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聖地巡礼

作者: たるっぷる

スマートフォンの充電はすぐに切れる。この前までは2日持ったのに、今は1日も持たない。


僕はアニメが好きな、いわゆるオタクだ。アニメを見るのはもちろんの事、そのアニメの舞台として実際に使われた場所を回る聖地巡礼というのも好きだ。


今年は空前のアニメ映画ブームだ。最近公開されたそのアニメ映画は都会と田舎に住む少年少女のお話なのだが、メディアに取り上げられるやいなや、普段はアニメを見ない老若男女が映画館に押し入り、連日満席となっていた。


以前からそのアニメ監督を知っていた僕はオタク友達と一緒にその映画を見た。カップル連れが多い中、男3人はかなり肩身が狭かったが、それでも映画は楽しむことができた。


「最近のテレビアニメはすぐ作画崩壊するからその点作画も文句なしだったね」

「ヒロインの葉月ちゃん、あんな可愛い見た目して物理オタクっていうのが萌え要素だよね」

「でもやっぱり最後の鳴滝君と葉月ちゃんが出会うところが良かったよね」

「あの最後のシーンって渋谷のセンター街だよね」


そんな会話で盛り上がりながら僕は週末にでも聖地巡礼をしようと考えていた。


週末。僕は渋谷駅前のセンター街にいた。満タンに充電したはずのスマートフォンは家から渋谷に来るだけですでに50%を切っている。空は生憎の曇りだ。


僕は渋谷109にスマートフォンのカメラを構えた。なるべくアニメと同じ構図で写真を撮るのが僕のこだわりだ。


頭にあの映画の光景を思い浮かべた。シャッターのボタンを押したと同時に一瞬強い光を浴びたように感じた。


「ーーーくん!」


誰かに名前を呼ばれた。それも聞き覚えのある声だった。振り返るとそこにはあの映画のヒロイン、葉月ちゃんが立っていた。


「え!?」


一瞬状況が飲み込めなかったが、直後に僕は周りの違和感に気付いた。リアルな質感を持たない滑らかな建築物。澄み渡る青空。そして行き交うアニメタッチの人々。


「こんにちは!すごいね!こちらの世界に来れるなんて!」

「こちらの…世界?」

「そうだよ。さっきスマホで写真を撮ったでしょ?アニメの構図と全く同じ構図で撮った時にリアルの世界とこちらの世界の間で特異点が生まれた。それにより本来は2次元から3次元が知覚できないはずが繋がったってわけ」


物理オタクの葉月ちゃんが何を言っているのか一語一句はわからないものの、全体的な雰囲気はなんとなくわかった。つまり僕はアニメの世界に来てしまったというわけだ。


「葉月!」

「あ!鳴滝くん!」

そこへちょうど主人公の鳴滝くんがやって来た。

「葉月、この人は?」

「そうそう、聞いてよ!この人、特異点作ってリアルからこちらの世界にやって来たんだよ!」

「全然意味わかんねえよ」

鳴滝くんは少し呆れ顔だった。


僕は鳴滝くんと葉月ちゃんと一緒にこの世界を案内してもらった。どうやら二人はあの映画の後、付き合い始めたらしい。元々現実世界をモチーフに作られた映画だけあって、風景の違いはそれほどないものの、実際に映画で出てきた場面を直接肌で感じ、何より鳴滝くんと葉月ちゃんと出会えたことが夢のようだった。


スマートフォンの電池が12%しか残っていなかったので、近くの充電可能な店で充電をしながら談笑した。


「帰るときは来る時と同じで、同じ構図で写真を撮れば特異点が生まれてリアルな世界に戻れるから」


葉月ちゃんから帰り方のアドバイスをもらい、僕はリアルな世界に引き返した。


「マジで草しか生えねえ」

「ほんと、ただの夢を何マジで語ってんの」

僕が体験した出来事はオタク友達からは笑いのネタにしかならなかった。


後日、僕は御徒町駅にいた。昨日はスマートフォンの充電をし忘れたせいで電池は残り20%を切っていた。


僕が向かったのは旧岩崎邸。魔法少女ミラクルハルカ。魔法少女がナイトメアと呼ばれる怪物と闘うファンタジーアニメで可愛らしい魔法少女達が出てくる反面、そのあまりの鬱展開で一躍話題となった作品だ。ファンタジーな世界観の為、聖地巡礼ができる光景は少ない。旧岩崎邸は主人公達が通う魔法学校のモデルとなっている。


カシャッ


眩しい光を浴び、僕は思わず目を閉じた。


目を開けると、そこがリアルな世界ではないとこがすぐにわかった。目の前に佇む古い洋館。


刹那、背後で爆発音が響いた。振り返ると大きな翼に一つ目の翼竜がこちらに向かっていた。

禍々しい一つ目が僕を定めた。


ーーまずい!



口から隕石でも吐くような巨大な炎が僕目掛けて降り注いだ。なす術がない僕。眼前に死が見えた。



「聖なる小宇宙砲(ホーリーゴズミックブラスター)

「オメガフレイムインフェルノ」


その攻撃は敵の顔面に命中し、僕は衝撃で吹き飛ばされた。


「梢ちゃんはそこの人間をお願い!」

「わかってる!」


箒に跨る女の子が二人。ひとりがこちらに向かってきた。


「あなた大丈夫!?」

「あ、ああ。もしかして梢ちゃん?」

「ええ、そうよ。あなた、あちら側の世界から来た人ね。ここは危ないから早く避難して!」

「で、でも…」

「いいから早く!あなた死にたいの!?」

梢の気迫に一瞬慄くも、その気迫はすぐに一変する。

「ぎゃあああああああああああ!!!」

振り返る。そこには口周りに血吹雪を浴びた翼竜。


そして、


片腕が目の前に落ちてきた。


「ひぃっ!!」

「っ……!!その腕……美咲っ!!」


ーーーー!!!


翼竜の咆哮。その圧倒的恐怖に二人は動けなくなっていた。


ーー来るべきではなかった。


アニメの世界は想像をはるかに超えておそろしい世界だった。


僕はポケットにあるスマホに触れる。これしか方法はなかった。逃げても無駄だ。それなら、一瞬の隙をついてリアルに戻るしかない。


スタートボタンを押した。


が、画面が光らない。


もう一度押して、スマホをチラ見した。


光っていない。


充電がなくなってしまったのだ。


梢がその様子に気づき、声をひそめた。

「その武器は何?アレを倒せるの?」

「ま、まあね。ただ電池がない。どこか充電できるところはない?」

「電池?何それ?弾か何かを”充填”しないといけないの?」


噛み合わない会話。


そう、この世界には電池という概念がない。

僕はもう二度と、そのスマホを使うことはできない。

ありがとうございました。

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