跋扈する者たち その2
「タオロ国からのギャング……か」
サーノスが呟く。
「驚かせてしまいましたか。申し訳ありません、王子」
「いえ、アークライト領がそういう土地柄だということは承知の上です。ただ、ここにきてさらなる闖入者が現れるとは……」
王国の中枢の乱れが起こした負の連鎖。事件の連続により揺らぐ領地の治安。それに便乗し、やってきた連中といったところか。
裏社会の情勢までは詳しくはないサーノスだったが、厄介な組織であることは何となく想像はできた。相手は、同じギャング達の目をもってしても実態を捉えられないほど徹底した隠密行動で悪事を働き、治安を脅かそうとしている。常に影に蔓延る悪意を思うと、二人の心中は穏やかではないだろう。特に、療養が済めば王都に戻らねばならないエーリックは尚更だ。
「王子もご存じのように、辺境という土地柄のせいか、このアークライト領には様々な人が集まる。……もちろん、荒くれ者達もその例外に漏れず多種多様だ。ボンズ氏のような自国ギャング。隣国・ルテアニア王国から流れてきたギャングや軍人崩れ。ウシオマルのような島国・ナ国から海を越えてやってくる腕自慢の剣客。騎士道とは違う、義侠の美学に生きる侠客とよばれる集団、やくざ者。中には、蛮族・ダチャ=カーン国の者まで……。長年、我々アークライト家は彼らと幾度となく剣を交え、良民たるよう説き伏せ、屈服させてきた。その結果、このアークライト領で組織ぐるみで悪事を働く者たちは絶えた。お互いにらみ合いではあるが、各組織は基本的に不可侵の、良好な関係を築いていて、抗争という形でぶつかり合うことも無い。そうやって、この領地の治安は保たれてきた。だが今回の、タオロ国のギャング達だ」
エーリックは表情を強張らせたまま、少し早足気味で歩く。歩幅が違うサーノスとアリシアは慌てて彼の背を負う。
「昨今のような国政の混乱や、領地での人事の変化を目ざとく耳ざとく察知し、それに便乗する形で彼らはやってくる。他の組織とは協調せず、ただひたすら、手段を選ばず実利を追い求める。法やしきたりに抵触することなど、ものともしない。しかも、何度打ち倒しても、我々に屈することをよしとせず、撤退と進出を繰り返す……。まあ、困ったさんなのですよ」
サーノスの手前、不安にさせないよう若干おどけた風に言うエーリックだったが、過去その困ったさんに、いったい何度煮え湯を飲まされたことなのだろう。
「やはり、厄介な相手なのですか」
「ええ……。昔は表立って派手に動くことも多かったから、動向を補足することは容易だったらしいのですが、最近は堅実さを重視し、今回に至っては隠密行動を徹底しているようだ。やはり三年前の、あの事件のことが相当影響しているのか……」
「三年前の事件?」
おうむ返しにサーノスが聞く。
「三年前―――お兄様が近衛騎士として王都に招聘された時ね。駐屯していたイザキをお兄様が出立したちょうどその後、それを聞きつけて、懲りずに奴らタオロ国ギャングが進出してきたの。領内の港湾地区のあらゆるところに出没しては悪さをはたらいて、対応にそれはもう手を焼かされたんだけど……」
アリシアが横から割って入る。
三年前と言えば、アリシアは11歳。今のサーノスより一つ下だ。仮にも領主代理を務めるだけあって、そんな幼少の時から、領地の治安に深く関わっているのか。サーノスは驚嘆を禁じ得なかった。
「でも、奴らはものの数か月で、領内から撤退していったわ。まるで逃げ帰るようにね」
「一体、何があったんだい?」
「―――辻斬り、だよ」
な。サーノスが息をのむ。そして、聞き返す。
「辻斬り……!?」
「そう。奴ら、タオロ国ギャング達を狙った辻斬り。そいつが、ギャング達を夜陰にまぎれて、無差別に襲いまくったの。下っ端だけじゃなく、幹部達も次々に餌食になった。最終的な数は、領内全体で100を超えたらしいよ」
「100って……」
「でも、その数も、あくまで死体が見つかった数でしかない。見つかっていないのを含めると、実数はその倍以上なんじゃないかって……」
サーノスはごくりと唾をのんだ。
まさに殺戮、屍の山という言葉がふさわしい。いくら狙われるのが悪人だけとはいえ、頻繁に街中に出現する惨殺体に、領民たちはさぞかし震え上がったことだろう。
その辻斬り本人は、特命もしくは独自の正義に基づいて、悪人たちを粛清して回ったのだろうが、同じ人間を、こうも躊躇なく殺して回れるものなのか。お互いに命のやり取りを強いられる戦場でならまだしも。
いずれにせよ、まともな思考回路の人間ではないだろう。むしろ思考というより、嗜好で殺して回っていたのではないか。斬るのが悪人相手なら、大義名分が立つと思って―――。
「もちろん、騎士団も警備ギルド側も黙ってはいなかったわ。悪人が成敗されているとはいえ、捕縛じゃなくて殺人だからね。明らかにやりすぎてる。何より本来、この領内の警邏を行っているのは、配下の官憲たちと警備ギルド員たちだもの。好き勝手をされて、面子が潰されているわけだしね。―――で、この辻斬りを捕まえようってことになったの。懸賞金までかけてね」
「―――結局、どうなったんだい?」
アリシアが瞳を閉じ首を横に振る。
「駄目だったわ。寸でのところまで追い込むことは出来たんだけど、取り逃がしちゃった。でも、その日を境に、この辻斬りの犯行はぴたりと止んだわ」
「姿を完全に見られたから、これ以上事に及ぶのは危険だと考えたのか……」
「かもね。目撃情報をもとに手配書が作られたんだけど、結局、辻斬りが再び現れる前に、すっかり怯え上がったタオロ国ギャング達は、ひっそりと撤退しちゃったわ。―――これが、三年前の事件だよ」
―――つい先刻までの、散策ののんびりとした空気はすっかりと吹き飛んでしまっている。
少しの沈黙の後、サーノスが口を開いた。
「……なんて言うか。驚いたな。こんなに治安が行き届いた場所で、そんな凶行があっただなんて……。その上で、アリシアさん。あなただ」
「んー? なぁに?」
「そんな幼少の砌から、領主の一族として、領内の治安に深く関わっていたなんて。流石としか言いようがないよ」
何の裏もない尊敬のまなざしをアリシアに向けるサーノス。少し戸惑ってから、アリシアは顔を少し赤らめ、頬を掻いた。
「ま、まあ。その時は私もまだまだだったから、大きなことはさせてもらえなかったよ。だから今の話は半分以上はただの伝聞ね。その辻斬りを寸でのところまで追いつめたタフガイから、聞かせてもらったんだ」
「へぇ……どんな人なの?」
ふふふ。アリシアが思わせぶりに笑う。
「それは王子、あなたも良ぉーく知ってる人だよ」
「僕が? ……あっ、もしかして」
エーリックはその時王都に招聘されていたから違う。となれば、サーノスが知り得るアリシアの身内で、思い当たる人物と言えば、一人しかいなかった。
「アルフレッド教官……だよね?」
「正ぇー解。寸でのところまで追いつめておいて捕まえられなかったって、仲間内からは相当イビられたらしいけど、接敵したのがアルフレッドじゃなかったら、間違いなく返り討ちに遭ってたに違いないわ。あのときはウシオ君も今ほど魔術を使いこなせてはいなかったから、間違いなくアルフレッドがギルドで最強だったもん。そんな彼でさえ、無傷では済まなかった。わき腹に一撃を入れられて、骨にヒビが入ったって言ってたわ」
斬られて負った傷ではなく、打撃で負った傷ということは、取っ組み合いに発展するくらいの壮絶な接戦が繰り広げられていたという証拠だ。
アルフレッドの実力は、先の「課外」で、その潜在能力を含め、この目にしかと焼き付いている。魔術が使用できないことを一切言い訳にせず、力と技と、自らにリスクを課す異能とで戦い抜く、絵にかいたような戦士―――。彼に対して飛ばした暴言は、アリシアに対する放言と並んで、今思い返しても頭を抱えて悶えたくなるレベルだ。
それほどの人物を負傷させる人間とあらば、間違いなく、国家魔術騎士レベルの強者だったに間違いない。
「そして、ほとぼりが去ったとばかりに、奴らタオロ国ギャング達は、懲りずにこのアルマー王国に進出してきた。……また、『奴』が現れるかもしれない」
深くため息をつき、エーリックが呟く。
「厄介ごとだらけ、だよ」
辻斬りとかこっわ。




