紅恋の剣 その2
「道ならぬ恋であり、結末も、歴史小説である以上変えることはできない。それが故にただただ切なく、でも、互いを想う心の描写は火傷するかというくらいに情熱的で―――。色恋沙汰には疎いはずなのに、気付けば、完全に感情移入していました」
大きな瞳を閉じながら、隆起した胸元に手を遣るシャーロット。褒めちぎられ、照れで思わず視線を逸らすアルフレッド。対して、相変わらず怪訝そうな眼差しを崩さないクレアリーゼ。
「教官が? そんな情熱的な恋愛物語を?」
「何ですか……。『その顔で?』とでも言いたいんですか」
「あら、御免あそばせ。顔に出ていたかしら」
ええ、それはもう。アルフレッドは慇懃無礼に返した。
「どうでもいいですが教官、その作品、あまり売れなかったのではなくって?」
「何故そうと言い切りますかね……」
実際に間違ってはいないのだが。
「何故? 当たり前でしょう? 題材が、読んでもらう気が皆無だからですわ。識字率が低く作品の絶対数も少なかった昔とは違い、今では大衆小説も引く手が数多。そんな中で、どうして、『不貞』『淫姫』の忌むべき二つ名を持つ者達の物語を見たいと思うでしょうか?」
「やはりというか、えらい嫌われようですね……この二人」
寂しげな口調でアルフレッドは言う。だが、お構いなしにクレアリーゼは言う。
「当然ですわ。両名は己の立場も弁えずに身勝手な情欲に溺れ、自らはおろか、主家までをも滅ぼしたわけですから。世の騎士や貴姫はおろか、民すらも、彼らの愚行を人の道の恥とし憎んでいます。どう脚色しようと、良い物語になるはずがありませんもの。どうしてわざわざ、そのような題材を選んだのか、理解に苦しみますわ」
「うーん……意外性目的とか……その他もろもろ。他の人間が手をつけていない場所こそ、開拓する価値があるというか。いずれにせよ、もし書かせてもらうなら、題材はこれしかないと決めていました」
煙に巻くような口調で言うアルフレッド。だがクレアリーゼは、下らないと吐き捨てるかのようにため息を吐く。
「浅はかと言わざるを得ませんわ。結局のところ、正攻法で勝負に出られないと奇策に頼り、失敗したというだけでしょうに」
「有り体にいえばそうなりますね。皆と同じ方法では勝負できないから、別の道を模索するっていうのは俺の悪癖みたいなものでして……。作品にしても戦闘にしてもね」
軽く自嘲する。その後、「でも」とアルフレッドは付け加える。口調が、今までののらりくらりとした言い方とは打って変わる。
「確かにこの二人の契りは、お互いが置かれた立場を鑑みれば、決して許されるものではなかった。だが、短慮や情欲、一夜限りの過ちなんて言葉では言い表せないくらい、深い苦しみと葛藤は、確かにそこには存在していた。それは間違いない」
「何を根拠に? そのような史実、聞いたことはありませんが」
「史実……。史実、ね」
アルフレッドはソファーに深く身を委ねる。そして、ふぅー、と深く息を吐きながら、壁面に立てかけられた、己の獲物である両手剣を横目で見遣った。
「ミス・フザンツ」
「なんですか。唐突に」
「俺ね、この作品を書くにあたって、取材に行ってきたんですよ。物語の舞台となった土地にね」
クレアリーゼは黙って聞いている。
「のどかな農村で、水は綺麗、メシも美味い。高地からのぞむ朝焼け夕焼けなんかは、それはもう絶景だ。良いところだった上に、色々な資料や民間伝承も聞けた。城跡にも足を運ぶことができた。すぐに帰るつもりが、小旅行気分でつい長居しちゃいましてね。帰ってからは、ギルドに溜まっていた仕事を片付けるのに、難儀しましたよ」
「……それが、どうしたというのです?」
「城跡から少し離れた、見晴らしの良い場所に、二人の墓標が有るんですよ。もちろん、その下に骸があるわけじゃない。道ならぬ恋に身を焦がした二人を悼んでの、慰霊碑みたいな物ですね。そこには、騎士アイオスの手をとるソフィー姫の像も建っているんですが―――この二人の辛そうな表情と言ったら。見ているだけで、目頭が熱くなりましたよ」
「話が、見えないのですが」
「……この土地の人達は口々に言っています。騎士アイオスとソフィー姫をこれ以上貶めないでくれ、不浄の名を改めてくれ、とね」
クレアリーゼは答えない。
「二人は、一時の気の迷いで契りを交わしあったんじゃない。幼い頃より親交を交わし合い、長い時間をかけて強く、強く惹かれあっていったんだ。そして―――それを引き裂かれそうになったとき、想いの強さ故に、一線を越えてしまった。そんな、悲劇の物語だったんです。史実として世に一切伝わってはいませんが、この悲恋の物語が忘れ去られない様にと、二人が歩んだ人生の足跡は、口伝や資料などで、残されてきたんですよ。可能な限りね」
「……」
「それだけ、当時の領民にとっても、思うところがあったってことなんでしょうね。何せ、二度にわたる魔物との大戦の戦火にも、散逸せずに守られてきたんだ」
自身の認識とは180度違う事実を提示されるも、当然受け入れ難いようで、煮え切らない表情だった。
「それはたぶん、真実」
すると、今までだんまりだったクラウディアが、いきなり口を開いた。
「騎士アイオスが所属していた小国イルベラ国(伊国)は、強国アンデル国(亜国)と、同じく強国ウルスラ国(宇国)の北上部に位地どる形で隣接していた。伊国は小国ながらも、高地に居城を構える難攻不落の地。そして亜国は、古くから伊国とは互いに同盟関係を結んでいた。宇国が伊国を攻めれば、兵力が手薄な宇国を亜国がその隙に攻める。宇国が亜国と戦争になれば伊国が亜国の援軍に駆けつける。そんな関係にあり、こう着状態が続いていた」
ひとつ息を吐く。
「でも騎士アイオスのころになると、亜国も宇国も、他国を併呑し国力は更に強大なものになっていた。同盟関係といっても、要害でなりを潜めているだけの伊国は、半ば亜国に臣従する形になっていた。そして亜国は、戦略上重要な地である伊国を、自分のものにしてしまおうと画策していた。宇国に奪われる前に」
全員が、一斉にクラウディアに視線を向ける。対してクラウディアは周囲の注目には目をくれず、別の本を読みながらただ淡々と歴史の講釈を続ける。
「そのために伊国に持ち込まれたのが、ソフィー王女の婚姻だった。亜国の王子の婚約相手は既に決まっていた。それをわざわざ破棄してまでの婚姻だった。明らかな謀略だった」
「その言い方だと『伊国に攻め込む口実を作るために婚姻を持ち込んだ』と聞こえますが」
「うん。だって、その通りだもの。ソフィー王女の落ち度を見つけて、難癖をつけ、それを大義名分に戦争を仕掛けるのが目的だったのだから」
アルフレッドは瞳を閉じ、息を吐いた。
「現存する多数の口伝と資料を信じるなら、騎士アイオスとソフィー王女の懸想は、幼少時からの積み重ねによって形成されたもの。伊国内では公然の秘密であり、騎士物語さながらのロマンスとして、国民も応援していた。亜国はそれを承知の上で婚姻を持ち込み、二人を引き裂こうとした。その時、二人が本当に一線を越えてしまっていたのかは分からない。讒言はいくらでもねつ造できるから。ともあれ、すかさず密告が亜国にとんだ。今以上に貞操観念にうるさかった世相において、同盟を破棄するのに、これ以上体の良いスキャンダルはなかった。伊国には武装した亜国の兵士がおしかけた。そして、ソフィー王女の身柄を抑えるという名目のもと、実力行使に出た。まともな準備もなかったがゆえ、勝負にすらならなかった。一連の戦闘で国王は戦死。善戦すれども追い詰められ、逃げ場を失った騎士アイオスとソフィー王女は、燃え盛る城の中で共に果てた。そして亜国は、一連の行動をこう国内外に喧伝した。『王女ソフィーは婚姻前の身でありながら若い騎士と不義密通をはたらき、我が国の誇りを汚した。故に、その不義の落とし前をつけさせた』とね」
シャーロットは思い出し泣きをしていた。目元を手でおさえながら、スン、と鼻を鳴らす。クラウディアは尚も、普段からは想像もつかないような饒舌で、歴史の知識を淡々と披露していった。
「でも、亜国の国民となった伊国の民は、この仕打ちと、主家の無念とを忘れることは無かった。しかる後、亜国は謀略の報いを受けることになる」
アンデル国の略称である亜国は、最初「阿国」表記でした。出雲に行っちゃうのかな?




