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与え姫奇譚 ~または不術騎士アルフレッドの数奇なる立志英雄譚~  作者: 天流貞明
第三章 魔術師エルフィオーネのいる日常
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白鬼が見た夢




 小回りでは、圧倒的にあちらが勝っている。こうも近い距離では、辛うじて繰り出した攻撃も、術具を纏う脚どころか、腕でもガード可能(つまり「防護」の魔術だけで防げる範疇)な程度の中途半端な威力しか出せない。互角なように見えて、その実、防戦一方。押されていると言わざるを得ない。

 好機があるとするなら、それは一度きり。

 不意をついたところに、大振りの一撃を叩きこむ。でなくば、彼女の「防護」の障壁を突破し、「赤」の判定を出すことは叶わない。

 こちらのコンディションも、そろそろ限界にきている。剣の瘴気を取り込んだことにより、身体能力を強化したはいいが、まるで五臓六腑をギュウと掴まれるような、圧倒的不快感。そして、ブーン……ブーン……という、まるで蠅が耳元で飛ぶかのような、亡者の呻き声が、耳ではなく、頭に直接響き、アルフレッドを苛む。このまま持久戦にもちこまれると、体力より、こちらの意識が持ちそうにない。

「ほらほら、どういたしました? 顔色が悪くってよ!!」

 嵐のような攻めではあるが、若干、向こう見ずな大振りの攻撃が増えてきている。言うなれば、早く崩れろ、崩れてくれという、願望にも等しき攻撃だ。こちらの攻めがあまりに大人しいので、裏に、何か奥の手を隠し持っているのではかと勘繰ってくれているのではないか。

 具体的な勝利へのビジョンが、ようやく浮かぼうとしていた。

 どうすれば、不意をつくことが出来るのか?

 そして、「防護」の意識が一番薄くなるその瞬間とは?

 それは―――。




「ああ―――。ひとつだけ、あるな」

 


 

 観戦席のアリシアと一瞬目が合い、それで閃いた。

 彼女、クレアリーゼなら、まず間違いなく持っているであろう、「あの魔術」。それを、逆に利用するのだ。流れた汗が頬を伝う。アルフレッドは目をギンと見開く。

 まずは、攻撃に怯んだふりを―――。


「くっ!!」


 そして、直ぐには体勢を立て直せないような大振りの攻撃を誘発させる―――。


「隙あり!! 貰いましたわ!!」


 ためらいなく、右脚から繰り出される必殺の大回し蹴り。狙いは、正確無比に、アルフレッドの左側頭部―――。これで、勝利を確信しただろうか? だが、これは予定通り。

 誘いにかかった。アルフレッドは、バックステップで―――回避!! 紙一重。まさに鼻先を掠めん、ギリギリの距離。

「―――なっ……」

 一瞬ではあるが、クレアリーゼは完全に背後を見せる形となる。これが、考え得る、最大最高の―――隙だ。

「おおおおおッ!! 貰ったぁ!!」

 クレアリーゼは咄嗟に軸足を交換。左脚が突き出る。だが、勢いがまるで足りない。このまま、攻撃が到達する前に、突き出た左脚ごと……全力の踏み込みからの……横薙ぎの斬撃。この必勝の一撃で、吹っ飛ばす!

  

 

「そういうご予定でしたの? ―――甘いですわね」



 背面を見せながら、斬撃のさきに突き出た左足。

 それは、攻撃のために繰り出したのはない……。

 彼女も、誘っていたのだ。完全に隙を付いたと確信して繰り出される、必勝の一撃を。

 アルフレッドの繰り出した全力の一撃は、クレアリーゼが付きだした左足の、ブーツの靴裏とヒールとで、食い止められていた。 

 そして―――。

 まるで、繰り出した斬撃と同じ力が靴裏から繰り出されたかのように、アルフレッドの両手剣は、描いた剣閃を逆になぞる様に、弾き返される。アルフレッドは、反射した自身の力に引っ張られ、完全に体勢を崩した。


 ―――「反発リフレクション」。


 受けた攻撃の衝撃を反転。まるで光が反射するように、その勢いのまま相手に跳ね返す戦闘魔術だ。発動するための有効時間はごく一瞬。扱いには熟練の技術と、鋼の度胸を要する、極めて難易度の高い魔術としても有名だ。アリシアの十八番でもある。

「これで……お終いですわ!!!」

 アルフレッドは完全なる無防備に。クレアリーゼは大回し蹴りを放つべく、体勢を整え、そして脚を上げる。

 勝敗は決した。誰もが、そう思った。

 ―――アルフレッドと、エルフィオーネを除いては。

 そしてエルフィオーネは、体勢を崩すアルフレッドと共に、不敵に笑む。

「この勝負―――俺の」

「アルフレッドの」



「勝ちだ」




 反時計回りから、時計回りに逆流するアルフレッドの剣閃。だが彼は、それに逆らおうと、踏みとどまろうとはしなかった。その逆流する力に完全に身をゆだねながら―――身体は低姿勢をとりつつ、独楽のように回転。

「!!」      

 低姿勢で、クレアリーゼの回し蹴りは回避しつつ、両手剣の刀身は、逆流する力のそのままに、攻撃の最中で無防備になっている、クレアリーゼの左足―――すなわち軸足を、完全にとらえた。

「あうっ!!」

 この不意をつかれた足払いにより、クレアリーゼは頭より仰向けに転倒する。左足に『破壊』の判定である、赤橙色の判定色が付着。

 すかさず、アルフレッドは、クレアリーゼに容赦なく片膝をつき馬乗りに。そして、鋼鉄の鞘に収まった両手剣の先端を、彼女の眉間に―――。



「それまで!!!」



 グレイズ教官の、怒号にも似た号令で。試合は幕を下ろした。

 アルフレッドが彼女の眉間に突き立てようとした剣先は―――彼女の額に、親指程度の、薄い「黄色」の判定色を残して、そこに静止していた。「防護」の障壁はしっかりと破壊し、なおかつ、本来であれば、小突かれた程度で済む一撃も残し、ピタリと止めたのだ。

「―――初めから、わたくしの『反発リフレクション』を読んでいたと? それを捻り出させて、油断させるのが目的だったと?」

 アルフレッドは大粒の汗を、クレアリーゼの制服の胸元に落としながら、肩で息をしている。質問には答えられそうにもない。クレアリーゼはその様を、放心、というよりは、ぼんやりとした目つきでじっと見上げている。

「そう、なのでしょうね。でなくば、あのように、力の逆流に身を委ねるなどという戦術は……」

「『反発』、は―――」

 辛うじてアルフレッドが、息も絶え絶えながら語りだす。

「ハッ……俺の、天敵の、一つなん……ですよ。ハァッ……ハァ。だから……いつも、俺なりに、対策を……」

 クレアリーゼは、ふう、とため息をつきながらアルフレッドから視線を逸らす。

「成程。これが『技術』と『経験』による力、というわけですのね。認めたくはありませんが、奥の手までこのように看破され、対処されては、最早何一つ言い返せませんわ」

 そして、悔しげな笑顔を浮かべながら、彼女は、己の敗北を宣言した。

「白鬼。いえ、アルフレッド教官せんせい。この勝負―――あなたの勝ちです。お見事、でしたわ」

 アルフレッドは立ち上がり、手を差し出す。クレアリーゼが躊躇いながらも、それを掴むと、先程まではしぃんと水を打ったように静まり返っていた演習場に、拍手と歓声の嵐が巻き起こった。今の今まで気づかなかったが、観戦席には、いつの間にか、最初の数倍以上のギャラリーがひしめいている。「うおっ」とアルフレッドは、青天の霹靂といった表情で、演習場内の熱気に驚き、圧倒された。

「ちょっと。いつまで握っているんですの? 教官」

「あ。ごめん。……じゃなくて申し訳、ありません」

 歓声と拍手の中、ひったくるような勢いで手を払うクレアリーゼ。そして彼女はビシッと人差し指をアルフレッドに向け、眉を逆八の字にする勢いで、居丈高に宣言する。

「勘違いしないでくださいませ。今回は負けを認めますが、わたくし、あなたという存在を倒し、高みに昇るという目標は、捨てたわけではありません。今回の失態は経験として、更に魔術を―――ついでに、技術もちょっとだけ向上させ、再戦を申し込みますわ。―――覚悟していなさいな」

 アルフレッドは「ふっ」と鼻で笑う。

「貴女なら、きっと越えられますよ。ミス・フザンツ。でも俺も、報酬ギャラがかかっている以上、そう易々と負けてやるわけにもいかない」

「ふん。何という俗っぽさ。これだけの武技を持っていらっしゃるというのに、正直、宝の持ち腐れと言わざるを得ませんわね」

 その台詞を聞き―――アルフレッドは「あと」と付け加える。

「貴女は俺の剣を『信義も信念もない野蛮な剣』と仰いましたが」

 クレアリーゼははっとして、言いよどむ。

「あ、あれはその……す、少し言いすぎでしたわ。忘れてくださいませ」

 アルフレッドは嗤いながら首を振る。

「いえ、そのとおりです。俺の剣は、結局のところ、俺のため。人助けのために剣を振るうことも多々ありますが―――金が絡むことを考えると、結局は打算。純粋な、人のための剣と主張するには大いに躊躇われるし、烏滸がましい。信念や信義というには中途半端すぎる。まさに今の俺、そのものですよ」

 ですが、と続ける。

「こんな俺でも、魔術騎士学校ここにいた頃は、自分の信じる、確固たる信念みたいなものはあったんです。国家魔術騎士になって、戦友と一緒に肩を並べて、国のために共に戦いたい。そして、受けた恩に報いよう……ってね。だから、戦友達についていくために、こんな物騒でおどろおどろしい魔剣を手にすることも、俺は全く厭わなかった。必ず、国家魔術騎士になれると、信じていた。だから、強くなるために、武功をえるために、ひたすら遮二無二だった。魔術を上達させるにつれ、どんどん強くなっていく周囲を羨みながらも、ね」

 黙って聞いていたクレアリーゼが口を開く。

「ふん。子供みたいに純粋で……それでいて、素敵な信念ですこと。では、なぜそれをかなぐり捨て、今のような身に堕ちたのです? 魔術騎士学校を追い出されたとて、貴方はアークライト家の庇護下にあったのでしょう? その実力であれば、アークライト騎士団など、あなたの信念を叶えてくれるような仕官先は、どこにでも―――」

「―――住む世界が違ったんですよ。所詮は。言うなれば、ただの『夢』だったんです」

「夢?」

「アークライト家の庇護も、魔術騎士学校での青春も、戦いも、信念も。結局は、魔術も使えないただの平民が見た、夢。―――見果てぬ夢だった。それだけの話ですよ」

 アルフレッドはそれだけ言うと、クレアリーゼに一礼し、背を向けた。

 ―――あと一ヶ月間。

 あの日の夢を、また同じように堪能できればいいのだが、そうはいかない。この一ヶ月間は甘美な、麻薬にも似た薬。はたして、どのような副作用を残して、切れるのであろう。

 アルフレッドは、悪寒と吐き気を堪え、ふらつく足取りで、タオルを手に待つエルフィオーネに、倒れるようにして寄りかかった。




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