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コーヒー豆殺人事件 1/2

 当代きっての人気作家であり、コーヒー通としても知られる星浦燦丸(ほしうらさんまる)が死体で発見されたとの通報があった。

 後頭部を殴られたことによる脳挫傷が死因と見られた。凶器は部屋にあった出版賞受賞のトロフィー。犯人が指紋を拭ったのか、きれいに拭かれていた。星浦は椅子に腰を掛け、机に突っ伏した状態で死んでおり、机の上には紙の上にひと皿分ほどのコーヒー豆が盛られていた。そして、


「被害者の右手には、これがしっかりと握りしめられていた」


 警部は証拠品を保管するビニール袋を顔の高さに掲げる。


「コーヒー豆、ですね」


 それをじっくりと覗き込んだ探偵が呟いた。「そうだ」と答えてから警部は、


「被害者が突っ伏していた机の上に広げられていたコーヒー豆の中のひとつと見られている。被害者はほぼ即死で、椅子から立ち上がって戸棚の中からコーヒー豆をわざわざ取ってきたとは考えられないからな」


 殺された星浦燦丸は、売れっ子作家であるとともに大のコーヒー好きとしても知られており、自分で外国から豆を買い付けてくるほど。自室の棚には膨大な種類のコーヒー豆が保管されており、自分好みに豆を調合することが一番の趣味だったという。


「机の上に盛られていた豆も、彼が調合したものだったようだ」

「いわゆる、ブレンドコーヒーというやつですね。被害者は、その中から豆をひと粒選んで握りしめていた、と」

「ああ、苦し紛れに豆の山を掴んだなら、ひと粒しか握らないというのは考えがたい。明らかに意図的に掴んだものだろうな」

「ははあ、ダイイングメッセージ、というわけですか」

「山になったコーヒー豆は、調べた結果三種類の豆から構成されていることが分かった。ええと、待て」と警部は証拠品の豆が入った袋を一旦テーブルに置いて、懐から手帳を取り出すと、「ブルーマウンテン、モカ、キリマンジャロ。この三種類の豆が混ぜ合わされていた。それでだ、被害者の握りしめていた豆は、その中のブルーマウンテンだった」

「被害者はブレンドされた豆の中から、意図的にブルーマウンテンの豆を選んで握りしめた、ということですね? それで警部、そのメッセージは解読出来たのですか?」

「容疑者は全部で四人。出版社編集者の桐間(きりま)、翻訳家のブレッド、コーヒー会社の社員加茂(かも)、同じく別のコーヒー会社の社員青山(あおやま)

「青山……ブルーマウンテン、ということですか。被害者は、自分を殺害した犯人の名前をコーヒー豆で残したと?」

「そんな安直に行けば苦労はない。君を呼び出す必要もなかっただろう」

「それはそうですよね。何か問題でも?」

「青山は被害者の死亡推定時刻、完璧なアリバイがあった」


 そう言うと警部は深く嘆息した。



「私は明日の朝早くに帰国しなければならないんです。早く帰して下さい」


 完璧な金髪、碧眼の見た目からは想像が付かないほどの流暢な日本語で、翻訳家のブレッドは言った。他の三人も口々に「早く帰りたい」という意味の言葉を漏らす。被害者宅の広間には四人の容疑者が集められていた。死体を発見したお手伝いさんが通報して、救急と警察が到着するまで十五分少々。それから四人はずっと、現場である星浦邸に留められている。

 その様子を、広間の出入り口に立つ警部と探偵が観察していた。


「容疑者たちがあまりに駄々をこねるものだから、たまらず君を呼んだんだ」

「懸命なご判断でしたね」


 夜の十一時近い時刻に呼びつけられたにも関わらず、探偵は上機嫌だった。彼は事件捜査が好きで、警察に頼られることを楽しんでいる。


「応接室で事件前後の概要を聞かせよう」


 警部は探偵を連れて広間をあとにした。



 この日、作家である星浦は、馴染みの編集者である桐間と、自作の英語翻訳を手掛けている翻訳家のブレッドを自宅に招いて食事会を開いていた。人好きの星浦は、こういった会を定期的に開いており、その都度都合の付く友人知人を招いていたという。

 本来三人だけの参加であったはずの食事会に、今回はもう二名が参加することになった。加茂と青山。二人とも別々のコーヒー会社の社員。その目的は、人気作家星浦燦丸ブランドのコーヒー販売許諾を得ることにあった。

 星浦のコーヒー好きは世間に知られるところであり、ある雑誌に掲載された作家同士の対談で、「いつか自分がブレンドしたコーヒーをファンにも味わってもらいたい」という旨の発言をしたことがあり、それを読んだ二社のコーヒー会社が星浦に連絡を取り、「ぜひうちから販売させてほしい」と申し出た。星浦はこれを受け、今回の食事会のメンバーが少なかったこともあり、両社から代表一名ずつの参加を募ったのだった。


「それで、K社からは加茂、A社から青山、この両社員が参加することになり、今夜ここに呼ばれたというわけだ」


 被害者と容疑者四人、計五人が星浦邸に集まることになった理由を聞き終えた探偵は、対面のソファに座る警部に話の続きを促した。


「食事が終わると星浦は、自分のブレンドコーヒーを販売する会社を決めるため、両社社員に対して勝負を仕掛けたそうだ。その勝負方法は、利きコーヒー対決」

「利きコーヒー、ですか。コーヒー会社の人にとっては申し分ない方法でしょうね」


 星浦は、何杯かコーヒーを出し、それらを飲み比べて一番価格の高いものを当てる、という勝負で販売会社を決めようと言ってきた。挑まれた勝負にA社の青山はやる気満々であったが、K社の加茂は及び腰だった。それというのも、青山がコーヒーソムリエの資格も持つコーヒーの達人だったのに対し、加茂は営業畑ひと筋の営業マンで、コーヒーはたしなむ程度の知識しかないとのことだった。コーヒーを飲み比べて価格を当てるなどという勝負ではとても加茂は太刀打ち出来ない。会社が提案した企画のプレゼンで勝敗を決めるべき、と加茂は提案した。が、それをかえって面白がった星浦は益々この勝負方法に乗り気になり、「ビギナーズラックということもあり得ますよ」と勝負を受けることを加茂に承諾させてしまった。

 ここで、自分も星浦に負けないほどのコーヒー通だという編集者の桐間が勝負に名乗り出て、「もし自分が勝ったら、そのときはこの勝負はチャラにして、また後日別の方法を取ればいい」と星浦の承諾を得て勝負に加わることになった。加茂としても、負ける確率が二分の一から三分の一になるのであれば、と桐間の参戦を承諾するとともに勝負に挑むことになった。桐間はブレッドにも参加するよう促したが、ブレッドはコーヒーはたしなむが、通というほどでは全然なかったため参戦を固辞した。

 勝負は編集者の桐間の勝利に終わった。一問目で早々に加茂が脱落し、残る青山と桐間の決勝戦も三杯目にしてようやく決着した。

 白熱した戦いに満足した様子の星浦は、「今日はこの話はもう終わり。せっかくなので、皆さんに私のスペシャルブレンドコーヒーをご馳走する」と一旦広間を出て、人数分のコーヒーを乗せた盆を手に戻ってきた。出されたコーヒーを皆は絶賛した。その後歓談が始まり、午後九時頃、星浦が疲れたと口にして自室に戻った。

 時計が午後十時に差し掛かろうかという頃、お手伝いさんが血相を変えて広間に駆け込んできた。星浦が自室で死んでいるという。


「それで、通報を受けた我々が駆けつけた。星浦の部屋は窓が施錠されており、外部犯の可能性は排除される。窓の外の地面にも足跡や何者かが侵入した痕跡は一切認められない。玄関や裏口から侵入するにしても星浦の部屋に行くまでには必ず広間を通る必要がある。で、広間には必ず誰かしらがいたというわけだ」


 警部の話を聞き終えた探偵は、「なるほど」と呟いてから、


「犯行時刻の容疑者たちのアリバイはどうなんですか? 青山はアリバイありだと先ほどおっしゃっていましたが」

「そうなんだ。青山は上司に連絡を取るため電話しようとしたのだが、生憎と携帯のバッテリーが残り僅かだった。上司とはいつも長話になるので、この家の固定電話を貸してもらえないかとお手伝いさんに頼み、居間にある固定電話を使わせてもらった。被害者の死亡推定時刻に青山は、その電話で上司と会話をしていた。その上司とも連絡が取れ、青山とずっと会話をしていたと証言している。電話会社への調べで、この家の固定電話がその時間、ずっと上司の携帯電話と繋がっていたという確認も取れている」

「被害者が残したダイイングメッセージで暗示されていた青山は、固定電話に付きっきりで、完璧なアリバイがある、というわけですか」

「そうなんだ。無論、誰かが終始青山の電話している姿を目撃していたわけではないが、青山に犯行は不可能と見ていいだろう。固定電話を持ったまま星浦の部屋に移動することも無理だ。試してみたがコードの長さが全然足りん」

「子機を使ってはいなかったのですか?」

「見てもらえば分かるが、この家の固定電話はアンティーク調のダイヤル式で、子機なんていう文明の利器は付いていない。何でも、ほとんどの電話連絡は携帯で済ませ、原稿なんかを送るファックス機能も電子メールに取って代わられたため、星浦はあえて固定電話を自分の趣味のものに交換したんだそうだ」


 それを聞いた探偵はまた、「なるほど」と呟いて、


「それでは、青山以外の容疑者たちのアリバイは?」

「ないに等しいな。トイレに行ったりで誰かしらが広間をひとりで出ることは何回かあったそうだ。広間から星浦の部屋に行き、彼を殺害して戻るまで、一、二分もあれば楽勝で可能だ。死亡推定時刻ずばりの時間に誰かがいなかったかも、そこまでは誰も憶えていないそうだ」

「無理もありませんね。被害者に対する殺害動機は、どうでしょう?」

「それも難しいな」と警部は手帳のページをめくり、「編集者の桐間は、星浦がデビューした当初から昵懇にしていた戦友とも言うべき間柄で、殺害動機があるとは思えない。それどころか、自社を潤してくれる売れっ子作家を殺すわけがないだろうな。

 対して、翻訳家のブレッドには被害者との間に遺恨じみたものがある。星浦の最新作を翻訳したとき、何かとんでもない誤訳をやらかしてしまったらしいんだ。だが、当のブレッドは『誤訳ではない。きちんと内容を読み込んで意訳した表現だった』と譲らなかったそうだ。結局の所は第二版から当該部分を訳し直すことで決着したらしいが、最後まで誤りを認めなかったブレッドに対して、星浦は随分と辟易した態度を取り、『次作からは翻訳者を変えようか』と漏らしていて、それがブレッド自身の耳にも入っていたそうだ。が、星浦がここまで売れたのも、ブレッドが最初に翻訳した作品が欧米でブレークしたのがきっかけという恩義もあるため、そこまで険悪になることはなかったらしいが。さっき話した、星浦が自分のスペシャルブレンドコーヒーを振る舞ったときも、他の三人は手放しで絶賛していたが、ブレッドだけはそうでもなかったらしい。まだわだかまりがあったのかもしれないな。

 コーヒー会社の加茂と青山は、今日が星浦とは初対面だ。さっきも話した通り、星浦ブランドのコーヒー販売権を賭けた勝負で青山は加茂に勝った。が、編集者の桐間が土壇場で参戦してきたことで、結局優勝者は桐間に決まり、この勝負はお流れとなってしまった。そういった意味では、青山は星浦に対して恨みがないとも言えないかもな。加茂にしても、恐らく営業としての能力を生かして完璧なプレゼンを用意してきたのに、それがご破算になってしまったうえ、おかしな勝負に駆り出された。恨みのひとつも持っておかしくない」

「ふうむ。動機らしきものは桐間以外の三人にあり、アリバイはダイイングメッセージで示された青山だけが鉄壁のものを持つ。ですか」


 探偵はソファの背もたれに背中を預け、大きく天井を見上げた。警部は手帳を閉じると、


「被害者がコーヒー豆を握りしめていたというのは、ただの偶然だったのだろうか?」

「警部も最初に話してくれましたが、山の中からたったひと粒だけとなると、これは偶然とは思えません。致死の苦しみでもがいて手を伸ばしただけなのであれば、何粒も鷲づかみにしてしまうのが自然でしょう。それに、青山だけでなく、容疑者全員がコーヒーに関連した名前を持っていますしね」

「ああ、それこそ出来すぎた偶然だよ。桐間はキリマンジャロ、加茂はひっくり返すとモカ、ブレッドはブレンドに語感が似ている」

「被害者の机の上にあった豆は、それら全てを含んでいたんですよね。キリマンジャロとモカとブルーマウンテンのブレンド……よし」


 探偵は勢いを付けて立ち上がった。


「どうした? 何か思いついたのか?」

「逆です。何も思いつかないから、僕らも気分転換にコーヒーでもいただきに行こうじゃありませんか」



 探偵と警部は台所に行き、戸棚の中からインスタントコーヒーを見つけてお湯を沸かしにかかった。そこへ、


「まあまあ、お茶でしたら私がご用意いたしますのに!」


 と台所に入ってきたお手伝いさんが声を上げた。「お構いなく」と探偵は、


「それにしても、コーヒー通でいらした星浦先生のお宅にインスタントがあるとは驚きました」

「ええ、すぐにコーヒーをお飲みになりたいときなど、よくご利用されていました。最近はインスタントも味が良くなってきたとかおっしゃっていましたし」

「なるほど」探偵は、お湯が沸き上がったヤカンを手に取ると、「お手伝いさんもいかがですか?」


 と声を掛け、警部が新しいカップを用意した。


「すみませんね。私、普段あまりコーヒーは飲まないのですけれど、せっかくですから」


 探偵は三人分のインスタントコーヒーを淹れると、


「確かに、最近はインスタントも美味いですよね」


 湯気が立ち上るコーヒーを味わった。警部とお手伝いさんもカップに口を付ける。


「あら?」


 コーヒーをひと口飲んだお手伝いさんが、カップから口を離した。


「どうされました?」

「いえ……この味、先生のスペシャルブレンドと同じですわ」

「何ですって?」


 お手伝いさんは、もう一度カップの中のコーヒーをすすってから、


「ええ、間違いありません。私、コーヒーはあまり飲みませんけれど、料理が好きなもので味にはうるさいほうですの。今日、お客様に先生がスペシャルブレンドをお出しになるとき、こっそり私にも一杯ご馳走してくれたんです」

「それでは、星浦さんのスペシャルブレンドは、あなたが淹れたわけではないんですね?」

「ええ、ええ。先生は『秘密の調合をするから』と私を台所から締め出してしまわれまして。それでコーヒーを五杯ご用意して、そのうちの一杯を私に勧めて下さったのです」

「星浦さんがコーヒーを淹れるところもご覧になってはいなかったのですね? それで、そのときのコーヒーが、今飲んだインスタントと同じ味がした、と?」

「そうです、そうです。感想を聞かれたのですが、正直に、普通ですね、とお答えしました」

「……それに対して、星浦さんはどんな反応をされましたか?」

「てっきりお叱りを受けるかと思ったのですが、先生は、にこにこしながら頷いているだけでした。雇っていただいているという立場上、おべんちゃらのひとつでも申し上げようかと思ったのですが、私、味に対しては妥協しませんもので」

「そうですか、そうですか……。ひとつ訊かせて下さい。青山さんがここの固定電話を借りましたよね。そのときの様子を詳しく話してくれませんか?」

「ああ、あれですか。私が台所におりましたら、青山さんがいらして、『この家の電話を貸して欲しい』と頼まれたんです。何でも、携帯電話の電池がなくなりそうだとのことで。それくらいのことでしたら、わざわざ先生の承諾を得ることもありませんので、ええ、いいですよ、電話は広間を抜けた先の居間にあります、とお伝えしたんです。私も、ちょうどお茶菓子を持っていくところでしたので、青山さんと二人で広間に戻りました」

「そして、青山さんはそのまま広間を抜けて居間へ電話を掛けに行ったということですね?」

「ええ、ええ、その通りです」

「そのとき、広間には誰がいましたか?」

「疲れたからと部屋に戻った先生以外は、全員いらっしゃいました」

「青山さんは広間を出るとき、何か声を掛けていきましたか?」

「はい、青山さんは広間に入るなり、そのまま反対側の出入り口に向かいましたので、それを見たどなたかが声を掛けました。ええと、すみません、どなただったかは忘れてしまったのですが」

「構いません。それに対して青山さんは何か答えましたか?」

「はい、『電話を掛けてくる』とだけ」

「……なるほど」


 探偵はカップをテーブルに置き、両手を組み合わせて額に付けた。探偵が推理を巡らせるときの癖だ。


「警部、お願いが」

「何だ?」

「被害者、星浦さんの手を、もう一度よく調べて下さい」

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