支配されない世界
「チッ、またこんな点数か。百合子、もっと点数をあげろ。」「百合子、もっと髪のばしたら?男の子みたいよ?」「小林さん、もう大人なんだからもっとシャキッとしなさい。」「小林、まだ子供なんだからなんでもやっていいと思うな。」
大人達は酷い言葉で毎日、毎日、私を傷つける。
まるで傷ついているとわかっている癖にわざと傷つけて、それを楽しみ、反抗しようとすると、大人の力ってやつでそれを抑えつける。
自由に生きろなんて歌でよく歌われているけど、そんな簡単じゃないし、私の世界に自由なんてないし、自由に生きようとしたって大人達はそれを許してくれない。
火曜日の4時間目の数学の授業の時だった。
「よし、小林。この問題の答えは?」
私はいきなり当てられてびっくりしたが、数学教師の佐々木先生が少しにやけているのを見て、すぐに私が答えられないと分かっていて当てたのだと思い、少し考える素振りをしてから小さな声で「すいません…わかんないです」と答えた。
すると佐々木先生はムッとした表情をして、「なんだ、こんな問題も答えられないのか。まぁ、いつも欠点ギリギリの小林には難しかったか。悪い悪い今度からはもっと簡単な小学生でも解ける問題を出すよ。ごめんな、小林。」
それを聞いて、私は思わず「なんだよ…その言い方…」と言ってしまい、それを聞いた佐々木先生は「あ?いまなんつった?」と顔をしかめて聞いて来たので、「何も言ってません。」と答えると、佐々木先生はゆっくりとこちらに歩いて来て、私の机の前で怒鳴った。
「俺が気に食わねえなら出てけ!調子乗ってんじゃねえぞ!出来損ないが!教師に刃向かってんじゃねえ!」と怒鳴ったので、私は頭に来て、「わかりました。出て行きます」と答えて、教室を飛び出し、校庭の隅の破れたフェンスから学校を抜け出した。
私は坂の上にある公園まで全力で走った。
もう全部どうでもいい。
学校に置いて来た荷物も、家族も、クラスメイトも、大人達も、もう私には関係ない。
大人達からどこまで逃げ切れるか分からないけど、私は全力で走って、走って、走って、身体の火照りと、革靴がアスファルトにぶつかる音と、自分の口から微かに漏れる呼吸の音と、溢れ出した戦意のようなものの中で決めたんだ。
「大人達に反抗してやる。逃げてやる。どこか違う世界まで逃げ切ってやる。」
もう、子供が大人に支配される時代は終わるんだ。
私はそう信じて走り続けた。
私は坂の上の公園に着いた。
手入れがされておらず、草が自由に伸びている公園の有様はなんだか私の心の中みたいだった。
ふと、空を見上げてみた。
真っ青な空には雲がゆっくりと流れていって、夏の始まりを告げる蝉たちの鳴き声が青空に吸い込まれていくみたいだった。
私は公園を後にして歩きだす。
この坂を下れば、違う街が広がっている。
さぁ、行こう。新しい世界へ。
私は進むんだ。この先へ。
「待ってて。」
私は呟く。
太陽に熱せられたアスファルトの上を革靴でカツカツと音を立てながら私は歩き始めた。
支配されない世界へと。