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弐拾肆




 夏。





 がっしゃーん!!

 からからと倒れた自転車の後輪が空回る音が場に響く。季節柄のじっとりした空気に立ち上がる気力を奪われながら、それでもいつもどおりの台詞は紡ぐ。

「あー、またこけた。最悪だ」

 これまた気力を吸い取らんばかりに、蝉が元気よく鳴いていた。


 夏である。

 じめじめしたいつもどおりの夏。春に比べると花は少なく、草木は青々としている。そんな中、相変わらず長い坂で、相変わらず毎日こける俺。

 風を感じたくて、久々に自転車で坂を下った。それが間違いだった。始めからわかってはいた。わかってはいたが、やはり散々すぎやしないだろうか。

 自転車にあまりダメージのないこけ方をした。しかし、自転車にダメージがない分、それは体にくるわけで。ズボンが埃まみれ。暑いから、と半袖シャツを着ていたので、腕を守ってくれるものがなく、血まみれ。軽くホラーな俺の両腕。ひりひりと痛い。

 ズボンの中でも擦れたのだろう。布が触れただけで鋭い痛みが膝に走る。立ち上がるのも一苦労だ。足首にも鈍い痛みが居座っている。捻ったかもしれないが、まだここは坂の途中。自分の足で学校まで歩かねば、治療はできない。できればこのまま倒れていたいが、道路の中で倒れるなど自殺志願者のすることだ。毎日のようにこけ続けることを嘆く俺だが、まだ死にたいと思うほど人生には絶望していない。

 それに──軽く一人の友人に思いを馳せる。あいつを思えば、死にたいなんて口が裂けても言えやしない。

「んしょっと」

 痛まない方の足を軸に立ち上がる。自転車にすがって、片足を引きずりながら、歩き出した。

 春の終わり、一つ事件があった。小さな事件だ。

 半澤の元に、写真部の先輩方が訪れたらしい。

 半澤は先輩方の謝罪と提案を聞き、酷く混乱した。提案──写真部への入部は即決で却下したそうだが、その後、しばらく不安定な精神状態が続いた。

 歩きながら、ケータイのメールボックスを開く。そこには半澤とのやりとりが収まっていた。


「今日、写真部の先輩が来た。謝っていったけど、写真部に入ってほしいってどういうことだろう? わけがわからないよ」

「どう答えたんだ?」

「断った。僕はもう人に見せるための写真は撮らない」

「そうか」


「花畑の写真、ありがとう。今年も綺麗に咲いたんだね」


「花畑、夏でなくなっちゃうんだ」


「花も、消えちゃうんだ」


「消えるって、どんな感じなんだろう?」


 半澤のメールに、ほとんど返信できていない。代わりに、学校で話すようにはしているけれど。

 半澤との話の途中に、最近リンが割って入ってくる。おかげで鬱陶しさに拍車がかかった気がする。まるで半澤と話すな、と言うようなリンの態度に煮え切らない思いを抱いている。

 リンはコンクールが近くて、焦っているのかもしれない。夏休みまでに描き上げなきゃならない、とぼやいていた。最近は俺をモデルに呼ぶこともなく、顔を合わせていない。同じクラスの半澤曰く、元気らしいが、根を詰めすぎていなければいいが。

 他人の心配をあれこれ心配するよりまず、自分の現状をどうにかしなければ。

 学校が見えてきた。校舎前の歩道に曲がる。

「あ、海道くん、おはよう」

 相変わらず日課の水やりを続けている半澤が俺に気づく。

「よう、はんざ……わ」

 俺はその名を呼び、倒れた。




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