると、


「大和!」


 みんながぼくの名前を呼んで駆け付けてきてくれた。お兄ちゃんが真っ先にぼくを抱きしめる。


「怖かったね、怖かったね! 大丈夫? ケガしてない? 今の、すっごく大きな地震だったんだよ!」


 さっきのは『じしん』というのか。確かに怖かった。あんなにグラグラ地面が揺れたらどうやって立っていたらいいのか分からない。

 ぼくの無事を確認した後、お母さんが火の元を閉め、お父さんがご近所さんと被害状況を検分してきた。この辺りでは家具が幾つか倒れたり、食器が割れたりしていたらしい。大きなケガは誰もしていなくてホッとした。


「どうやら揺れはおさまったようだな。片付けは朝になってからだ。余震が来るかもしれないから家族みんなで一緒にいよう」


 お父さんがそう言って、ぼくらは落下物でケガをしないよう家具を退()かし、リビングの真ん中にお布団を寄せ集めて並んで眠った。お父さんとお母さんを両端に、お兄ちゃんとぼくが内側だ。すごく温かい。

 ぼくは不謹慎だけど、初めて家族みんなで眠るってことにワクワクしていた。

 本震よりも強い余震が来る事があるだなんて、その時は誰も知らなかったんだ。


 その後も地面の揺れは何回か続いた。けどそれが少しずつ小さくなっていってみんなが油断した頃、深夜にまた凄く大きな地震が来た。

 それまでの地震で建物が歪んだりヒビが入っていたうちも多い。『じばんがゆるく』なっていたせいで、今度の被害は大きかった。

 テレビの人は「これが本震で、それまでのは前震だ」とか「本震は何回でも起こり得る」とか好き勝手な事を言っていたけれど、ぼくらはただ先行きの不透明さに震えるしかなかった。


「怖くてうちではもう眠れないわ」


 壁に亀裂を発見したお母さんが青ざめた。

 被害の大きい地域では家屋が何軒も倒壊し『ししょうしゃ』も出ているそうだ。それに比べればぼくたちは恵まれている方だとお父さんは言うけど、その幸運がいつまで続いてくれるのかは分からない。


「夜だけでも避難所に行こうか」


 お父さんの提案で、ぼくらは近くの公民館に向かった。同じように考える人で避難所はごった返していた。

 お父さんがお兄ちゃんの手を引いて、お母さんがぼくを抱っこしてくれる。人の波をすり抜けて寝場所を確保しようとブルーシートの間を進んでいくと、小さい子がぼくを見ていきなり泣き出した。


「こっちに来るよ、やだ! こわい」


 ぼくら家族の足が止まる。


「あの、この子はよその人に乱暴なんかしないんですよ」


 ぼくのお母さんが優しく言ってもその子は泣きやまない。こわいこわい、と身内にしがみついて泣きじゃくるだけだ。

 ぼくは初めて会った子に何故そんなに怯えられるのか分からなくて、途方に暮れた。

 多分その子のお祖母さんなんだろう、初老の女の人がぼくらとの間に入った。


「ごめんなさい、もともと怖がりな子なんですけど、地震で更に過敏になってるみたいで……。できたらその子だけ外に出しておいてくれないかしら」

「大和を⁉︎」


 お兄ちゃんがお父さんにくってかかる。


「ダメだよお父さん、大和は家族なんだよ! 大和が外ならぼくも外で寝る!」

「……そうだな。失礼しようか」


 ぼくら家族は避難所からまた家に戻った。

 ぼくのせいでみんなまで追い出されたんだと思うと、道中ぼくはずっと顔があげられなかった。

 なんでぼくはあの子に嫌われちゃったんだろう。意地悪なんか絶対にしないのに。


「よし、今夜はみんなで車で寝よう」


 お父さんがお布団や枕を玄関まで運んできた。

 え? 車で?

 ぼくがびっくりしている間に、お父さんが車のシートを倒して平らにし、お母さんがその上にお布団を敷き詰めた。


「ほら、これでみんな一緒だ」

「大和は車が苦手だけど、これなら怖くないでしょう」

「わあ!」


 歓声を上げてお兄ちゃんが一足先に乗り込む。靴を脱いでお布団に潜り込むと、ぼくに向かって手を伸ばした。


「キャンプみたいだね! おいで、大和!」


 ごめん。ごめんね。

 ぼく、本当は心のどこかで、「もしかしてぼく嫌われっ子なのかなあ」なんて思ってた。いくつになってもお兄ちゃんみたく『がっこう』に行かせてもらえないし、眠るときもぼくだけお布団が違う。ごはんは1日2回だけ、みんなが食べ終わってからだし、みんなと同じメニューは食べさせてもらえない。みんなが車でお出掛けの時は檻の中でお留守番。これっていつだったかテレビで言ってた『ぎゃくたい』って奴なんじゃないかなあ、でもぼくはみんなの事が好きだしみんなもぼくを好きなはず、きっと気のせいだよね、って一生懸命自分に言い聞かせてたけど、本当の本当はやっぱり心の隅っこで疑っていたんだ。

 ぼく悪い子だった。ごめんね。

 ぼく、ぼく、みんなのこと、大好きだよ──‼︎


「わあお母さん、大和に顔舐められたー!」

「うんうん、尻尾をブンブン振って、嬉しいんだな。心配しなくてもずっと一緒だよ。大和は我が家の大事な一員だからな」

「ふふ、大和ったらそんなに吠えないで」


 みんながぼくの気持ちを分かってくれている。ぼくのこと大好きだよって匂いがする。やっぱりぼくの家族は最高だ!

 大嫌いだった車がほんの少しだけ好きになれたような気がして、ぼくは大きくワン! と鳴いた。






【蛇足ですが念の為】

この話には、災害時の避難行動を否定したり、車中泊を推奨したりする意図は全くありません。フィクションである事を念頭に置かれた上でお読みくださるようお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても賢く優しい主人公。しかし、これはストレスを貯め込んでそう。アレルギーとか、それの氷山の一角なのでしょうか。でも、家族との触れ合いは、主人公の気遣いの負荷以上に、素敵で価値あるものの…
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