2話
「静粛に! 魔王様が今からお話しになられる!」
突然、大きな声が前方から聞こえてきた。
「……チッ」
オレの方を向いていたワニ人間が、舌打ちをして前に向きなおる。
危なかった……死ぬかと思った。
ワニ人間にならい、オレも前に向き直る。あの凶暴そうなワニ男が、しぶしぶとはいえ矛を収めたのだ。流石にこれはオレも声に従い、静かに前を向いておくべきだろう。
それに……さっきの声。オレの聞き違いでなければ、さっきの声は魔王様、だとか言って無かったか?
魔王様っていうのは、やっぱりあの魔王なのだろうか。よく物語なんかで出てくる、悪者の親玉の事を指しているのだろうか。
だとするなら……やはりここは地球ではないのだろう。
周囲の奴等も、どうやらあの声の内容に疑問を持ってはいないようだ。いや、それどころか軽く恐れている雰囲気を感じる。あれ程ざわついていた奴等が、静かに状況を見守っている。
それに……よく見たら、周囲の奴等も人間じゃないな。
明らかに長い耳をもつアイツはエルフだろうか? いや、魔王とかいう集まりにいるくらいだし、ダークエルフとかいう種族だろうか?
身体が大きいアイツは……オークか? ゲームとかでは、序盤で出てくる雑魚キャラのイメージがあったのだが、生で見てみると迫力があるな。
あのオドオドしているやつは……ドラゴン、か? 大きな翼があるな。暗いせいで、この位置からだと良く見えないな。
取り敢えず、周りにいる奴らは絶対に地球ではいないような奴等ばっかりだ。今気づいたが、人間はオレだけじゃないのか?
もう一度自分の身体を確認してみる。耳は二個、手も二つ。鋭利な爪も無ければ、大きな牙も無い。当然、翼なんかも生えてない。
成程、オレは人間だ。地球で普通に暮らしていた、佐倉枢そのものである。うーん……つまらんな。
せっかく面白そうな世界に来れたのだ。ここがDBKの世界であれ、そうでないのであれ、どうせならオレつえーって感じの体験をしてみたかったのだがな。
……正直、心細い。
無理矢理にポジティブな方向へ考えを持って行こうとしたが、どうしても無理があるようだ。
未知の地に、未知の生物。そんな中に突然放り込まれたのは、どこまでも非力なオレだ。普通、こういう転生云々は神様からチートを貰うのが基本じゃないのか? 日頃の行いが悪かったからなのか。
ちくしょう、どうせオレはDBKを生活の中心に据えたダメ人間だったよ。朝起きてDBK、昼飯を食べてDBK、風呂上りにDBK。こうして考えると、オレDBKしかしてなかったな。クズみが強いぞ。
てかよく考えたら、ここって異世界だしオレもうDBK出来ないんじゃね? やばい、考えたら泣きそうだ。
「――諸君、よく集まってくれた」
不意に、重々しい声が響いた。正面に黒い影が浮かび上がり、それが不気味に揺れている。映画のワンシーンみたいだな、なんて思った。
きっと、アイツが魔王なのだろう。
「今日、諸君等に集まって貰ったのは他でもない、お主らには――」
推定魔王の言葉に、周囲の人外達は皆、神妙そうに耳を傾けていた。無論、オレもその中に混ざる。
……が、正直オレの胸中はそれどころでは無かった。
その理由はたった一つだ。見た事があるのである。あの、推定魔王を。
勿論、魔王とは初対面……というか、一方的に知っているだけである。オレが、あの魔王を。
アイツ、DBKの魔王と完全に一致していやがる。
マジか、ここ本当にDBKの世界なのか。
「――以上だ、諸君等の活躍に期待している」
長かった魔王の話が終わる。取り敢えず、魔王の話をまとめてみよう。
・次代の魔王を決めることになった。
・ここに集められた者はその新しい候補者。
・候補者同士でダンジョンを経営してもらい、戦う。
・ダンジョンバトルで負けた者は候補者としての権利を失う。
ざっくりとまとめるとこんな所か。細かいルールなどは他にもいくらかあったが……それは後でまとめていけばいいだろう。
今回分かった事がもう一つ。というか、疑惑が確信に変わった事がある。
やはりここはDBKの世界だ。細部は異なっているように感じたが、大体はオレの記憶と一致するのだ。
魔王の話も、ダンジョンバトルのルールも。
ここまで条件が揃えば、流石に断定してもいいだろう。
……となると、気になって来るのはゲームとの相違点だ。ダンジョンバトルと聞くと耳障りは多少いいが、結局のところ唯の殺し合いだ。
ダンジョンバトルで負けた者は候補者としての権利を失う……つまりは自身のライバルにはなりえないと言う事。だからと言って、見逃してくれたりはしないだろう。
バトルに負けた逆恨みで闇討ちされる可能性だってある。事実、DBKにはそのようなシナリオも用意されていた。
つまりは……敗北イコール死と考えるべきだ。
最悪の想像をして、オレは唾をのみ込んだ。折角大好きなゲームの世界に来れたのだ。ただただ死ぬ、そんな最後にはなりたくないものだ。
特別な力なんて何もない。直ぐに死んでしまうかもしれない。……でも、それでもオレは戦いたい。オレには知識がある、この世界についての知識が。
何より……オレはこのゲームが大好きだったのだ。その気持ちだけは、誰にだって負けない自信がある。
身体は、少しだけ震えている。きっと、武者震いに違いない。
大好きなゲームの世界なんだ。楽しまなくては……そうだ、震えている暇なんて、オレには無いんだ。
オレは覚悟を決めて、魔王を真っ直ぐに見つめた。
話を終えた魔王の姿が消える。おそらくは、テレポート系の魔法を使ったのだろう。ゲーム通りの行動に、思わず笑みがこぼれた。
「ウオオオオオオォォォォォォ!」
同時に、会場のあちらこちらで雄叫びがあがる。立ち上がって叫ぶ者、座ったまま静かにそれを観察している者。そのありようは様々だ。
だが、全員に言えることが一つだけあった。
誰もが、会場中のだれもが、その瞳で雄弁に語っている。
即ち、魔王になるのは俺だ! と。
そしてそれは、オレも例外では無いのだろう――。