誓い
「おおっ! 何の騒ぎかと思えば、エーリックの若君のご帰還じゃあ!!」
大げさな声での歓迎が、往来に響き鳴る。
路傍の人込みを押しのけ、サーノスら三人の前に臆面も無く立ったのは、長身で筋骨逞しい青年だった。長い黒髪の長髪は後頭部で一本に束ね、粗野な雰囲気醸しながらではあるが、顔立はかなり整っている。しかし酒が入っているのか、顔はほの赤く、表情が若干緩んでおり、どこか三枚目な印象が拭えない。凱旋パレードさながらの一行の前に立ちはだかり、周囲の視線を一斉に浴びるも、傍らに人無きが若く、平然としている。
青の「着物」という民族衣装を身に纏っていることと、少し平坦な顔立ち。その特徴から察するに、ナ国人であることは間違いないだろう。ジェスティ侯爵は大のナ国好きで、現在戦乱状態にあるナ国から海を越え逃れてきた難民を匿い、保護していると聞く。ただ彼の場合は、単純に「亡命してきた」というわけではなさそうだ。全身から、そして左腰に差したナ国特有の細身の両手剣「刀」から醸されている強者の気風が、それを物語っている。恐らく、あの刀は術具だ。
「ああ、ウシオマルか。久しぶりだね。相変わらず、昼間から酒かい?」
「はっはっは! こんなモン、飲んだうちに入らんわい! 今から連れと、酒場をハシゴとしゃれ込むつもりじゃあ!」
酒気を孕んだ吐息がここまで漂ってきた。一言でいうと、酒臭い。
「ウシオ君、真昼間だってのに相変わらず酔っぱらってるのね。若いからってほどほどにしとかないと、カラダ壊すよ?」
アリシアが窘めるように微苦笑を浮かべながら言う。ウシオ君、というのは愛称だろうか。
「おう、何じゃお姫さん、今日は一段と可愛らしいべべを着とるのう。見た目も淑やかそうで、どこぞの良家の姫君かと思うたわ」
「でしょー? 私だって本気を出せば……ってそれどういう意味? ウシオ君、私のこと一体なんだと思ってんのよ」
「がっははは。言われて悔しかったなら、普段からそうやって姫君らしくお淑やかにしとらんかい、このじゃじゃ馬姫」
周囲の領民の視線がある以上下手な真似はできないのか、アリシアは小声で捨て台詞を吐いた。
「むー……後で覚えてろよ……」
「ははは、愛い奴愛い奴」
むっ、とアリシアは口をとがらせ、ウシオマルを上目づかいに見上げながら頬を膨らませた。そのやり取りを、エーリックは表情をほころばせながら傍観している。
それにしても―――大貴族の子息相手に何ら憚ることない気安い態度、口上。先の愛称での掛け合い。やはり、家族ぐるみの旧知なのだろうか。
「しかし若君、また急なご帰還じゃのう。もしかして、ジェスティの叔父貴も一緒に帰ってきとるんか」
「いいや、恥ずかしながら私単独での帰還さ。父上と騎士団の精鋭は王都にそのまま残っている。今頃は練兵に汗を流しているだろう」
「ほむ。それじゃあ若君は、何かヘマでもして、姫君の勘気でも被ったわけか。姫君の腰元に手を出したんがバレでもしたんか? うん?」
「ははは。まあ、ご想像にお任せするよ」
このナ国人が何者かは分からないが、少なくとも貴族ということは、エーリックと同格の身分ということはない―――はずだ。にも関わらず先刻から、不遜極まりない、且つ下品な会話を一方的に投げつけているわけだが、エーリックは何ら咎めることもなく、肩をすくめながら半ば苦笑、半ばおどけながら煙にまいている。
「ともかく王女殿下からは、当分自宅謹慎ならぬ、自領謹慎の命を賜った。だからこうやって一人でトボトボ戻ってきたんだよ」
「フゥーム……いつになく浮かん顔をしとるのう。なんかよう分からんが、複雑な事情があるんじゃな。よっしゃ、わかった!!」
ウシオマルは力強くエーリックの肩を叩いて抱いた。おっと、と体勢を崩すエーリック。
「久々の郷帰りじゃ。今日ぐらい、憂き世の雑事を忘れてワシらと一緒に」
「こら! 待った!!」
「なんじゃ、お姫さん。今からワシと若君は男の友情と仁義とを確かめあうために出かけるんじゃ。女子のお主は口出し無用ぞ」
「わけわかんない事言って、結局飲みに行くだけでしょ! 本日ウチは休肝日だから、お酒の類は一切禁止なの! って言うか、お兄様は今日一日は、私たち専属の騎士様なんだからねっ!」
「ああん? 私たち?」
今の今までサーノスは、ウシオマルと名乗るその青年を、様々な思惑を巡らながら凝視していたが、話題を振られ、ついに視線が合ってしまった。
「そうじゃ、お姫さん、さっきから気になっとったんじゃが、お主が隣に連れとるこの坊は何じゃ?」
そして、何の臆面も無く、人差し指を向けられる。
「なっ―――ぶ、無礼者!!」
「ああ?」
反射的に、声に出してしまった。しまった、と思ったがそれはもう後の祭り。
「何じゃ坊主。言いたいことでもあるんか?」
ザッ。草鞋という草靴が地を鳴らし、ウシオマルが前に出る。不敵な笑いを浮かべながら。剣呑な雰囲気に、周囲がざわめきだす。
「ちょっと、ウシオ君……」
「お姫さんはちいと黙っとれや。ワシはこの坊主に話がある。若君も同じじゃ。なに、手出しはせん。男同士、語らうだけじゃ」
互いに目配せしあう。エーリックは険しい表情を浮かべながら、無言で返す。しかし腰元の剣に手をかけ、事あらば間に割って入る準備を既に整えている。
「ワレ、どこぞの者じゃ、偉そうにしくさってからに……。ほれ、言うてみんかい。どこの良家の者じゃと聞いとるんじゃ」
「……」
サーノスはごくりと唾をのむ。
身長差約20サンチ。体格の差は歴然。先ほどのアークライト兄妹とのおどけたやり取りが嘘だったかのように、一体どこから取り出してきたのであろう威圧感を満載して、サーノスを見下ろしている。見上げるこの角度が、そのまま力の差だと突きつけられているかのようだった。ここで自身の本当の身分を暴露したとしても、この男は尻込みしないだろう。だが無礼の非はあちらにある以上、ここで退く道理もない。サーノスは二の足を踏もうとする心に鞭をふるい、ウシオマルの視線と対峙する。
「私が何者だろうが、関係はない……それに、貴殿の国の文化や慣習をどうこう言うつもりもない」
「ああ?」
「だが、見ず知らずの他人に向かい平然と指を差す行為の不作法を、我々の国ではこの上ない無礼と扱う。たとえ貴殿にその気がなくても、だ。仮に私が貴族なら最悪、貴殿の国でいう『手討ち』になっていても、何らおかしくはないはずだ」
「手打ちとな? それは物騒な話じゃな。それに『我々の国』? ―――ほう」
思わせぶりにウシオマルがにやりと笑う。
「どうこう言うつもりは無いという割には、ワシらの国のことについて、良う知っとるようじゃのう。その教養……『仮に』ではなく、お主もこの二人と同じく貴族なのじゃろう? しかも二人の様子から察するに、直々に賓客としてもてなすほどの大物と察せられる……。とすれば、王族連中か。じゃが、この国の王族は今、後継者問題の渦中に居り、物見遊山でこんなところまでやってくるほど暇ではない……。ということは、お主……」
初対面というのが嘘のように、言葉尻から、三人の関係の核心をついてくる。アークライト兄妹は先ほどから、言葉を失っている。この男、いったい何者なのか―――。
逡巡していると、ウシオマルが先に口を開く。
「何にせよワシに凄まれて一歩も引かぬとはな。ええ根性しとる。気に入ったわ。お主、名は何と?」
「……サーノス」
「サーノス殿、か。家名は?」
「……」
「言えぬか。そうか。―――サーノス殿。ワシはのう、王侯貴族の身分を傘にふんぞり返る阿呆が大嫌いなのじゃが、お主は違う。己の身分を隠し、あくまで礼儀の不作法を窘めて後学とさせることに終始しただけじゃった」
ウシオマルは一瞬破顔すると、ザッ、と片膝を地につけ、こうべを垂れ、跪いた。
「軽率短慮なる無礼の段、まこと、面目次第も御座らん。平に、御容赦をば」
平身低頭とはまさにこのこと。その意外なほどの潔さに、謝られているはずのサーノスが逆に戸惑った。もう一悶着あると思っただけに、尚更だった。
「……こうやって謝って誠意を示してるわけだしさ。王子、許してあげてよ。いつものノリで、ついやっちゃっただけなんだと思うし」
アリシアに促されて、サーノスは少しあわてて返す。
「えっ? あ、ああ……。あの、顔を上げてください」
「はっ」
ウシオマルがゆっくりと立ち上がる。
「分かっていただければ、それで結構です。間違いは誰にでもある」
「有難し。もったいなきお言葉」
腰を折りながら再三謝する。
「で、質問の続きじゃ。お姫さん、この御方とはどういう関係じゃい?」
そして、一瞬で素に戻る。アリシアといい、この変わり身の早さである。サーノスは再び呆気にとられた。
「……さてはアレか? いわゆる彼氏というヤツか? いっちょまえに色気づきおって、この! というか、アルフレッド殿とは、遊びじゃったんか?」
はあ、とため息を吐くアリシア。
「これ、私も『無礼者』って怒鳴っていいよね? 王子」
「好きにしなよ……そもそも、あなたの寛容さが異常というか……。『親しき仲にも礼儀』って言葉がナ国にあること、教えておこうか」
「まあ、そうは言っても腐れ縁だしね。あっちも私のこと、妹ぐらいにしか見てないと思うよ。悪い意味で」
「アルフレッド教官といい、あなたのお兄さんは、一体何人いるんだよ……」
「私のお兄様はエーリックお兄様一人だけだって。こっちはその気はなくとも、周りのみんながそういう風に接してくるんだもん」
アリシアはコホンと咳払いすると、一歩、前に出た。ふわりと白いドレスのスカートが浮く。
「ウシオ君、彼が私の何かって話だけどね。彼は私の―――」
凛とした表情。まかり間違っても「彼氏」だのといったふざけた文言は出そうにはない真剣な口調。
「―――好敵手だよ。互いに、武功を競い合う」
「ほう」
「……なるほど、お前らしい。やっぱり、そうだったか」
場に居た男三人。三者三様の反応。
一人は好奇。
一人は納得。
「―――えっ?」
そして最後の一人は、この上ない驚愕でもって応えた。
それら全てを確認した後、アリシアは続けた。
「初めて会ったその日に、勝負を挑まれてね。いきなりだったから驚いたけど、前回の『課外』で、彼の実力は十分に分かったわ」
サーノスは顔を真っ赤にして押し黙った。
『僕とあなたはお互い功のみを競い合うべきだ。馴れ合うつもりは毛頭無い。守ってもらうなんてもっての他だ。お互い、無様な姿を晒して国の恥にならないよう、せいぜい気をつけようじゃないか。お姫様』
シラマの町での依頼を、アリシアのもとに伝達したあの日の講堂―――。
自らの心に鞭を打ち奮い立たせるためでもあった啖呵は、今思い返してみれば、思わずその場で悶えたくなるほどの放言だった。アリシアにとっても、それを見ていた者達にとっても、さぞかし失笑物の戯言だったに違いない。前回の『課外』では、それほど、圧倒的な実力の差を見せつけられた。
それなのに―――。
「今は私の方が二つお姉さんだから、ちょこっとだけ私がリードしてるかもだけど、彼ならすぐに追いついてくるわ。そうなった時が、真の勝負だよ」
アリシアがサーノスに視線を向け、にっこりと笑う。
「―――ね?」
当たり前のように同意を求めてくるが、混乱するサーノスは、首を縦に振れるはずがなかった。その場で固まるサーノスに、まるで助け舟のように、ウシオマルが口を開く。
「ほう―――お姫さんの好敵手とな。これは面白い。この御仁、それほどの大器ということか」
ウシオマルがこちらを見てくる。
「サーノス殿。我らがアークライト侯の姫君は、この完全無敵のワシをも凌駕するかもしれん可憐且つ勇敢なる戦乙女。巷の噂では、エーリックの若君を凌ぐとさえいわれておる才覚の持ち主じゃ。それを超えるとなれば、今のワシなど歯牙にもかけぬほど強くならねばならぬ。道は険しいぞ?」
その言葉で、冷静さを取り戻せた。
相手が誰だろうが、関係ない。
今は確かに、劣るかもしれない。だが自分は、強くならねばならない。誰よりも。他の誰よりも。
あの日、誓ったのだ。
亡き、母の名に―――。
「―――承知しています」
サーノスは全てを振り払い、高らかに断言した。
「僕は強くならなければならないのです。誰よりも。他の誰よりも」
ウシオ君お久しぶりー




