アルフレッド評
「ミス・アークライト。あの方とはお知り合いなんですって? どのような御関係なのかしら?」
唐突に話題を振られたので、アリシアは思わず「えっ?」と返した。
「あの人、確か、エーリック様の『神殿』に間借りしてるっていう……作家さん、でしたよね? そんな人が、どうして戦闘指南なんか……」
もう一つ向こうの女子生徒が会話に入ってくる。アルフレッドが間借りするエーリックの邸宅に、かつて招待したことのある生徒だ。アリシアの兄・エーリックのファンで、彼住の邸宅を「神殿」と呼び崇めているくらいには入れ込んでいる。
こういった兄のファンが、知り合いに何人もいる。一体いつ話したっけ? という某爵の子女が、いきなり気安く話しかけてくるなんてのはしょっちゅうだ。兄と接点を持ちたいがために、出汁にされている、とはあまり考えたくはないが、そういう打算を巡らせる気持ちも分からなくはない。何せ、アリシアにとっても自慢のお兄様であり、自身もファンクラブの会員1号を名乗りたいくらいなのだから。
「作家? あの見た目で? ははっ。文章どころか、文字も書けなさそうな風体してるのに」
上の席で、失笑といわんばかりの声が飛び、つられて周囲に小さく笑いが起こる。
むっ、とアリシアは内心で口を尖らせた。かつては、いや、今でも家族同然の付き合いを続けている、もう一人の兄のような存在を馬鹿にされれば、さしものアリシアでも、腹の一つや二つは立つ。
「でも、ちょっとイイよね、あの人。少しゴツくて厳めしい感じで、最初は野蛮そうな殿方だと思ったけど。実際のところは物静かで、品性も、そこいらの平民よりはあるみたいだし」
「あ、わかります。それに、よくよく見ると中々麗しいお顔をしてらっしゃいますし」
「それだけに、平民なのがもったいないわ」
「まったく、その通り。こんな機会でもなければ、顔を合わせることも、金輪際ないでしょうしね。本当に残念」
上の連中とは少し質の違う、華やかな笑いが起こる。アリシアは一転し、少しむずがゆそうな表情で、それを聞いていた。頬をこりこりと掻く。
「あら、あなた方ご存じ無いの? あの方は、私達の先輩であらせられるお方よ。平民ながら、アークライト侯が直々にその実力を評価し、推薦した、『特別枠』の方だそうですよ」
近隣領の子爵家の令嬢で、古くから交流のある女生徒が得意げに言う。すると、話題に参加している全員が目の色を変え、「あのアークライト侯が……?」とざわつく。
「やけに詳しいな」
「ええ、アークライト侯爵家の方々とは、何かと縁が深いので。晩餐会の時に、何度か御姿を拝見させていただいた事があるのですが……。聞いたところによると、故あって家族同然の間柄とのことで―――隣に並んで座る様は、まさにもう一人のお兄様、と言った風でしたわね。アリシア」
と、にっこり笑う。アリシアは「まあねー」と、純粋に破顔した。
「でも、もう一人のお兄様っていうのはちょーっと笑えない話なんだよね。何年か前に知ったんだけど―――諸侯の方々とか領内の人達から『異母兄弟か』ってよーく勘違いされてたんだって。『侯婦人一筋のはずのアークライト侯にまさか隠し子が』『使用人か何かに孕ませた妾腹か』っていう具合にね」
笑えないと言いつつ、「失礼しちゃうわ」と笑う。
「……めかけ。あなた、どこから覚えてくるの? そんな言葉」
「え? 騎士団のみんな」
と、返すと、女子生徒は顔を引きつらせる。周囲では爆笑が起こる。
「でも、そう言われてみると―――僕も、同じく晩餐会で彼らしき人物を見た記憶があるな、薄らとだけどね。顔はともかく、あの真っ白な髪はそうそう忘れるものじゃあない」
「ああ、そういえば私も―――。でも彼、私の記憶が正しければ、もう少しこう、線が細かったような……。随分、お変わりになられたのね」
ああー、とアリシアは相槌をうつ。
確かに、騎士学校に入ってからは、日増しに筋肉質になっていった。今でも体がなまらないようにと、トレーニングは欠かさないらしく、片手腕立て伏せをしている際に、背中に座って重石がわりになってくれと言われた時は少し引くものをおぼえた。
だが、それも致し方ないことなのかもしれない。魔術を使えず、「あの力」に至っては、制御できないことを理由に自分の力として認めていない。そんな中で彼が頼れるものといえば、鍛え上げた己の肉体しか無いのだから。
「ミス・アークライト」
一通りのアルフレッドに関する四方山話が済んだのを待って、アリシアに話しかけてくる男子生徒。先程、アルフレッドと演習を行っていた少年だ。
「あ、ケヴィン。さっきはお疲れ様。惜しかったね」
「惜しかった? 気休めは、やめてくれよ……。まるで相手にされていない、って感じだったじゃないか」
「まあまあ。そりゃ従騎士が簡単に勝てるような実力の人じゃ、教える側として来る意味が無いじゃない。それに、この程度のことじゃ『剛剣』の二つ名と序列は変わることはないわ」
そして「だから、頑張ろ!」と笑顔で労うと、ケヴィンと呼ばれたその少年は少し照れた様子で、髪をいじりながら言う。
「ああ、違う。そんな話をしに来たんじゃないんだ。―――ミス・アークライト。彼は魔術が使えない、という話だけど」
しー、と口元に指をあてる仕草をするアリシア。
「それ、あんまり本人の聞こえるところで言っちゃだめだよ。本心ではすごーく気にしてるみたいなんだよね」
「でも、そんな話、僕には到底信じられないな。魔術を使用できない体質なんて、そんなピンポイントに都合の良い―――いや、都合が悪い体質が存在するなんて。眉唾の極みだ」
と、断言する。
「僕の剣は、自慢じゃないけど、魔術をつかえない人間ごときに受けれるものじゃないよ。もし、彼が本当に魔術を使えないっていうなら、あの馬鹿でかい両手剣、最初の四、五合くらいの時点で吹き飛ばしていたさ。ミス・アークライト、君なら分かってくれるだろう?」
「うーん……そうだけどさ。事実は事実なんだもの」
確かに彼、ケヴィンの剣は、その二つ名が示す通り、受けた相手の得物ごと砕かんほど強烈であると有名だ。これは、実際に相対したアルフレッドも認めていた。
アリシアも彼と演習をする際は、受ければ手が痺れて大変なことになるその剣を、まともには受けない。紙一重で避け、その隙に叩きこむ。受け流す。もしくは、「反発」の魔術を行使し、剣ごと弾き飛ばす、という戦い方を選ぶ。
このように、技術面は少し劣る部分はあるが、それを力を増強する魔術群でうまく補っているがゆえに、アリシアら266期生のなかでも序列は上位に位置し、そのことからか、プライドも高い。
「どうしても信じられないなら、後で剣を観察させてもらいなよ。あの剣に刻印されているのは、紛れもなく『火』の術式、ただ一つだよ」
「しかし……在り得ないよ」
と、ぐずる。認めたくない気持ちは、分からなくもない。これに加え、アルフレッドの真の力の事を知ったら、どんな顔をするだろうか。
「見苦しいですわよ、ケヴィン」
甲高い声が上から降ってくる。アリシアとケヴィンは同時に上を見上げる。
そこには、胸に垂らした金髪を螺旋状に巻いた女子生徒。
頭には二本の角、尖った長い耳、そして黒色の尻尾と、まるで半人半魔のような特異な外見をした少女、クレアリーゼだった。
彼女は、白金のロングブーツが装着された脚を組みながら、機嫌を斜めにして座っている。
聞こえていないことをいいことに好き勝手言われる主人公の図。
何度くしゃみをしたんでしょ。




