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再起(リスタート) その2




「おいおい、見たか? 例の三回生のカマキリ事件の真相……」

 

 各々出撃の予定を確認し終え、魔術騎士学校総務課より従騎士達が、ぞろぞろと出てくる。皆口々にひそひそと声をひそめ、噂しあいながら。


 酷いものね。たかだかカマキリ如き。腰抜け。窮地を救われておきながら。庇っておいてもらって。家格を傘に落ち度を全部なすりつけて。卑怯者。学校から追放するべきでは。変異種なんて眉唾もいいところ。ありえない。


 ―――さながら陰口の霧の中を歩くようだった。アルフレッドとエルフィオーネは従騎士達とすれ違うたびに、聞こえてくる侮蔑の言葉を右から左、左から右へと流し、彼らとは逆の進路である総務課を目指していた。


 でも、隻腕で戦い続けるなんて。さすがは『狂戦士』。実戦では相手にしたくない。野蛮。でもジェイド先輩ってちょっといいよね。頼り甲斐が。それに比べて。どうしてあんな軟弱で卑怯な奴と。これを機に縁を切れば。


 云々(などなど)。

 ジェイドを畏敬し、従騎士オルトをこき下ろす声を、散々にその身に受けながら。




 暖の効いた総務課の室内。掲示板の一角に、人だかりを見つけた。その中に、周囲よりあたま一つ分大きく、額にバンダナを巻いた男子従騎士が、ばつが悪そうに頭を掻きながら立っている。

 件の、通称「カマキリ事件」の当事者の一人、ジェイドだ。右腕切断よりわずか一週間。リハビリを経て、本日付けで晴れて復帰と相成ったのである。


「よ、ジェイド」


 アルフレッドが片手を挙げながら会釈する。


「ああ……なんだ、教官か。メイドさんもチィーッス」


 ジェイドは軽口で応じる。ご丁寧にも一礼をして返すエルフィオーネに対してはぺこぺこと頭を下げ、鼻の下を延ばした。

 アルフレッドは群衆の中を分け入り、ジェイドの隣に立った。背丈の差は10サンチ。アルフレッドは身長だけでいえば王国の成人男性の平均より少し高いくらいで、長身とは言えない部類ではあるが、堂々とした筋骨と肩幅から、どちらかといえば大柄な印象を見る者に与える。だが、同じく容貌魁偉なジェイドの側に立つと、その差でどうしても小粒に見えてしまう。

 アルフレッドは、ジェイドをはじめとした群衆が注目する、視線の先を見遣った。

 有象無象のとりとめない定例報告に混じり、そこには、例の「カマキリ事件」において、虚偽の報告を行ったことによる始末書が、実際にその場にて起こっていた真実と一緒に、これ見よがしとばかりに掲載されていた。不祥事や悪いニュースほど、人の目を引くものは無い。

 提出者の名前には、オルト=マスケートと、はっきりと署名されていた。

始末書を目にした従騎士達は、当事者本人が目の前に入るにもかかわらず、ひそひそと、彼らにまつわる噂話をはじめる。


「記載事項に偽りは無いんだな?」

 

 忌々しげにジェイドが首肯した後、まるで負け惜しみのように彼は切りだした。


「ええ。一字一句、今度は間違いは無いですよ」

 




「教官は、どちらかというと俺達に近い側だから、見逃してくれるんじゃないかなって思ってたんだけどなぁ。なかなか、うまくいかないもんだ」

 

 皮肉を込め、ジェイドは「あーあ」と後頭部で腕を組みながら言う。


「あん時――教官あんたから、『ギルドの事件当事者達を締め上げて、真相を吐かせた』ってハッタリかけられた時な。教官あんたほどの実力者なら力づくでやりかねないと思って焦ったけど――オルトの実家の事情しゃっきんがチャラになったことを聞かされなきゃ、俺は断固としてシラ切るつもりでしたよ。どんな苦しい言い訳だろうとね」


 アルフレッドとしても見逃してやりたいのは、山々だった。

 重傷を負っても己を顧みぬ勇猛果敢な戦いっぷりにはアルフレッドの戦士としての本能が、そして、己が誹謗されることも厭わず親友を庇うその姿は男としての本能が、同時に彼に賛辞を送りたがっていた。

 人の気も知らないでこのガキ……とアルフレッドは思いつつも、応じた。

 

「そうか。じゃあ、今回は俺がラッキーだったってことだな」

「そういう事です。まったく。俺の覚悟が台無しですよ」

「しかし、その虚偽の裏で人知れず、苦悩されていたお方が居りました。――その事をお忘れずに」

「あ。あー……。そうだった。そんなに考えつめることないのに、あいつめ」


 エルフィオーネの唐突な一言で、やさぐれ調子のジェイドが押し黙る。そして、アルフレッドに「すんません」と、詫びを入れた。


「お前らには気の毒だが――これも臨時とは言え教官の仕事せきむなんでな。事実を全部知ってもらった上で、上位教官連中には今後の方策を練ってもらわなきゃならねぇ。調査も踏まえた上でな。でなきゃ、今後、どれだけの従騎士達が――」

「ああ。ああ。わぁってます。わかってますって。でも、上位教官の連中、本気で対応するかは怪しいですけどねぇ。方策、対策って言っても結局、御討死なされたら困る上中位貴族の跡継ぎ君達の出撃を控えさせる、くらいの事しかしてくれないんじゃないのかな」


 アルフレッドは言葉に詰まった。それは、アルフレッドも、懸念として思考の片隅に留めていたことだったからだ。まるで隠し事を言い当てられたかのような気分だった。


適当テキトーに戦場に出て、安全な後衛で高みの見物してりゃ武功として見なされる上中位貴族と違って――俺達下位貴族や、次男坊以下、そして姫君は、実際に何匹魔物を殺して、何人ならず者を成敗したかが武功の全てだ。結局のところ、最悪戦死しても入学時の免責事項と見舞金さえかざせば解決の、俺達、下位貴族じつどうぶたいの面目躍如ってワケ。ま、俺としては願ったり叶ったり。かかってきやがれだし、他の戦士型のみんなも武功目当てに出撃を待ちわびてるから、結果的に学校側としてもシメシメってことで……」

「……考え過ぎだ」


 アルフレッドは、言い訳のような口調で、辛うじてそう返す。だが、ジェイドは「どーだか」と悪態を吐きながら、なおも言う。


「実力主義の校風が聞いて呆れるよ。こんなんだったら、いっそのこと、跡継ぎ君の入校を禁止にすりゃいいんだよ。頼るべき国家魔術騎士様にいざ縋ってみたものの、有名無実ペーパーでしたってなった日には、詐欺もいいところだろうに」

「言うな。言ってもどうしようもねぇ」


 公侯伯爵の嫡男で国家魔術騎士の称号を持つ者は、まず実戦経験の少なさを疑え。そんな風評が王都には存在すると、エーリックが首をすぼめながら話してくれたことを思い出す。侯爵家嫡男のエーリックもそのご多聞に漏れず、初めの頃は、王都ではずいぶんと侮られたという。


「なあ、教官。あんたは何も恨み言を言わないけど、実は上位教官達から、きつーいお叱り受けたんじゃないのか? その……俺のせいで」

「なぜそう思う?」

「何となく想像つくんですよ。あんたは、魔術を使えないくせに、その辺の術具使いや国家魔術騎士なんかメじゃない程の実力を持っている。魔術を使えないくせに国家魔術騎士候補生より強いってのは、当然、魔術騎士学校の運営の目から見ればイレギュラーだし、面白くない存在だったはずだ。あんたが在学時に教官だった奴ら、未だ異動や引退もせずに現役って奴も多いんだろ? だったら、今回の『失態』は渡りに船だ。日頃の鬱憤晴らしにルンルンで罵倒を投げつけまくった……違うかい?」

「……まあ、ぼちぼちな。いつものことさ。少し懐かしかったまであるかな」


 強がりで嘘を言うアルフレッドに、ジェイドは興奮気味に返した。


「腹立たしいな。身分は関係ない実力主義って話じゃなかったのかって」

「外面向きの建前さ。どんな謳い文句で入校生を募ろうが、貴族制度が存続する限り、この立場関係は必ず水面下に潜んで覆ることは無い。気持ちはわかるが、耐えるしかねぇ」

「……納得しかねるね!! ここは国家魔術騎士養成学校。国家、民衆の為に身命を賭す騎士を育成する場所だ。実力と戦績こそが全てであるはずなんだ。一言で言えば、強さこそが全てなんだ。身分とか、そんなのは関係なく!! みんなが同じ目的で切磋琢磨できる環境なら、こんなアホみたいなことにはならない!! 命の惜しい軟弱者や、お坊ちゃんお姫様はお家に帰ればいいんだ。教官、あんたもそう思うだろう? なあ?」


 彼のような下級貴族が抱える、そしてアルフレッドが騎士学校在学時に、考えまいと抑圧していた不満や鬱屈を、まるで代弁するかのように主張するジェイド。感情の赴くままに同調できれば、どれだけ楽だっただろう。

 アルフレッドは、それらを払拭するべく、はっは、とわざとらしく笑った。


「……何がおかしいんスか」

「いや、こないだ同じような事を言っていた娘が居たんでな。つい」

「ええ……? 誰ですか、それ。まあ、俺みたいな下級貴族なら、誰もが思ってることでしょうけど」

「ところがどっこい。お前が批判したい上中位貴族の御令嬢の言だ。お前もよーく知る伯爵令嬢様のな」

「伯爵令嬢……一人ぐらいしか、思い当たりませんが」

「じゃあ、その娘で正解なんじゃないか?」


 再びアルフレッドは、今度は本物の笑みでハッハと笑う。少し顔を赤らめながら口ごもるジェイド。 


「何にせよだ。真実を明かした以上、万が一が起こった時には上位教官どもも『知りませんでした』では済まない。あいつらがどこまで事態を重く見るか、どの程度の対策を打ち出してくれるかは分からんが――何もしないよりは幾分かマシだろう」

「……ま、あんまり期待しない方向で期待しときますかね。で? 教官はこれからどうすんの? 前回の件と今回の件で、総スカン食らってるんじゃないか? 上位教官共から」

「――俺はいつも通り、俺が教えられる技を、契約が満期になるまで出来得る限り皆に伝授するだけだ。契約だけじゃない。みんなにそう約束しちまったんでな。裏切ることはしねぇよ。それに、ここでの俺の心証なんて元々、ボロ雑巾みたいなもんだ。今更傷や汚れが増えようが、構やしねぇ。ボロ雑巾なりに、やれることを、やる。ただそれだけだ」


 それとも、鬼教官はクビになって欲しいか?

 わざと意地悪く笑みながら聞いてみるアルフレッド。ジェイドは慌てて取り繕う。


「そういう意味で訊いたんじゃないって! 言っておくけど俺は、いや、俺達はまだ全っ然教わり足りてないんだからな。今教官が辞めたって、アジトを突き止めてでも教えを請いに行ってやる。みんな、そんなつもりの奴らばかりだよ」

「そっかそっか。そいつぁ重畳。シゴキ甲斐がある」


 うぇ、と舌を出しながらジェイドは苦笑いを浮かべる。

 アルフレッドは、曇りがかった空を見上げた。


「――お前らにはまだ、死んでもらいたくないんでな」


 前方から、復帰したジェイドを迎える従騎士達の声が、大きく聞こえてきた。



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