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出世  作者: ざくろべぇ
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Chapter.4  ~新しい夢が出来た時の話~



 話は変わるが、我が帝国のお隣には、さほど大きくない王国がある。


 我らが帝国に比べると武力で劣り、国土も小さく、まさしく田舎の小国と言い表せる国だ。お隣様にそういう言い方をしては失礼なのだが、実際そんなところである。

 図体の大きな我が帝国は、その小国を半ば植民地状態としており、利があるのかどうかわからぬようなささやかな恩恵を与えると引き換えに、釣り合わぬほどの恩赦を毎月のように要求する風習があった。

 小さな学校で上級生が下級生に、お前が同級生にいじめられないように守ってやるから毎月金よこせって言うようなものだろうな。いやいや、本質いじめてるのはお前なんじゃないの、っていうやつ。


 武力をちらつかせてそんな慣習を継続する帝国に、その隣国は逆らうすべを持てず、そんな慣習が長いこと続いていたというわけだ。

 人間社会における個人同士のいじめというのは、関するか否かは誰しも触れたことがあると思うが、国単位のいじめなんていうのは、なかなか目の当たりにする機会が少ない方だと思う。

 私もまさか、初めて見るその具体的なケースが、たまたま我が故郷が加害者側だっていうケースだとは思いませんことよ。こうテセラ流の口ぶりで言い表すと、馬鹿馬鹿しさが倍伝わりやすい気がするね。しない?


 月に一度、我が帝国では、"国司貿易隊"といういかにもとってつけたような部隊が編成され、それが隣国への出荷物を持って、金銭ないし物資的租税を持ち帰る仕事を預かる。

 他国相手に、税収ですよと露骨に資本をせびりに行くのは、世界的観点から見ればちょっと不細工なので、名目上はそんな風にしているわけだ。要るのかね、この配慮。要るらしいけど。


 23歳になった私は、初めてその仕事を任せられた。隣国に赴き、出荷物を押し付けて、釣り合わぬほどの対価――租税と言っても差し支えない大金を、受け取って帰ってくるだけの仕事である。

 これが我が国では、あまり好まれない仕事である。何せお隣の国まで赴くわけだから、数日単位の旅になるし、道中で魔物に遭遇するリスクなども考えると、国内ないし帝都内での仕事よりも面倒に出くわす可能性が沸く。

 何よりこの仕事、本質的には"植民地相手の税収"だけど、名目上は"他国との貿易"なので、相手方つまり隣国のお偉い様に、帝国の国民から税を取り立てる時のような、でかい態度はちょっと慎まねばならない。

 税収に慣れた帝国兵は、自分達より立場の劣るものに腰を曲げることを好まないのである。

 人に頭を下げるのが嫌いな人は、当人の精神衛生上も含めて接客業に向いていないとされるが、庶民いじめに慣れた帝国兵なんてのはそんな奴らばっかりである。


 そこそこキャリアも積めてきて、仕事もある程度こなせる、それでいて税収の際に変な気遣いを庶民に見せる変わり種、それが帝国内における私の評価。

 そういう奴に、みんながちょっと嫌がるような仕事が回ってくるのは、ある意味納得の流れである。

 別に私は嫌でも何でもなかったけどね。無能のくせに態度だけでかい上官に、敬語を使うのは日々乗り気ではなかったが、他国の方に丁重な態度で接するのは別に嫌でも何でもない。

 そんなわけで、国司貿易隊への編入令を言い渡された私は、二つ返事で快諾したのだった。

 私が嫌な顔ひとつせずにうなずいたことに上官は驚いていたが、ぶっちゃけ私はいじめっ子揃いの帝国兵と仕事する国内での任務よりは、よっぽど魅力的に感じたよ。


 何気なしにその任務を快諾したことが、もしかすると私にとって、人生最大の転機の第一歩だったのかもしれない。






 少々の旅路を経て隣国の王都に辿り着く私だったが、初めて訪れたその国に対する印象は、私の中ではすこぶる良かった。


 我が帝国は、王族と貴族が財を自分達に一極集中させているせいもあって、町並みからしてまず極端。

 王城周りやその周囲に陣取る貴族外、あとは王都に点在する富豪のお住まいは、その近辺も含めて大変小奇麗に纏められているのだが、そういうエリアからはずれた途端、スラム街に片足突っ込んでるんじゃないかってぐらい小汚さを得る。

 帝都内ですらそうなのだ。割れた窓が放置されている建物なんか腐るほど見るし、野良犬の糞すら片付けられずに放置されているのもちらほら。帝都外の町村なんて、よりお察し。


 隣国は違う、全然違う。

 王都までの道のりの中で小さな村にも立ち寄ったが、元々田舎寄りの国というのもあって殺風景なのは否めないものの、まずそもそも住まう人々の表情に描かれる活気とゆとりが違う。

 のどかな農村、贅沢なもののない畑多き村で、汗をかいて働く者達の顔に、なんと希望を感じたか。

 月末の重い税を上旬から忘れられず、翌月翌々月への不安に追われ、顔色の決して良くない農奴ばかりの我が国とは、話にならないほど空気が違う。


 同僚は口を揃えて、こんな田舎で一夜を過ごすのはたまらんとグチグチ言っていたが、私は宿を決めた後に出店に赴いて店主と雑談するのが楽しかった。

 この国どうですか、いい国ですか、って聞いてみたら、良政を敷く王様を讃える言葉が本音の顔と共に貰えたんだから。うちの帝国ではあり得ないことである。


 いざ王都に着いた後も、その風景を見回すだけで楽しかった。

 そりゃあ華やかさで言えば、この国から色々搾り取ってでも栄えている帝都中央よりも劣る。一枚も二枚も。問題はそこじゃない。

 暴君の圧政に苦しみ、お偉方の顔色を意識して日々を生きねばならない帝国とは異なり、そうした理不尽な心労やストレスに追われることなく、安寧の日々の中に生きる人々の活況は、それだけで私にとっては見ていて気持ちのいいものだった。

 国司の一人として王城に立ち寄り、お偉方の方々にご挨拶した時もそうだ。

 立場ではこちら、帝国が優位にあり、向こうの腰も低いものだったが、慇懃無礼に相手を見下すこちらと異なり、あちら様の丁寧な物言いと言葉遣いは、とってつけた礼儀ではなく真の気品を感じられた。

 一目でわかるんだよな、普段から気品に満ちているか否かっていうのは。少なくとも、搾取慣れして山賊と本質の変わらない、うちの同僚とは大違いである。

 こういう人が政に携わり、国民を想い、豊かでもないであろう財から知恵を絞り、民を守る政治を施行しているからこそ、国全体の空気がこうしたものになっているんだろうなと、私は訪問一度で容易に確信できた。


 大人になって帝国兵になり、庶民側目線からも上流目線からも、帝国の薄汚い部分の多過ぎさに辟易していた私は、きっかけがあれば祖国を出ることも悪くないなと考えることもあった。

 なかなか難しいことだ。人生の大きな分岐点でもあるし、国籍の変更は転職などよりも遥かに重い。

 帝国から飛び出す選択肢こそ思いつきはしつつ、実行には移せず、変わらぬ日々を歩み続けていつの間にか二十代半ば。このままずるずると帝国の犬として庶民いじめを繰り返すのもなぁ、なんて思っていた矢先、魅力溢れる隣国に出会えば夢も少々固まってくる。


 帝国を出て、どこかの国に籍を移すのであれば、こんな国がいいなと思ってしまったわけだ。






 さて、夢を描くまでは簡単だが、いよいよ具体的なところまで考え始めると、難しい話も出てくる。

 よりにもよって恋したその隣国が、私の祖国の植民地っていう時点で、なんだか色々と面倒くさそう。

 隣国にとっては理不尽な徴税を行使してくる帝国、しかもその帝国兵が己が国に引っ越してきたとなれば、それだけでまともに扱ってくれるのかなとは思うし。向こうさんからすれば、どれだけ目の敵に思われていてもおかしくないわけで。


 それに、引っ越すわ新しい仕事を探さなきゃいかんわで、先立つものも必要になってくる。カネね。

 あいにく私は、稼ぎはいいけど、先述のとおり徴税関係で私財をばらまいていたこともあって、貯金がそんなにないわけである。

 それに、老いた父は昔ほど稼げないわけで、今いきなり私が稼ぎから生む仕送りを打ち切ったりしたら、父が税に苦しめられること請け合いである。仮にも安定した収入のある帝国兵を、やめるというのはちと苦しい。

 とまあ、隣国に魅力を感じ、お引越しを夢想してからも、いざ実行に移るのは難しいなと頭をかくわけだ。逆に言えば、それでもちょっと諦めたくないなと思うぐらいには、隣国が魅力的に見えて、祖国がとうに嫌いになっていたとも言える。


 初めて国司貿易隊に使命されて以降、私は毎月その部隊に組み込まれ、隣国へと赴く機会を得た。

 私はその仕事を嫌がらなかったし、同僚の殆どはその仕事を好まないから、都合のよい人選だったのだろう。それは私にとってもそう。仕事で旅行できるようなもんだし。

 隣国の王都に渡り、向こうさんと会話する役目も、志願した私が担うようになる。仕事の話もきっちりするが、終わったらちょっとその辺で一杯どうですかの流れも。

 同僚は、お前よくこんな田舎者どもにそこまで付き合えるなって私を讃えていたが、いやいや私からすればお前らと喋るより隣国のお偉い様と喋ってる方が楽しいよって。向こうの方がお前らより年下でもずうっと大人だぞって。教養あるし、国政に携わるだけあって気品にも満ちていて、普通に敬えますよって。

 向こうさんは私のことを、機嫌を損ねてはいけない帝国兵と認識していただろうと推察するが、私はいつか引き抜きの声をかけて貰えないかなぁと淡く夢見ていたりもしていたのである。それは流石に厳しいが、あくまで夢として。

 ともかく月に一度、隣国に赴き、そちらのお偉い様とお話したり、のどかな国を観光することは、私にとっての楽しみであったし、繰り返すにつれて夢は徐々に大きくなっていくばかり。

 踏み出すことに躊躇はあったし、それは見えた困難や、未だ見えていないであろう苦難に対する恐れもあってのもの。それも含めて、夢を見られる日々というのは、少なくとも変わらぬ日々を送るばかりで退屈な帝都暮らしよりは、ずっと充実していたものである。






 そんな日々を繰り返して一年が経ち、24歳になった私はいよいよ意を決した。

 すぐに行動に移すことは出来なかったが、父にその夢を明かし、二人で隣国に移らないかと持ちかけたのが、私にとっての第一歩だったと言えるだろう。


 そりゃあ親父も驚いただろうな。幼い頃から帝国兵になりたいと言い続け、親の協力もあってようやくその夢を叶え、しまいにはその地位を自ら捨てて他国に籍を移したいと言うんだから。

 剣術道場、学校と、帝国兵になるためにとそれに通わせるお金を捻出し続けてくれた父の存在が、帝国兵をやめて国を出ていく決断を遅らせたことは否めない。やっぱりどこか、申し訳なかったから。

 実際、親父も苦笑していた。酒を飲んで酔っ払っては私に乱暴していた十年以上前とは違い、老けてしわも多くなった親父は、昔よりも少ない酒をちびちび飲みながら、酔った口でいろいろなじってきた。

 お前が帝国兵になれるよう俺も頑張ってきたつもりなんだけどな~、って、明らかそんなに気にしていない笑顔を浮かべながらだ。そんな冗談口調でも、私の胸にはちょっと刺さったけど。


 そうした会話を枕に始めながらも、いいんじゃないか、お前の人生だしな、と、心から私の決断を推してくれるんだから、やっぱりこの人は私にとっての無二の親父だと思った。

 まさかさ、帝国兵になったら俺を養ってくれよって言ってた親父が、俺のことなんて置いていっていいぞとまで言ってくれるとは思わんでしょう。そう簡単な道じゃない、貯金は要る、俺を荷物にするな、一人で行った方がお前も楽が出来るだろう、ってさ。

 目頭が熱くなるから水臭いことを言うなよな、親父。

 誰のおかげで、私が帝国兵になれて、ちゃんと自分で稼げる大人になれて、ここまでやってこれたと思うんだい。


 三年かけて、金を貯めたら親父と一緒に隣国に引っ越そうという決意が、この日私の中で完全に固まった。

 新しい土地に行けば、老いた親父は新しい仕事にありつくのも難しいかもしれない。

 いいよ働かなくて。私が養えばいいんだ、やってやるよ。

 そう言ったら、そんなことしてると嫁探しの暇もなくなるぞって苦笑いされたけど。それでお前、もしも生涯独身で終わったら、世帯を持てた俺にその点で負けることになるぞって挑発までしてくる始末。


 あー、うん、酔っ払って息子に手をあげるダメ親父に、どこか一箇所でも負けるのはイヤだね。

 なかなかいい所突いてくるな、うちの親父。要するに、私のことを誰よりもわかってくれている人だとも言う。


 見放せないよな、やっぱりさ。親父と一緒に隣国に移り、新天地にての第二の人生を歩んでいくことを決意した私は、その日親父との晩酌をめいっぱい楽しんだ。

 年のいった親父だ。いつまで長生きしてくれるかもわからない。圧政の空気が常にどこか漂うこの帝国を巣立ち、そうでない隣国の綺麗な空気をこの親父に毎日吸わせてやることが、私は親孝行になるんじゃないかと信じることにした。

 そう思えば、好きでも何でもない帝国兵の仕事も、金を貯めるために以前より前向きに取り組めるんだから、私にとっては父の存在そのものが、人生を支える柱の一つそのものであったと言えると思う。






 だからさ、親父。そんなに早く逝ってくれなくてもよかったんじゃないかって、私は思うんだよ。


 金が貯めたくなった私は、翌月からの税収が、他の帝国兵と同じようになった。流石に明確に目標が出来ると、以前のように金をばらまいていては、貯まるものも貯まらないから。

 すまんね徴税対象であった皆様方。私も一人の人間なのですよ。

 まあ、だからって他の帝国兵のように乱暴な手段に出たかと言えば、違うけど。

 長らく"優しく税収する"キャラとして定着していた私が、悪いけど金を貯めたいから以前のようにはいかないんだときっちり説明すると、案外向こうもわかってくれて、税収がスムーズにいくんだから世の中わからない。前よりごねられない。

 これはアレかな、数年単位で身銭を削ってきたことによる人徳というやつなのかな。評価されることは期待していなかったのだが、世の中捨てたもんじゃないな。

 話のわかる人達に触れるにつれ、この人達のそばを離れたくもないなと思ったのも本当だったりする。帝国兵ないし王族と貴族は、高貴の皮をかぶったゲスの集いというのが我が帝国だが、案外なんもかんも隅々まで腐り果てた帝国ではなかったようで何より。


 こうして思ったよりもスムーズに貯金を進められたから、三年としていた計画を早めるか、あるいは予定通りの期間としてより手元に余裕を持って動くかと、いい意味で悩めていた時期もあったんだ。


 私が25歳になって間もなくの時、親父が倒れるようなことにさえならなければ。

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