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与え姫奇譚 ~または不術騎士アルフレッドの数奇なる立志英雄譚~  作者: 天流貞明
第三章 魔術師エルフィオーネのいる日常
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秘密 その1



 

 アルフレッドはエルフィオーネと共に、帰路へとついていた。イザキの町を出、アジトである丘の上の、エーリックの別邸を目指す。

 メルフィナという思わぬ飛び入りのおかげで、とんだ長居となってしまった。荒事沙汰にならなかったのは不幸中の幸いではあるが、正直、間一髪だった感は否めない。エルフィオーネにも色々な意味で、なかなか危険な知り合いがいたものだ。アルフレッドは酩酊の心地よさでのぼせ上がった白髪頭を掻きながら、蠱惑の美女の姿(主に豊満な胸を)を思い返す。

 あのあとゼファーは、メルフィナの背を追い「んじゃ、いよいよ取材にでも行ってくるわ」と、意気揚々と店を出て行った。先刻の殺伐としたやり取りを見せられても、彼女への興味はまるで衰えていないらしい。去り際に一応忠告してはやったが「大丈夫大丈夫。ああいう、危険な香りのする女って、めっちゃ俺の好みなんだわ」などと軽口をたたき、まるで聞く耳を持たなかった。あれでいてかなりの実力者で、特に逃げ足は天下一品ゆえ、タマまではとられることは無いだろうが……。

 一方、エルフィオーネは先刻から黙ったままだった。黙ったまま、アルフレッドの三歩後ろをついてきている。強請りにも等しいメルフィナの思わせぶりな発言の数々に、さしもの彼女も参ったのか。それとも、隠さねばならない秘密があることを暴露され、近づき難いのか。行きは、「ナ国式の付き人」と冗談交じりに言っていたこの位置取りも、帰りの今は、大分意味が変わって見える。

 後に尾を引くのは面倒だ。そう思ったアルフレッドは一計を案じることにした。

「……? 主。どうした? いきなり立ち止まって。……うわっ」

 急に立ち止まったかと思うと、アルフレッドはわざとらしく千鳥足でよろけ、背中から倒れそうになった。寸でのところを、エルフィオーネに抱きかかえられるように受け止められる。

「こら、主。どうしたのだ?」

「あー、悪い。ちと気持ち良すぎて……あー、いかん。肩、貸してくれねぇか?」

「酔いが回ったのか? ―――まったく、仕方がないな、主は。ほら、しっかり」

 エルフィオーネは、その細腕からは信じられないような力でアルフレッドの体を抱え直した。アルフレッドも、彼女の柔らかな右肩に腕を回し、演技とばれないように、おぼつかない足取りで歩きだした。




「……すげぇ女だったな。色々な意味で」

 少しの間のあと、エルフィオーネが答える。

「む。主はああいう女の方が気になるのか」

「変な意味で言ったんじゃねぇよ。言ったろ。あの女の事で気になったのは、あの馬鹿でけぇ胸のサイズが何サンチかってこと。それだけだって」

 またもや間が生じる。フッ、とエルフィオーネは鼻で笑い、顎に手をあて、わざとらしく考え込むポーズをとる。

「……私の見立てでは、105~8サンチというところだな。あの時より成長しているのなら、もしや110サンチ以上……」

「おいおい、実際に計ったことあるのかよ……」

「いや、ない。数年前、奴との二度目の対峙の折。隙をついて背後に回り―――ガシッ、とやってやった。その時は、たぶんそのくらいだった。と、思う」

「戦闘中になんていうコトしてるんだよ、あんた……」

「知れたこと。私も、あの規格外のモノの実寸が気になったからだ。主だって、ディエゴ神父やボンズ氏のあの圧倒的な長身が何サンチなのか、少しは気になるだろう? それと似たようなものだ」

 興味本位でそんなことをやってるから、あんな風に絡まれてしまうのではないか。アルフレッドは少し考えを改めた。そもそも、男の身長と女の胸囲が同等の価値を持つ者なのか……いや、確かにどちらも大きすぎると目立つ上に服飾的な意味でも、面倒ではあるが。

「そういうモンか? ……なら、仕方ないな」

「仕方ないだろう」

 そう言いあい、互いに笑いあう。

 その後はお互い、特に話はせず、気づけば、アジトであるエーリックの邸宅が見えてきた。

「主……」

「……なに? ふぁ……あ」

 ひどく小声だった。普段、はきはきとモノを言う彼女には珍しいほどに。

あくび交じりにアルフレッドは答える。

「メルフィナの言った通りだ。私はあなたに、隠していることがある」

「……だろうね」

 あっけらかんと答えてみせるアルフレッド。

「私に……幻滅したのではないか?」

 は? アルフレッドは条件反射的に答える。

「何でよ。何で、そうなるのよ。まさか、その隠し事ってので、俺があんたに対して怒っているってか? ンなわけねぇだろ。あのさ。いい女には、秘密の一つや二つや三つ四つ……それが付きものさ。それら全部、教えてくれなきゃ嫌だ。信頼されていない。裏切られている気がする―――なんて子供ガキ臭いことを言うつもりは無ぇ。それに官憲でもない限り、他人の経歴や過去を、酒の席でのノリで探ろうとするのは、後ろ暗い経歴を持つ人間がワンサと集まるこの土地では、何よりのご法度でね……」

「……だが……」

「話したくても話せねぇ。誰にも知られたくない。だから話さねぇんだろ? 秘密ってのはそういうモンだ。あんたが、この領内の治安を脅かすような奴だってんなら、話は別だが、こうやってずっとそばにいて視ている限り、とてもそんなことをしているようには見えないしな」

 仮にも、追われる身だった彼女だ。犯罪との関わりが無いとも限らない。それゆえ、最初期の頃のアルフレッドは、彼女エルフィオーネの素行、彼女に近づく者、そのことごとくを密かに、まるで監視するかのような目で観察していた。

 だが、この数週間を経てみて、それは杞憂おもいすごしだと、すぐにわかった。

 魔術師エルフィオーネが居る、アルフレッドの日常とは―――。

邸宅内にあっては。執筆以外の家事全般を全て請け負い、朝昼晩の食事から掃除洗濯まで、その全てを引き受けてくれる。その激務の片手間と言わんばかりに、本業でもある、アルフレッドの書き上げた原稿の推敲・校正を、まさに水も漏らさぬ正確さと圧倒的な速度で処理してくれる。

 街をゆけば。アルフレッドの使いと言うことで、アルフレッドの警備仕事つうじょうぎょうむの評判の収穫と言わんばかりに、持ち前の美貌と恭しさで市井に華を振りまいて、お裾分けや御礼を山のように手に、ついでにアルフレッドの作品の宣伝えいぎょうも行ったうえで邸宅アジトへと帰還する。怪我をした子供を治療したり、簡単な魔術の指導もしたらしく、子供たちからも「アルフレッド兄ちゃんのとこのお姉ちゃん」と、人気のようだ。

 少なくとも、彼女エルフィオーネには、このアークライト領を脅かすような要素は無い。それが、アルフレッドが下した結論だった。

「昔―――ウシオの野郎からこんな昔話を聞いたことがあるんだよ」

「昔話?」

「ああ。作品のネタに困っていたときにウシオに無理矢理吐かせた、ナ国に伝わる昔話でね。―――昔むかし。あるところに、傷付いて泳げなくなっている魚が居ました。そこを、偶然通りかかった漁師が、それを憐れんで、油薬でもってその魚を手当てしてやり、大きくなったら俺の網の中に来いと冗談交じりで願をかけ、その魚を放流しました、と。―――しばらくして、漁師のもとに、一人の美しい女が、助けを求め舞い込んできます。女は、猟罠で傷を負ったといい、漁師はそれを介抱してやります。数日にわたる介抱の末、女は、その恩義に報いる形で、女房にしてくれと漁師に懇願します。男寡ひとりみの漁師は美しい彼女の申し出を断るべくもなく、二人は晴れて夫婦めおとと相成りました」

「……」

「両者の仲は睦まじく、彼女は器量よしで、家事全般を完璧にこなしてくれました。特に彼女の作る魚の味噌汁ミソスープは絶品と、漁師が喧伝することもあり、彼女は瞬く間に村の評判となります。ですが、彼女は炊事の現場を、絶対に人に見せないようにと、漁師に宣誓させており、たとえ来客とあっても、その在方スタンスを曲げません。俺の目のないところで何をしているのか。気になった漁師は、梁の上に隠れて、その現場を、ついに目撃してしまいます。そこには―――」

「……女が着物キモノを脱ぎ、白くふくよかで艶やかな肢体を晒したかと思うと、彼女はみるみるうちに魚へと姿を変え、鍋へと身を投じた―――と、言ったところか?」

「……うん、正解。そういう事だ。評判の味噌汁ミソスープは、文字通り彼女自らの体で出汁をとり作った物だったのだ! その魚の姿形、傷痕。いずれを見ても、いつかの時分に漁師が助けた魚の姿そのものだった。そして漁師は悟った。あの時の恩を返したいがために、かのじょは、人間の女に化けてまで、漁師おれのもとへとやってきたのだ―――と」

「……その後、二人はどうなったのか……」

 アルフレッドはフッと切なそうに笑う。

 魚。女。このフレーズで、思い出すだに心が軋む、過去の幼い懸想こいの事を思い出してしまったこともあって。

「翌日。女は、男に面と向かって頭を下げ、『お前様。騙して申し訳ありませぬ。ですが、正体を見られては、もはやあなたの下には居られませぬ』と、漁師が止めるのも聞かずに駆け出し、海へと身を投げる。漁師は力なくへたり込みながら、水中を泳ぎ去っていくにょうぼうの尾鰭を眺め、途方に暮れる―――」

 エルフィオーネは無言だった。

「いわゆる、『異類婚姻譚』ってやつだな。女の正体が魚ではなく鶴だったり狼だったり、あるいは蛇だったりと話によって様々だが、結末は似たり寄ったり。大体が、秘密を知ってしまったがために、夫婦は破局を迎えてしまう。魚女房の話においては、漁師の方が、飛び込んだおんなの後を追って川に飛び込み、そうこうしているうちにいつしか男の姿は魚と化し、ついには女房の下へと追いついて、両者は幸せに暮らす―――なんて、力技みたいなハッピーエンドの類話も存在するみたいだが、それは例外として―――。

 この昔話を思い返すたびに、俺は歯痒く思うんだよ。決して覗くなと釘をさしておいたにもかかわらず、興味や不信感やらに耐えきれず、彼女の正体を自らの意思で見てしまった、漁師の愚をな。その秘密とやらを知らずにおけば、一生仲睦まじい夫婦でいられたものを。人が念を押して探るなと言ってるのに……まあ、そのせいで逆に知りたくなる心理はわからんくもねぇが……。いくら見せ目的の丈の短いスカートでも、捲るもしくは下からその中身を覗いちゃオシマイだ」

「ううむ……なんとも俗っぽい喩えだ」

 エルフィオーネは半笑いで答えた。

「世の中には知らなくてもいい、世に知られる必要のない事実なんて、山ほどあるもんさ。人付き合いにしてもそれは然り。互いに全てを曝け出して、潔白な関係でいたい、なんて、子供の戯言みたいなもんだ。女にゃ、男が知っても何の得も無い秘密の一つや二つや三つや四つ、あるのが付き物だし、そのほうがミステリアスで、魅力的に思えるってもんさ。それに、それらを知ってなお受け入れる度量うつわの大きさってのも、男としての格だと思うんだが。なあ?」

 返答はない。だが、アルフレッドは酔った勢いもあり、さらに続ける。

「なあ、エルフィオーネ。俺、あの時思ったんだよ。メルフィナの姉さんが、あんたの正体とやらをバラそうとした時。例の昔話思い出してさ。このまま秘密の正体とやらがバラされてしまったら、あんたがこの場から、すうっと、夢や幻のように消え失せちまうんじゃないかって。この場から去ってしまうんじゃないかって。―――だから、足りない頭ながら、なんとか、あんたの事を言及させないよう、頑張ってみたんだ。もしバラされたとしても、酔ってたってことで胡麻化す算段もあった。あー……そうは思えないかもしれないけど―――俺なりに、必死だったんだよ」

 エルフィオーネは答えなかった。アルフレッドの死角で、俯きながら、少し頬を赤らめている。

「情けねぇこと言うようだが、それでも敢えて言うぜ」

 両者、少しの沈黙の後。

「今の俺には、あんたという存在が必要だ。どうか、見捨てないでくれ」

 気づけば、肩越しにエルフィオーネの腕を掴む力が、強くなっていた。



ちなみに、魚女房のお話は、昔読んだ妖怪大全的な書物からの引用です。


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