抜剣(フューリー) その7
「なんだぁ、ここは……」
鬼が出るか蛇が出るか。
そんな心積もりで手に汗を握りながら踏み入れたその場所には、想像の斜め上を行く光景が待っていた。
蒼光だ。
周囲一面の岩肌が、ほの蒼く光を発している。
崖と崖の谷間に位置するその場所は、陽の光も弱々しい。そんな薄暗闇を、まるで街燈が灯るかのように、もう一つの光が照らしている。出口から漏れていたのは、陽光ではなくこの光だったようだ。
風景だけ見れば、まさに、放棄された採掘現場といった感じだ。掘削し掛かりの石材が崖に残ったままになっていたり、風化してボロボロになった採掘用機材が所々にうち捨てられている。そして、最近出来たばかりらしい、ハンターたちの惨殺死体である。
採掘の途中で魔物が発生したため、事業自体が打ち切られ、そのまま禁足地区として封印されてしまった―――当時の様子が浮かんでくる。突如として起こった予期せぬ事態。何十年前の事なのかは分からないが、石切り夫達は果たして、この地から逃れることが出来たのだろうか。
「何かの鉱石群でしょうか」
ディエゴ神父は周囲を見回しながら、幻想的であり、それ以上に妖しさも漂わせるその光景に嘆息している。
「……見たこともない石。青く光ってる」
「こら、迂闊に触るんじゃないぞ」
神妙な表情の中にある、興味津々そうな眼差しを見抜いたアルフレッドが、アリシアに釘を刺す。
「わかってるってば。……って、エルフィオーネ?」
そんなやり取りを尻目に、エルフィオーネが無言で勝手に前に出て行く。
切れ込みを入れられ、今まさに掘削され採り出される寸前といった、青く光る石材の岩肌を、エルフィオーネは黒の手袋越しに触れながら、佇み、思案を巡らせていた。
崖上からの落石等は最大限に警戒しつつ、ゆっくりと彼女に近づいていく。隣にはアリシアがぴたりと追従する。
「やだ、アルフレッド。風邪?」
はっとして、アルフレッドはアリシアに視線を向けた。
「何か、様子が変だよ? 顔色もよくないし」
「光のせいでそう見えるんじゃないか? 俺は大丈夫だ」
「そんなの嘘だよ。私に隠し事なんかしても、お見通しなんだからね。何かをしきりに堪えてるみたい。具合が悪いなら、そこで休んでなよ。わたし、傍でついててあげるから」
この世話焼きめ。やれやれと呆れつつも、少し背伸びしたその優しさが、嬉しくもある。アルフレッドは「ありがとな」と笑顔を造りながら返した。
「でも、本当に具合が悪いとか、そういうのじゃないんだ。なんて言うか……身体がこう、ウズウズするっていうか……何か、よく分からないものが身体の奥底からこみ上げてきて、居ても立ってもいられないっと言うか……ううむ」
「やっぱり、休んでたほうが……」
「大丈夫さ」
左手をアリシアの頭にぽん、と置く。
「ああ、相変わらず触り心地のいい頭だな。よし、今ので落ち着いた」
空元気をひけらかしてみせる。すると心配して損したと言わんばかりの顔で、アリシアが頬を膨らせ、抗議するようにアルフレッドを見上げてくる。
「むー!! 人が本気で心配してあげてるのに!! アルフレッドのばか!!」
小突きあいながら、なんとか安堵してもらおうとする。いつもより攻撃力が高く感じるのは、身を案じてくれている証なのだろう。
そう、苦しいという感覚とは違う。
これは、昂揚感だ。
精力、気力―――そう言ったものがじわじわと湧き上がってきて、ぐるぐると体中を駆け巡っているような、奇妙な感覚だ。胸中は、まるで嵐の前触れのようにざわめいていて、落ち着かない。
そして確信した。この青く光る謎の石こそが、その元凶なのだと。ただの石ではないことは、火を見るより明らかだが、何か「曰く」「謂れ」もしくは「力」のようなモノをその中に秘めている。他ならぬ、この身体が、そう言っている。ほの蒼い光の明滅とともに、まるで鼓動をせかすように訴えかけてくる。
エルフィオーネも何かを悟ったのか、「なるほど。よりにもよって、コイツを掘り当ててしまったか」
と、核心を得たり、という表情で唇を閉める。
「何か分かったのですか?」
サーノスが歩み寄りながら聞く。エルフィオーネは岩から手を放すと、「どうやら、カラクリが見えてきたぞ。―――タヌキどもめが、結局は自業自得というわけか」と、誰に言うでもなく呟いたあと、
「―――各々方、今一度術具を構えなおし、迎撃の態勢を取られよ」
ローブを翻しながら、アルフレッド達に向き直った。
「あれ? 鶴嘴とかスコップじゃなくていいのか?」
「主よ、冗談を言っている場合ではないぞ」
正気を保っていることを強調するべく、冗談めかして言うも、素っ気なくエルフィオーネに一蹴された。
「―――こいつは、魔徨石だ」
即座に、絶句という形で反応を示した人間がいる。ディエゴ神父だ。
「……魔徨石、ですと?」
「左様。貴方ら教会関係者の御歴々にはお馴染みの、忌まわしき厭しの物質だ。ふふ」
エルフィオーネは屈むと、傍に落ちていた「魔徨石」の欠片を拾い、それを掌の中でくるくると回しながら、驚愕するディエゴ神父を尻目に挑発するようにほくそ笑む。
「まこう……せき? 王子、アルフレッド、知ってる?」
「どういう物か、ってことだけは。―――実際にお目にかかるのは初めてだけど……」
「右に同じく」
相槌を打つアルフレッド。二人は改めて、煌々と妖しく輝く壁面を見渡した。
―――600年前、第二次討魔大戦終焉ののちに、この世から枯渇・消滅したとされる物質、「魔力」。
今となっては、記録や口伝でしか存在を知り得ないその伝説の物質が、この世に確かに存在していた証とされているのが、この「魔徨石」である。
「簡単に言えば、大気中の魔力が、岩とか鉱物に浸透して―――化学反応するみたいに、変質して出来た鉱物。……って言われてる」
「言われてる?」
「詳しいことはよく解っていないってことだよ」
「ふーん……。でも、いま聞いた限りだと、この石には、『魔力』が含まれてて、あんなことやそんなことをすれば、『魔力』として取り出せますよ~みたいな、そんな話になるような雰囲気なんだけど」
それを聞いたディエゴ神父が、この上なく気まずそうに顔をしかめる。アルフレッドは思わず掌で目元を覆った。
「お前なぁ……よりによって神父の前で。今どれだけヤバイことを言ったのか……まあ、わかってないって顔してるな」
「仕方ないでしょ。私、信徒さんじゃないんだもん」
「ばかやろう。常識として知っとけ、領主代行」
尚も抗議の表情でぶう垂れるアリシア。
割り入る形で、エルフィオーネが語りだす。
「魔徨石から、この世から失われた『魔力』を抽出する―――か。確かに、理論上不可能ではないとは言われてるな。そして仮に、それが可能となった暁には、失伝術法たる『魔法』を、この世に復活させることが出来るかもしれない」
こいつもか。アルフレッドは頭を抱えたくなった。
「その口ぶりから察するに、まだ誰も成功させてないみたいだね。個人で駄目なら、国家プロジェクトとして大々的にやれば、パパーッと成功しちゃいそうな気もするけど」
「それを断固として、認めない連中が居るのさ」
エルフィオーネはディエゴ神父に、嫌味を言うような視線を向けた。
「……『魔力』。ひいては『魔法』は、人の領分を踏み外した、禁忌の業なのですよ。姫様」
ディエゴ神父はアリシアに、説教の口調で語り始めた。
「忌まわしき『深層』より流入した『魔力』―――。ひいては『魔法』が存在していたこの大陸の400年史は、まさに血で血を洗う凄惨な戦の連続でした。まるで共食いをするかのような人同士での戦。そこに魔物までが参戦し、それらを平らげども、未だ血が足りぬとばかりに、また人同士で殺しあう。そしてこの世から『魔力』が消え去った時、人は気づいたのです。殺戮の限りをつくし、全てが破壊された時になって、初めて―――己が手にした『魔法』という能力が、人としての一線を越えた、過ぎたる力だったということに」
ディエゴ神父は目を開き、優しげな表情で続ける。
「姫様。第一次討魔大戦、第二次討魔大戦とは、『魔力』に手を出すという人の領分を越えた愚行を戒めるために、神が起こし給うた『天罰』であったと、聖典にはそう記されているのですよ」
心なしか、エルフィオーネの表情が険しくなった。クッと口元を吊り上げるのも見えた。
「まあ、そういうわけでだ。禁忌たる存在の『魔力』『魔法』を復活させようなんぞ、教会のお歴々からすれば、言語道断なわけさ。一丁前の―――『異端者』の烙印を押されることになるぞ」
「い、異端者!?」
さすがにこの言葉には敏感にならざるを得ないだろう。
「もし、魔徨石から『魔力』を抽出するなんてヤバイ研究をしてみろ。シフォルスファ教の信徒はどこにでも居るから、すぐに密告されてバレちまう。異端を知りて咎めずは其れもまた異端、なんていう教義もあるらしいし。そして、そうなったが最後―――異端審問官が、地鳴りみたいな足音を踏み鳴らしながらやってくるってわけだ。世にも恐ろしい拷問器具を引っ提げてな」
アリシアはごくりと唾をのむ。ディエゴ神父は「アルフレッド、あまり怖がらせてはなりません」と、苦笑しながら言う。
「……アルマー王国ではどうか知らないけど、僕の故郷のルテアニアは、神の教えを―――聖典を国教として扱っている。歴史の研究ならまだしも、魔法や魔力そのものに関する研究は、最大の禁忌とされているよ。……それでも、『魔力』の存在に魅せられる愚者は、後を絶たないけどね」
サーノスは目をそらすように呟く。ひょっとすると、異端者の公開処刑を、その目にした事があるのやもしれない。
「さて」
ぱんっとエルフィオーネが手を叩くと、全員が彼女のほうを向いた。
「色々な話が出てきた故、魔徨石とは、斯様にも大層れた存在なのかと思われたかも知れぬが、結局のところは、現状何も研究が進んでいない、今後も進むことはない、ただの屑石というわけだ。ただ―――」
「ただ?」
「数十年に渡る、この禁則地区の魔物の異常発生は、紛れもなくこの大量の魔徨石に因るものだ。シラマのギルドの連中は、それを知った上で、敢えて秘匿していた。―――魔物の狩場という、大事な金づるを失わないためにな」




