蠱惑の魔術師メルフィナ その4
目的は、玩具紛いの武器を手に粋がるこの白髪頭の男ではない。その背後で、援護射撃を行おうとしているエルフィオーネのみのはずだった。この男を挑発して彼女を焚き付け、魔術合戦に持っていくことこそが、メルフィナの真の目的だった。
だが―――。
(一体、何だっていうの……? この男……!!)
メルフィナの目の前に突き付けられる、呪符と鎖とにまみれた鋼鉄の塊。
仰々しい見た目の割に魔術式もロクに見当たらないこの鈍器を武器と言うなら、本来のメルフィナにとっては紙細工の剣も同義だった。悠々と「防護」の障壁でガードするもよし。無様な格好を晒させるべく「反発」で弾き返すもよし。あるいは超高熱でもって、チョコレートのように溶かしてやっても良い。
だが、何故なのか。単純にそうは思わせてくれない、この男と、この剣の威圧感。その正体は何だ。
たかだか、おどろおどろしい見た目をしただけの、一本の鉄塊如きに、一族600年の魔術の血脈が、全力でメルフィナに警鐘を鳴らしている。
この鞘の中に、一体何が潜んでいるというのか。そして、そんな得体のしれない、禍々しき力を、己の力とするこの男は一体―――。
眼前には不気味なまでの武と暴威の気配。そしてその背後では、ローブの魔術式を展開し、万全の状態で相手の出方を待つエルフィオーネ。
戦力として見なしていなかった男が、いきなり戦力として認識され、メルフィナは二対一の圧倒的不利の状況下に陥った。
何なのだ、この男は―――!!
◆◇◆◇◆
「……女相手に二対一とは無粋ね。男の矜持ってものがないのかしら?」
余裕の無さそうな余裕を見せながら、メルフィナが吐き捨てる。
はは。だが、同じく吐き捨てるように、アルフレッドは笑った。
「決闘か何かと勘違いしてねぇか? 俺は騎士様じゃないんでねぇ。警備の仕事を遂行するためなら、何だって、誰の手だって借りるさ。―――さあどうする? あんたも言った通り、こっちは二人だ。俺に気を取られりゃ、その隙に『先生』の魔術がズドンだ。なあ?」
ちらと背後のエルフィオーネに目配せするアルフレッド。こくりと頷くエルフィオーネ。
「無論だ。こちとら、自分の主を暗にコケにされて、思いのほか頭にきている。一瞬にして、その破廉恥な衣装を、下着ごと燃やし尽くしてくれるわ」
ローブの魔術式が展開され、威嚇するかのような光を放つ。
「ヒューッ。無料でストリップ・ショウが見れるってか?」
そういえば居たっけと思う程久方ぶりに、蚊帳の外のゼファーが拍手と口笛交じりに声を上げる
「と、いうわけだ。―――なあ。お互い、酔いも深くなってきたことだし、日を改めないか? 酒の席での戯れだったってことで、ここはひとつ穏便にさ……」
少しばかりの時間をおいて、メルフィナは魔術式の展開を止めた。錫杖に設えた宝珠からも光が消えていく。
「……ふん。わかったわぁ」
圧倒的不利を悟ったのか、意外なほどあっさりと、彼女は聞き分けた。そして、間延びした口調が帰ってきている。平常心を取り戻したのだろうか。
「能ある鷹は……ってやつかしらぁ? あなた、なかなか良い兇器もってるじゃない。何がただの警備員兼作家よ。詐欺もいいところだわぁ。そんな危なっかしくおぞましいモノを平然と持っていられるなんて。只者ではないようねぇ」
アルフレッドが持つ鉄塊と、顔とを交互に見遣りながらメルフィナは額の冷や汗を、髪をかきあげる振りをしてさりげなく拭う。
「嘘は一切言ってないつもりさ。それに、『平然と』って所は大きな間違いだ。この状態でいるのは大分ハードでね。身体に負担がかかる」
「そんな不健康な事やってるから、白髪頭になっちゃったんじゃないのぉ?」
「……ああ。違いない。その通りだ」
アルフレッドは剣を下ろす。エルフィオーネも、魔術式の展開を中断する。
そして数秒の間、互いににらみ合った後、メルフィナが口を開く。
「その剣。『抜いたら』さぞかし……スゴいのでしょうねぇ」
ちらりとアルフレッドの下半身に目を遣り、両手剣を見遣るメルフィナ。
「滅多なこと言わないでくれ。抜いたが最後、あんたがどれだけの術者であろうと、骨のひと欠片たりとも残らねぇほど、バラバラの粉々になってたぜ」
ごくり、と生唾を呑むメルフィナ。喉が動くと同時に隆起した胸も動く。
「ふ、ふふ……。その台詞、ただのチンピラの安い脅しと思えたなら、どれだけ良い事だったか。―――でもその力、キチンと手綱を握れているわけではなさそう。もし抜剣したとして、私と一緒に、周囲の建物や人々も巻き込んで灰燼にしちゃったのではなくって?」
アルフレッドは一瞬黙ると、カウンターに戻り、椅子に腰かけながら「滅多なことを言うな、と言ったはずだ」とメルフィナに釘を刺した。
着席すると同時に、エルフィオーネが労をねぎらうかのようにグラスに酒を注いでくる。そして注ぎ終わった後、彼女はにこりと微笑んでみせた。アルフレッドも、言いたいことは分からねど、微笑みを返し、グラスの酒を勢いよく呷った。
「ふぅん。随分と良い仲じゃない。妬けちゃうわぁ」
「そりゃどうも」
言葉の額面とはいささか意味は異なるが、彼女がアルフレッドたちに嫉妬しているのは間違いなさそうだった。
「色々言い合ったが―――エルフィオーネと旧知らしいあんたには、まだ納得のいかねぇことも多々あるやもしれねぇ。俺が彼女という才媛に相応しくない男ってのも重々理解している。だが、これだけは言わせてくれ。天地神明に誓って、俺はエルフィオーネの弱みを握ったうえで、彼女を無理矢理隷属させているわけではない―――ってことをな」
若干、酩酊の様相を呈している目つきではあるが、視線そのものには嘘偽りの欠片もない。その、暑苦しさに酒気が混ざったような眼差しを受け、メルフィナは虫を追い払うように手を振った。
「ああ、もう、わかったわぁ。だから、そんな誠実を絵に描いたような目で見るのはやめてって。そういうの、超苦手なのよぉ」
ばさぁ。マントを翻し、メルフィナは出入口に向かって歩いていく。
「先生。あなたの主様の誠実さに免じて、ご要望通り、日を改めるわぁ。また、どこかで会いましょう。お二方♪」
(お二方……?)
アルフレッドが呟く。もしや、エルフィオーネとは別の形で、興味の目を付けられてしまったのだろうか。
思い出したように店主が「お勘定……」とメルフィナ呼び止めた。彼女は後ろを向きながら、ピン、と親指を弾き、小さく光る何かを放り投げ、カウンターの上に落ちた。
店主とアルフレッドらが注目する。それは、先刻メルフィナがアクセサリーに加工すると言っていた、竜鱗の欠片だった。
「この場のお代、それで支払ってあげてぇ。あと、迷惑料も」
竜鱗とは、上級魔「ドラゴン」の鱗であり、術具に魔術式を刻印するための素材としては、最上級の性能を秘めている。それも、生けるドラゴンから採取したとあらば、品質も最上級。その欠片一枚で、先刻メルフィナが言った会計を全て済ませてもなお釣りがくるほどの値打ちのある素材だ。すかさず店主は「毎度あり!」と揉み手で声を上げる。背を向けたまま、「ごめんあそばせ」と。ひらひら手を振るメルフィナ。
「メルフィナ」
エルフィオーネが呼びかける。メルフィナは無言でその場で立ち止まり、にこりと、笑みを浮かべながら。振り返る。
「なぁにぃ? 先生」
「貴様の今の飼主が誰で、本当は何をしにこのアルマー王国にやってきたのか、私もこれ以上の詮索はせぬ。だが―――『火遊び』は、ほどほどにしておくのだな。いまのアルマー王国は、貴様の言った通り、火薬庫のような状態なのだ。何が火種で爆発を起こすか、分かったものではない」
笑顔のままではあったが、メルフィナの目元からは、次第に笑みが失せていく。
「はぁい。肝に銘じるわぁ。―――じゃあ、私からも一言。そんな場所とわかっていながら、あなたほどの実力者が、真の目的も明かさず、立場も明確にせずにこの地に安穏と居座っているなんて、変だと思っていたのよぉ」
この数週間、安穏とは言い難い毎日だったけど……。アルフレッドが内心そう思う一方。
「そうねぇ。これは女の勘だけど―――まるで、つまみ食い感覚で知り合った男の下で、暇つぶしをしながら、その『爆発』とやらが起こるのをひたすら待っているみたい。……なぁんてね」
「……何が言いたい?」
「別にぃ? ただ、思ったことを言っただぁけ。―――ああそうそう。白髪のお兄さん。―――アルフレッドさんだったかしらぁ?」
アルフレッドは無言で目線だけを合わせて返答とした。
「あなた、『暗黒期物』を書いてるんだっけぇ? 既に出版されてるなら、タイトルを教えて。次会う時までに見つけることができたら、感想くらいは聞かせてあげるわぁ」
発言の裏に、何かがあるのか……?
分からない。戯れのつもりなのかもしれないが、それでも読者になってくれるなら、願ったりかなったりだった。酔いで思考が鈍っていたこともあり、アルフレッドは導かれるように、己が執筆している「作品」の名を口にした。
「……『与え姫奇譚』だ」
静寂。「ふぅん」も「わかった」の返答もない、完全なる静寂。
数秒してメルフィナは、呆気にとられた表情から我に返ると、腹を抱えながら「ククククッ……フフフフフフハハハハハ……」と、心底可笑しそうに哄笑する。それをエルフィオーネとアルフレッドは、黙って見ていた。
哄笑が止んだ。そのあと、メルフィナはエルフィオーネ、アルフレッド、その双方に視線を遣った後。
「楽しみだわぁ! 作品を読むのが!」
とだけ残し、笑いながら「ヤシオリ」を後にした。




