肆拾漆
秋が来た。
がっしゃーん!!
「こけた。最悪だ……最悪? いや」
倒れ込んだ地面の中、がさがさと音を立てる木の葉にほんのり笑みが零れる。
「悪くない」
黄色い扇形の葉を一枚摘まみ上げ、蒼天に翳す。透き通った黄色が目に染みた。
起き上がり、傍らを見上げる。大きな木が黄色い葉を繁らせていた。ひらりひらりとその葉が風に舞う。黄色い葉は青々とした空によく映えた。
ぱしゃり
とーるじゃないが、思わず撮った。
保存。
と、そろそろメモリが残り少ない。帰りにコンビニで現像しよう。とーるも待っていることだし。
秋。夏休みが明け、学校が始まっている。俺は今日、久々にこけた。本当に久しぶりだったため、いつもより機嫌がいい。風流な景色にも出会えた。
夏にあったリンからの告白から、ついでにいえばとーるがリンに告白してから三ヶ月近いときが過ぎた。けれど、だからといって俺たちの仲が拗れるわけでもなく、いたって普通の日常が続く。普通と思っているのは俺だけかもしれないが。
自転車を起こし、からからと押し始める。今日は怪我はない。木の葉の溜まった柔らかい地面のおかげだ。
坂を下り、右に曲がる。いつもどおり、とーるは花壇の前にいた。
「はよ、とーる」
「おはよう、うみくん」
いつもどおりの爽やかな笑み。
「あれ? 久しぶりに今日は土まみれ?」
「ははっ、まあな」
「……見つけた」
とーるがあの台詞を呟く。
が、ぱしゃりというシャッター音はない。
「む、そういえば、カメラない……」
今日は平日だった。とーるは登校日には愛用のデジカメを持ってこない。写真部の先輩方とは次第に和解し、今ではわだかまりなく過ごせるようになったが、それでも部活にも関係のないものを持ってくるのは校則違反だから。
けれど、無念そうなこの顔を見るのは忍びない。
「って、何撮ろうとしたんだ?」
訊くととーるはしょんぼり告げた。
「うみくんの髪に」
「ん?」
「うみくんの髪に木の葉がついてたから」
お前な……
「なんでお前は俺がこけたときにばっかりシャッター切ろうとすんだ」
「ごめん」
そもそも、こいつが写真を撮るのは綺麗なものを収めたいからだろうに。何故にこけて薄汚れたタイミングの俺を被写体にするのやら。
「だって、綺麗だったから」
「はあ? これのどこが」
「綺麗だよ。うみくんは」
誰よりも綺麗な笑みでとーるが繰り返す。
「初めて会ったときからそう思ってる。うみくんはどんな姿でもきっと綺麗。だから僕はシャッターを切らずにはいられない」
カメラがないせいで空に漂っていた手が胸元で握られる。
「僕は写真が好きだから」




