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肆拾壱

 しばらく、時が止まった気がした。


「みーくん、好きだよ」


 リンはその一言を告げてから何も言わない。俺の返事を待っている。

 俺はといえば、頭の中が真っ白になっていた。あまりにも不意打ちで、あまりにもタイムリーな一言にかなりの衝撃を受けている。

「リン……」

 名を呟いただけで後に言葉が続かない。

 好き──この期に及んでそれを"友達として"などと捉えるほど俺の思考回路は鈍くはできていなかった。

 わりかし、理解はすぐにできたんだ。だからきっと、俺はずっと感じ取っていたのだろう。リンの気持ちを。それを見ないように蓋していただけで。

 避けてきたから、情けないことにどうしたらいいか全くわからない。脳はふっつり動くことをやめた。考えることを放棄してはいけないのはわかっている。だが。

「すまん、リン。もう一度だけ言ってくれ」

 進まなければ、という思いでどうにか口を動かす。

「みーくん、好きだよ」

 間髪入れず、リンの声が返ってきた。

 ああ、やっぱり。やっぱりそう言ったのか。

 俺が尚も答えられずにいると、リンが静かに続ける。

「友達としてっていう意味じゃないよ」

 やはり、そうなのか。

 何故か悲しみが胸の奥から込み上げてきた。そこで悟る。もう俺の中で答えは出ていることなのだ。

 告げるべきなのだろうか。

 迷っているとリンの方が先に口を開く。

「ごめん、変なこと言った。困らせたね。そろそろ夕飯の時間だわ。突然電話してごめん。じゃあ、また」

「おい、リ」

 ぷつっ

 ツーツーツー……電話が切れたことを示すその音が俺の台詞を食い気味に鼓膜を叩いた。

 不思議と感情は生まれなかった。空ろな感覚が全身を痺れさせている。電話終わったなら貸して、という母の声でようやく我に返った。

 晩飯の仕度に戻る。何を作っていたのか、材料を目の前にしても思い出せないほど、俺の思考は凍りついていた。


 その日の夕飯の味なんて覚えていない。誰も文句をつけなかったから、それなりの出来だったのだろう。

 俺は部屋に戻ってケータイを手に取る。しばらく悩んだ末、「明日、学校来るか?」という文面をリンに送った。

 返信はすぐに来た。「美術室にいるわ」──絵を描くのだろう。

 更に返信しようとして、文面に悩む。メール一つ送るのにこんなに考え込んだのは相当久しぶりだ。リン相手ということなら、初めてかもしれない。


「じゃあ、明日」


 悩んだ末に送ったのは誰にでも簡単に書ける短すぎる一文。帰りの挨拶にしか見えない。


「リン、ごめんな」


 ぽつりと呟いてみる。

 リンは俺がどう答えるつもりか、わかっているのだろうか。

 相手のない言葉は夏の夜に虚しく消えた。




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