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出世  作者: ざくろべぇ
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Chapter.5  ~離別の話~



 実は親父が体調を崩し、倒れて医者に運ばれることは、私が二十歳になった以降は何度かあったことだ。だから私も、いつか別れが訪れることは覚悟していたつもりだったよ。

 子よりも親が先に死ぬのが絶対に正しいんだ。それを見送るのも私の使命だって、早くから覚悟していたつもりだったんだけどなぁ。

 それが、親父を抱えてくれた医者が、今回ばかりはもう駄目だと思うと沈痛な表情で言ってきた時、その時限り冷静なふりして対応しても、親父のいない家に帰った瞬間に、私の中から色々なものが抜けた。

 覚悟なんて、出来てるつもりでも出来てないことの方が多い。これは至言だと思う。大切な人の命が関わると余計にだ。


 親父の余命はひと月もてば良い方だという見込みを告げられたのだが、それでも私は帝国兵。仕事はある。

 帝都を離れる任務を預かることだってある。親の死に目に会えない可能性だって低くない。

 来たるべき時が訪れた時、私が仕事で帝都を離れていたら運の尽きだ。


 私は正直、帝国兵としては我が儘を一切言ってこなかった方だと自負している。

 要求されたことにはすべて応えてきたし、税収のノルマを達成できなかったこともない。かなり死ぬ可能性の高い、危険な危険な魔物退治の戦線に並んだ時も、任された殿(しんがり)を果たして同僚共々生還したこともある。

 命令にはすべて従ってきた。欠勤の覚えもなく、ちゃんと優等生を貫いてきたつもりだよ。


 それでも、父の危篤だからほんのしばらくの間、帝都内の仕事だけに回してくれませんかと掛け合っても、考えておくよと返答されるんだから、流石にちょっと萎えた。

 "考えておきます"とか、"慎重に検討します"は、役所などが口にしたらだいたい"相手にするつもりはありません"であることが殆どである。

 実際この返答を得た翌々日に、帝都から離れた鉱山警備の人員増加を図りたいから、二ヶ月ほどそっちに回ってくれって勅命が下るんだから、もはや嫌がらせかと。

 こういう異動自体はそう珍しいものではないんだが、それにしたってこの狙い棲ましたようなタイミングでこれって。私は何か憎まれるようなことしてきたかなあって、真剣に悩んだよ。真相は後述。


 正直もう、何でもいいやで不貞腐れ気味にそちらの鉱山警備に異動した私だったが、二日後あっさり帝都へと帰れたのはテセラのおかげである。

 話を聞き及んだテセラが、力ずくだか銭つかませてだか手段は知らんが、部下を五人ほどこちらの鉱山警備部隊に送りつけてくれたのだ。

 五人と一人のトレードなら鉱山の補充人員にもなるでしょう、だからそいつを帝都に帰せと力強く私の上官に訴え、私を帝都警備の任務に回っていたテセラの部隊に呼び戻してくれたのである。


 帰った時にはテセラがたいそうご立腹で、私を鉱山に送りつけた上官はしゅんとしていたのが印象的だ。


 その上官っていうのは私の1歳年下の奴で貴族の生まれ、一時期は私の後輩であった奴なのだが、血筋うんぬんの理屈から私より先に出世していった奴。

 仕事はぐうの音も出ないぐらい無能な奴である。

 そいつは、短期間自分の先輩だった相手の上に立つや否や、それらに嫌がらせをするのが趣味に近いものだったらしく、被害者がけっこう溢れていたらしい。そいつが今回目をつけたのが、親の死に目に会えないのは嫌だと言った私であり、私の家庭の事情をどこかから聞いて、私を鉱山警備に回すことを上層部に提唱したということ。

 何が楽しいのか本気で理解しかねるが、実際こういう奴がいるから世の中不思議だよ。これは正直、我が帝国に限った話じゃないと思う。


 それを知り及んだテセラが行動を起こし、同じ階級であるそいつに相当食ってかかったらしく、おかげで私は父の命があるうちに、帝都への仕事に戻ることが出来たというわけだ。

 この時のことは、心から感謝しても足りないと思っている。普段はちょっとした恩も笑って流し合うような間柄であったが、この時ばかりは本気でテセラに頭を下げた。






 結論から言うと、親父がこの世を去ったのは、私が帝都に帰ってから14日後のことだ。

 テセラが呼び戻してくれなかったら、本当にこの人の死に目には会えなかったのだ。私の人生最大の恩人は父で揺らがぬが、テセラもそれに並ぶぐらいの恩人だ。


 私は仕事が終わった後、必ず父に会いに行った。

 半年前よりも、急速に枯れたように痩せた顔の親父を表すには、きっと死相という言葉が適切なのだろう。

 もう、長くない。わかってしまった14日間は、自分が前に進んでいるのか後退しているのかわからないような毎日だったと記憶している。

 割り切れ、覚悟しろと自らに訴える自分と、嫌だって言う自分が同時にいた14日間だったから。


 父と会話を交わせる日と、そうでない日があった。

 胸を握ってうめくように苦しんでいる親父と会話なんて出来ないし、あるいは私が行っても目を覚まさず、帰るまで結局寝たままだったこともある。思わずその時は、もう死んでいるんじゃないかって手首を握って脈を見た。

 生きていることを確認すると、ほっとする想いと、弱々しい脈への惜別の涙が同時に込み上げる。

 結局親父と話せたのは、その14日間の間で3日だけだった。


 少ないその時に、色んなことを話した。ありったけ話した。

 思い出話、苦労話、楽しかった時の話、あとは私の近況報告とか。過去と現在のことばかりだ。未来の話を殆ど出来なかったのが、その時からして悲しかった。


 未来の話を唯一したのは、親父が、お前には悪いが俺はもう早く逝ってしまいたいよと、弱々しく笑って言ってきた時ぐらい。


 なあ親父、あんた本当重病人じゃなかったらぶん殴ってたかもしれないぞ。人の気も知らないで。

 わかってるよ、いつまでもあんたの前を離れずに看取ろうとする俺に、時間を割かせたくないって想いから出た言葉だろ。医者にかかる金を払い続ける俺の負担になりたくなかったんだろ。苦しい闘病生活から解放される死に逃れたかった気持ちより、あんたはそうだろ。禁酒も出来ないくせに、父親としてのプライドばっかり高い人だったもんな。

 そういうあんたに育てて貰ったから、私はここまでやってこれたんだよ。二十歳超えて社会の厳しさに揉まれる中で、気恥ずかしかったけど私は敢えて、あんたに何度かそう明言したことだってあったはずだぞ。

 わかってくれてるなら、私があんたに一日でも、一秒でも長生きして欲しいって望んでることだってわかるだろ、クソ親父。ちくしょう。

 咳き込む親父にその時は、馬鹿なこと言ってないで長生きしろって言うのが精一杯だった。死期を悟っている親父が、少し涙ぐんでうなずいてくれた時、自分がどんな顔をしていたのかはちょっとわからない。

 もう長くないとわかってる人に、長生きしてよと言うのって、残酷なことなのかなあ。


 亡くなる五日前ほどから、親父はもう目を覚まさなくなった。血は肌の下で確かに流れていたし、体はまだ温かかった。本当にそれだけ。

 帝都警備の仕事を果たし続けなくてはならない私の持ち場が、綺麗に親父が世話になっている医療所のそばに変わったのも、上官であったテセラの計らいだ。

 呼んでも応えない、触れても反応がない、そんな親父に毎日会いに行った。そんな姿を目にするたびに、つらくなるだけだってわかっているのに、どうして行ってしまうんだろうな。


 不思議なもので、ある日、読んでも触れても反応の無かった親父が、手を握って呼びかけた途端、きゅっと弱く私の手を握り返してくれたことがあった。

 たった四日ぶりのリアクションに、私は目を見開いて親父の名を呼んだ。夜中に、大声で。

 薄く目を開けた親父が、私の目を見て、小さく何かを言うように口を動かした。声なんか出てなかったよ。

 頑張れよ、そこは。なあ、そこだけはさ。

 あんたが何を言ったとしても、私はそれを聞き逃したくなかったのに。


 何だって、とは聞き返さなかった。聞き返す寸前だったけれど。

 小さく微笑んでそっと目を閉じた親父を見て、どういうリアクション返せばいいんだよ。


 目を閉じた親父の耳に届くことを祈って、私は一人で色々べらべら喋っていた。

 母さんが病死したあの日、泣きやまない俺の手をずっと握り続けてくれていたこと。

 剣術道場で怪我して帰ってきた私の傷に、消毒液を塗ってくれたこと。

 帝国兵見習いになる試験に受かった時、立派な兵士様になれよと鎧をプレゼントしてくれたこと。

 俺が二十歳の誕生日を迎えた時、商売仲間をありったけ集めて宴会を開いてくれたこと。


 帝国兵としての自分の生き様に疑問を感じていた私に、あんたが言ってくれた言葉は今でも覚えてる。

 今や天涯孤独の俺にとって、お前だけが俺の生き甲斐だって言ってくれたよな。

 お前は生きているだけで俺にとっての支えだって言ってくれたよな。

 生きる目的、働く目的に迷うなら、俺のために生きてくれって言ってくれたよな。

 あんたがいてくれたことそのものが、私が胸を張って生きられる最大の支えの一つだったんだぞ。


 目を閉じた親父の前で、いくつもいくらも言葉を並べて、その間に何度ありがとうの言葉が挟まったのかはもう思い出せない。それが親父の耳に届いていなかったとしても構わなかった。言わずにはいられなかった。

 好きだったんだよ、あんたが。尊敬していたんだよ、父さん。

 ごめんな親不孝な息子で、って最後の言葉を締め括ったのは、思い出せば思い出すほど溢れる恩に、とても私が報いられたとは思えなかったからだ。

 親孝行ってのは、やろうとしてからやり尽くそうとしても絶対に間に合わないらしい。本当、そうだと思う。


 それだけ話しても親父は何も言わなかったのに。動かなかったのに。

 ありがとう親父、って最後に私が言うと、小さくうなずきやがって。

 ごめんな親不孝で、って言った所じゃうなずかなかったくせに、そこだけしっかり動きやがって。


 それが親父の、最後のことばだった。

 夜通し親父のそば、何をするでもなくずっといた私のもとへ、朝になって医者が訪れ、親父の脈を確かめた。

 私は無言で私の目を見た医者に、ありがとうございましたと、か細く言うのが精一杯だった。

 私の他に親族のいない、天涯孤独の父を見送る葬儀は慎ましやかに行なわれ、テセラを含む少ない参列者が見送る中、親父の棺は火葬場へと最後の旅を行く。

 決して私にとっては誇り難き帝国兵人生。そんな私が最敬礼で親父の棺を見送ったのは、幼少の頃の私の夢を叶えるために尽力してくれた父に捧げられる、いや、捧げるべき手向けだったと思ったからだ。


 庶民を虐げ、王族と貴族の至福を肥やすのが帝国兵としての真の本分だ。現実を知った私は、帝国兵としての自らのキャリアに胸を張れない。やがては辞める決意だって固まっている。

 だが、私が帝国兵であった事実だけは、無かったことにはしたくない。

 私と父を繋ぐ夢の残光と思い出が、その半生には詰まっている。






「やっぱり、覚悟は変わらないんですのね」

「ああ、もう決めていたことだ」


 親父がいなくなったことは、良くも悪くも私に帝国への未練をより失わせた。

 24歳のあの日、三年後にこの帝国を出ようと親父と約束してから、ちょうど三年目を迎えた日。私はテセラと最後の夜を過ごしていた。

 いつものように、貧乏人ご用達のやっすい酒場でである。テセラお嬢様、もう随分庶民が通うような店に行くのも自然体になってきましたご様子で。


 父がいなくなって、言葉は悪いが必要な金も少なくなったし、別に三年待つ必要はなかったんだけどな。なんとなくね。


「向こうでの住む場所やら就職先やら、ちゃんと決まってますの?」

「もう話はつけてある。明日の朝には帝都を出て、向こうに着いたら新生活の始まりだよ」

「家具とかもう揃えてあって?」

「無論。私は準備だけはやたら早い、ご存知のとおり」

「そうですわねぇ、あなたは周到な計画を練るのが趣味みたいなとこありましたもんね」


 この日の対話の主役は完全に私だ。私が今後に向けて描く青写真を、テセラが尋ねて、聞いて、それを中心に話が回る。二人だけの送別会みたいなものだ。

 私もやっぱり、長らく馴れ親しんだテセラとの別れは寂しかったし、テセラも同じような気持ちであることは何となくわかった。いつもほど、声に元気がなかったからな。

 いろいろ話を聞いて貰えたことより、そう思ってくれてくれていることが、何よりも嬉しかった。


 だから、言っても多分無いんだろうなとは思ったのだが、それでも私は言ってみた。


「テセラ。お前も私と一緒に来ないか」

「…………」


 いい返事は貰えないと思っていた。

 仮に私がそう言ったとしても、はいと答えないテセラから、別れを迎える顔と声で私と話しているんだろうからさ。


「私、正直に言えば、この国のことは好きではありませんわ」

「私もそうだよ」

「……それでも、私の故郷です。守りたい人だっています。この国を離れることは、私には出来ません」


 テセラは面倒見が良すぎる奴だ。

 大人になって、昔よりも丸くなってくればなるほどにそれは顕著で、後輩や部下を導くことへの一生懸命さが、以前よりも如実でわかりやすい。

 愛される先輩だし、尊敬される上官だろう。帝国兵の小さなカテゴリでは、彼女のことを信奉する若い奴らの派閥みたいなものも出来ているぐらいだ。


 以前私を鉱山送りにした貴族上官は、今やテセラよりも上の階級にあるにも関わらず、あの根に持ちそうな性格をもってして、テセラには何の報復も出来ずにいるらしい。それをやったら敵を作りすぎると、趣味の悪いそいつですらわかってしまうんだろうな。


 そんなテセラだから、彼女直属の部下や後輩が集まる場所は、性格の良くない奴がひしめく帝国兵社会の中でも、ちょっとしたオアシスと呼べる。

 美麗で頼もしい上官を毎日拝めて、そんな彼女の庇護のもと、意地悪な奴に理不尽を下されることもない。

 真の意味で出世した奴とは、テセラみたいな奴のことを言うんだと思う。キャリアを確立し、慕ってくれる大切な人を守る力がある。私は諸事情あってやめてしまった、身銭を切っての徴収税立て替えも、未だにテセラは続けているのである。

 可愛い後輩や部下、何よりも彼女の家族。守りたいものがこの帝国内に多いテセラが、異国に移らんとする私と共に行くことはないと、私だって薄々わかっていた。


 わかっているのに声をかけてしまったのは、何故なんだろうなとちょっと思う。いやー、仮説はあるけど、認めたくないというか。

 仮にも男女だが、何せテセラだもんなぁ。こいつのいい所は山ほど知ってるが、ダメな所も知り過ぎてるしなぁ。流石にその下世話な仮説は間違ってると思うんだよなぁ。


「月並みな言い方にはなってしまうが」

「それぞれの道へ」

「それが今日だというわけだな」


 私が帝国を巣立つ以上、そしてテセラが祖国と共に歩んでいく以上、そうなる。

 わかっていたことだ。かぶせてきたテセラも、わかってくれていたんだろう。


「ただな、テセラ」

「なに?」

「私はお前と離れても、お前のことを忘れたりはせんぞ」

「ええ、私も。きっと、死ぬまで貴方のことは忘れないような気がしてる」

「ふふ、奇遇だな」

「そうですわね。本当、初めて貴方と出会った時は、何ですのこの人はって心から思いましたもの。そんな貴方とこんな間柄になっているなんて、今となっては信じられませんわ」

「おいおい、それはこっちのセリフだぞ。ガキの頃のお前の高飛車ぶりに、何度私が辟易したと思ってる」

「あら、うんざりしていたのは貴方だけじゃなくってよ? 出来はいいのに欲が無さ過ぎて、もっと出来るのにやらない貴方を見る私からすれば、なんて向上心に欠ける腑抜けでしょうと思わされたことか」

「余計なお世話だ、私はそれで充分満足してたんだから」

「ストレスが溜まりますわよ、そんなの見てたら。

 未だにわかってないんでしょうねぇ、自分がそういう風に見られてること。それをわかってないのが貴方の最大の欠点とも言えますわ」

「うーむ。そこまで断言されると言い返せないのだが」

「お気をつけなさいよ? 能力があるなら相応の地位に昇り、人を導く器に立ってこそ、周りもそんなあるべき姿を、うなずき眺めるだけで幸せになれるのですから」


 ……そうかもしれないな。人に認められるだけの器があるテセラが、人望を集めて今の地位にのし上がっていく姿を眺めるのは、私も我が事のように嬉しかった覚えがある。

 ああ、そういえばテセラ、お前は言っていたな。努力した人が認められるそんな世界、それこそがあるべき社会の姿だって。厳密には違うけど、それに近い事をさ。

 今ならあの時よりもわかる気がするよ。お前が評価されていく姿を見て私が嬉しかったのは、評価されるべき人が評価される社会、そんな理想郷を、この帝国の一角で一人確かに、実現させ続けてくれていたからだったんだな。


「貴方なら、かの隣国に移ってからも、必ず大いなる成功を手にすることが出来ましょう。もう、無欲な貴方を捨て去ることに努め、その手腕と背中に担げる限りのものを担ぎ、多くの人を導く貴方に変わって欲しいと私は思いますわ」

「担げるだけ担いで、か。それがしんどそうだから、私はそこそこの立場ぐらいでだな……」

「帝国と異なり、隣国は血筋による差別は無いはずでしょう? 生まれゆえに上を目指せないだとか、もうそんな今までのような言い訳は通用しませんことよ?」


 マイスタンスを主張してもスルーされる始末。これを機会に変われとな。

 譲ってくれないこいつの頑固さは、人間的には魅力的で、私にとっては溜め息の種。


「商人を志すなら商会の元締めを、兵役の道を貫くなら将官を。

 男なら、頂点を目指して身を粉にするぐらいの気概を見せてごらんなさいな」

「やれやれ、無茶ばかり言う。急に言われてもお先真っ白だよ、そんな生き方は今までしてこなかったしな」

「あなたが大いに出世した姿を見ることが、私を喜ばせることだとわかっても頑張れませんの?」

「なぬ、お前のために頑張れとな」

「そうですわよ? あなたの最終役職は私の下級兵、上官の親心を喜ばせるのも、お世話になった上官への立派な恩返しですことよ?」


 大昔のうちの親父と似たようなことを言ってきた。

 こういうことを私に言ってくる奴に限って、それも悪くない話かもなって私が思える相手なんだから、私は人の縁には恵まれている方だと思う。


「わかった、わかった。確かに長い付き合いで数度世話になってるからな。お前のために頑張って出世するというのも、悪くないかもしれないな」

「数度じゃなくて何度も。わかったは一回でよろしい。姿勢が謙虚でも間違いが多過ぎ、30点」

「あぁ嬉しい、こんな上官からやっと解放される」

「私こそ、貴方のような世話の焼ける部下から解放されてせいせいしますわ」


 私にとっては後ろめたいことも多い帝国兵人生だったが、帝国兵になったことで得られた、最大の財産が何であったかと言えばやはり、テセラと出会えたことなんだろうなって思う。

 ありがとうな、親父。あんたが私の夢を後押ししてくれたおかげで、私は一生涯忘れ得ぬ親友を得られたよ。


「今まで世話になったな、テセラ。本当に感謝している」

「お互い様ですわ。私も貴方に支えられたことが、その実数え切れないほどありましたから」


 憎まれ口を100パーセント冗談でぶつけ合い、笑い合うのが常であっても、その空気をさっと流して感謝の念を伝えたくなるほどには、別れの日とは特別だ。

 お互い様、か。お前が私にどの程度いい思い出を持っているかは知らんが、私がお前に対して感じている恩の方が、お前が思っているそれよりも百倍大きいと思うぞ。

 十年以上の付き合いで意地を張り合うことも多かったが、最後にここだけは絶対に譲らん。


「……ふふ」

「何ですの?」

「いや、別に。お前と出会えてよかったなぁ、って」

「むむ……あまりそうはっきり言われると照れますわ」


 そう言って微笑んでくれたテセラの顔は、今までで一番可愛かった。やっぱりこいつ、こうしておとなしくしてる限りなら、なかなか無いレベルの美人なんだなとは思う。それ自体は昔からわかってたんだがねぇ。


 付き合いも長いし、お互い知らなくていい所まで知り過ぎたような気はする。

 もしも私とテセラの出会いが、お互い充分大人になってからで、色々学んでしゃんとしてからの初対面なら、今の関係とは違う間柄になっていたのかもしれない。

 認める、やっぱりこいつは私にとって、魅力的な女性だ。


 だけど、そんな仮想世界は絶対にいらない。

 今ここにある、既に完成した、テセラとの絆をリセットしてまでの別の運命に、どう今以上の魅力を

感じられようというものか。


 ありがとう、テセラ。親友でいてくれて。道を違えてなお、私はお前のことを一生忘れない。

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