蒼の恐怖 その1
―――『蒼雷』。
招来した轟雷をその身に纏い、己の力へと転化・利用する、極めて強力な戦闘魔術だ。
近距離にあっては打撃に電撃を付与し一合一合ごとに相手の体力と精神力とを、雷撃にてじわじわと容赦なく削る。遠距離にあっては、高電圧の雷光弾を放つ。それに加え、まさに疾風迅雷の如き俊敏性を得ることが出来るなど、アークライト家の一族の武勇の根幹を成すといっても過言ではない、門外不出にして、秘伝の魔術である。
その創始者、つまり魔術式の考案・開発者は、エドワード聖武王の軍師をつとめたエリオット=アークライト伯爵であることは周知の事実なのだが、逆を言えば、それくらいしか、世には明かされていない。秘伝の名は伊達ではないといったところか。
魔術式が門外不出なら、現象を実際にこの目で見て構成式を解き明かそうという試みも行ってきたが、再現はまるで叶わなかった。
これほど複雑怪奇に組まれた、さながら時代錯誤遺物とでもいうべき超高度な構成式を、何故、魔術が普及してたかだか100年というような時代に開発できたのか。それに、エリオット=アークライト伯爵の魔術史における事績はこの『蒼雷』の開発くらいで、その他に特筆するべきものは皆無と言っていい。これほどの魔術式を開発できる能力があるにもかかわらず、だ。
誰か、他者からの入れ知恵があったのか。
だとすれば、それは一体何者なのか。
そもそも、果たしてそれは人間なのか―――。
この間、書店で立ち読んだ三文小説をふと思い出す。タイトルは忘れたが、歴史物、いわゆる暗黒期物だった。歴史考察はなかなかしっかりと行っているようだったが、労力をそちらの方に奪われている感は否めず、表現や語彙は稚拙にして貧弱、何より魔術を使った際の描写が非常に希薄且つお粗末なのが鼻につき、序盤から読む気を削がれてしまった。
なんでもその小説では、エドワード聖武王を庇護したという史実上の謎の女性・エルフィオーネ婦人が、実は『第二次討魔大戦』を終結に導いたとされる大英雄「与え姫」であったという。そんな荒唐無稽な設定のもとで描かれていて、これも失笑ものだった。つまり、「与え姫」などという、存在自体が眉唾な伝説的英雄の手でも借りなければ、エドワードは聖武王たり得ない、ただの凡夫だったということだ。娯楽小説にも関わらず、奇を衒い過ぎるにもほどがあるというか、読者のいわゆる「ウケ」というものを完全に度外視していると言わざるを得ない。
こんな、ともすれば王家批判ともとられかねない本を出して、作者は正気なのだろうか。そもそも、読んでもらう気があるのだろうか。
一応、挑戦するような形で、斜め読みでパラパラと最後まで読んではみたが―――小癪なことに、物語の展開や構成などは、意外なほどしっかりとしていた―――あの調子では、エルフィオーネ婦人こと「与え姫」は、軍中でもただの置物では終わらないだろう。エリオット伯が彼女に師事、または、彼女が策に口出しをしてくる展開も大いに考え得る。それなら、エリオット伯に『蒼雷』を伝授したのは、他ならぬ「与え姫」であったという理屈も、あの作内では成立してしまうというわけだ。
じゃあ、目の前にいるのは、あの三文小説のエルフィオーネ婦人こと「与え姫」? ならば納得だ。馬鹿馬鹿しい話だが。
閑話休題。
アークライト家の一族であるアリシアと接点を持とうとしたのは、この『蒼雷』の魔術を解明するため、という目的が第一にあった。
寧ろその目的がなくば、隣に居られると些か明るさと賑わしさに過ぎるあの人柄とは、面と向かっては相対しきれない。性格が真逆すぎて、内に籠りがちのクラウディアには、些か眩しすぎる―――一言で言うと、正直、苦手な部類ですらある。
そんな、ベクトルの違う努力を無理に行ってまで解明しようとして、結局惨敗に終わった、この『蒼雷』の魔術を―――なぜ、たかだか行きずりの魔術師が扱えるというのか。
この魔術師、一体何者なのか。
名前をそういえば聞いていなかったが―――。
「どうした。小娘。撃ってこないのか? 睨み合ってばかりでは、暇で仕方がないぞ。まさか、早々に怖気づいたのか? ならば御先祖様がそうしたように、さっさと降伏したらどうだ? うん?」
先の控えた態度は服と共に脱ぎ捨てたのか、いちいち癪に障る煽りを連発してくる。ここまでの人間の豹変ぶりは、そう見れるものではない。だが、憤慨で驚愕を吹き飛ばすには丁度いい。怒りを闘志に換える。兄に教わったやり方だ。
なぜ『蒼雷』を扱えるのか。いや、そもそもアレは本当に『蒼雷』なのか。
もしかすると、見た目だけが似ている、見せ掛けだけのハッタリの可能性だってある。寧ろよくよく考えてみれば、その線が一番尤もらしい。何しろ大前提として、アークライト家の者しか知らない、扱えないという絶対条件があるのだから。
それに、対戦は「まだ」したことがないが、アリシアの試合は、今までに何度も見てきた。実際に戦った場合にはどう動き、どう対応するかのシミュレーションも、既に頭に出来ている。
結論。万が一本物の『蒼雷』だったとしても、恐るるに足らない、ということだ。
「挑発と煽りが上手いのはわかった。お望み通り、乗るよ」
クラウディアは、たん、と爪先で地面を叩いた。合図にするように、周囲に燃え盛る火球が幾数も浮かび上がる。
「行け」
射出!
目標はもちろん、未だ動こうとしないエルフィオーネに一直線。そしてもう一つ。目に見える正兵に対する「奇兵」を、見えないところに潜ませてある。
―――逆に屈服させ、持ちうる魔術のカラクリ、その全てを吐かせてやる。
怒り、好奇、期待。
クラウディアは内に、様々な炎を激しくも静かに灯して驚愕を燃やし去り、それすら燃料にするように、一気に闘志へと換えた。
少し短めです……
あわれ、クラウディアからは三文小説と評されてしまう「与え姫奇譚」。
ちゃんと読んであげたってよぉ!




