こうしていてはいられないんだ 2
「で、なんの用があってきたんですか?」
しばらく経って落ち着いてから園田が言った。
「そうだった。それのことなんだけどな…」
「環境委員関連となると美化運動についてですか。なにか聞きたいことでもあるんですか?」
「……」
い、いかん会話の主導権が持っていかれそうだ。
これから俺がするのは世間話ではなく交渉。
血もなければ涙もない鬼の交渉だ。
こちらが優位に立たなければことはうまく運ばないのは当然のこと、会話の主導権を握れなければ勝利はない。
ここは心をきめてバシッと言っとかないとな。
そう意気込んで息を吸い込んだ。
「まあ、先を急ぐな。園田。」
まずは出鼻を挫く。一呼吸おくことで乱れたペースをリセットするのだ。
園田は少し押し黙った。
いいぞ、この調子だ。
「確かに俺はお前に用があって来た。それはお前の言う通り美化運動についてだ。」
園田は黙って聞いている。こちらをじっと見つめる瞳は黒く深い。
吸い込まれそうだな、なんて思った。
「環境委員はこれから校内美化運動と称して校内に植物を置いていくそうじゃないか。」
「はい。そうです。というか去年もやったじゃないですか」
その通りだ。この運動は去年もやっている。
だが、それを認める訳にはいかない。
認める訳にはいかないのだ。
ハレンチなものが神聖な教育の場にあることを、どうして容認できようか。
昨今の教育現場においてそのようなものは、(男子生徒がこそこそ持ち寄って仲間どうしで秘密を分かち合う以外には)あってはならないのだ。
去年は失敗した。
今年こそは絶対に阻止しなければならない。
「そこでだ。一つ提案があるん…」
「待ってください」
思いがけないストップが入る。
「は?」
思考が停止した。
頭が真っ白になった。
二の句を継ごうとしていた口は言葉を失いパクパクと乾いた空気を漏らす。
ただただ戸惑う俺に園田が言葉を続ける。
「その話長いですか?」
「…………は?」
何言ってんだ?こいつ?
いや、本当におかしいのは自分なのか?
やばい。めちゃくちゃ混乱してるな。
落ち着け、俺。
「待て園田。どういうことだ」
「私って食べるの遅いんです」
「そう……なんですか……?」
「昼休みはもう半分過ぎちゃってるんですよ。なのに私まだお弁当食べてないんですよね」
「…………?」
「はあ……鈍いですね……。あなたは授業中に鳴る私のお腹の音を聞きたいんですか?そして恥ずかしがる私の姿を見たいんですか?」
「!」
さすがに鈍い俺でも気づいた。
「す、すまない!園田!悪気はなかったんだ!」
「それくらいは分かりますよ。私だって好きで食べるの遅いわけじゃないですし。委員長も早く戻らなくていいんですか?昼ごはん食べ損ねますよ?食べるのが早いならいいんでしょうけど」
「そうだな!ありがとう園田!」
人のことまで。いいやつだな、園田。
しかし、食べるのが遅いとは大変だな。
人の苦労を理解してうなづくと、そのまま自分の机に戻る体制に入る。
そうだ、戻る前に予定確認しとかないとな。
「話の続きは放課後でいいか?」
振り向いた園田は感情の読み取れない顔でうなづいた。
どうやら放課後の約束を取り付けられたようだ。
園田苗。
無表情で、難物で、思ったよりは優しいやつ。
早々に昼食を平らげ、残りの時間をどうするか考えていた俺は、ふと「"私のお腹の音"ってなんかエロいな」なんて思ったりした。