糾弾 その3
「まっったく!! あなたもよくわからないお人ですわね!!」
未だ怒りが冷めやらないのか。
半人半魔の伯爵令嬢クレアリーゼは機嫌を斜めに傾けたまま、無言で悪びれるアルフレッドに対し、追い打ちをかける。さながら、背中を何度も足蹴にするかのように。
「わたくしの罵倒や脅しにも屈さず、何の躊躇も無く逆に怒鳴り返すほどの胆力を持っているかと思いきや―――先程の、まるで子供を諭すような説法には別人のように激しく動揺し、危うく論破されかかる……。あんなの、どこからどう聞いても、あなたを追い出すための言いがかりに過ぎないでしょうに!! あそこでわたくしが援軍に来なければ間違いなくあなた、思いつめた挙句、騎士学校から出て行ったに違いありませんわ」
「うっ……」
アルフレッドはクレアリーゼに背を向けたまま、愚痴と言う名の蹴りの嵐をその背に一身に受ける。
私刑の場であった小講堂内を出、クレアリーゼら一行は騎士学校内の廊下を歩いている。週休日なので人通りは殆どなく、口を開き発された声が、静寂の中で微かにこだまする。
「クレアリーゼ様。我が主アルフレッドは、権力由来の理不尽な恫喝に対しては、鋼鉄の如き不屈の忍耐力を持っています。ですが、どうにも『我』を主張することには慣れていないようで……」
改造したアークライト家のメイド衣装(一応レンタル品)を纏うエルフィオーネは、粛々とした態度でクレアリーゼに弁解をはかる。結局エルフィオーネもあの後アジトには戻らなかったらしい。アリシアが赤面しながら話すには、日付が変わった後、寄宿舎のアリシアの部屋に突如としてあらわれ、一泊の宿を懇願したとか。
「ふん。それとは逆の、我が強すぎる人間は、何人も見てきましたがね!!」
「……自分の作品では随分好き勝手してる。現実では出来ないからか……」
ぼそりと、最後尾でクラウディアが耳の痛い事を口走る。
「そう、たとえば―――『うるせえ馬鹿野郎。俺以上にこの子らを強くすることができる奴が、今こン中に居るのか。居ねぇだろ。だったら文句言うな老害ども。つべこべ言わずに引っ込んでろ』……くらいの荒々しい啖呵くらい、当然のように吐けるものだとばかり思っていましたのに。本当に見かけがアテにならないですわね、あなたは!!」
ご丁寧に口調まで真似をし、身振り手振りまで使ってアルフレッドを演じてみせる。
「うーん……人相はともかく、この兄ちゃんの拗らせた真面目さとお人好しさを知る身としては、逆にそんな啖呵を吐いてる場面が想像ができないけどねぇ」
アリシアが顎に手を当て、うーんと唸りながら言う。
アルフレッドは微苦笑を浮かべた。黙ってるのをいいことに散々な言いっぷりだな……と思いつつも、少しは気が軽くなった。彼女たちに援けられたのは、紛れもない事実だったから。
「アルフレッド教官、あなたは知らないでしょうから教えて差し上げますが―――雇われの臨時教官の進退は、雇い主である教官に一任されているのですわ。つまり、グレイズ教官が上位教官からの圧迫に耐えかねて解雇するか、他ならぬアルフレッド教官本人が心折れて依頼の継続を断念しない限りは、辞める道理などないのです。随分と上位教官達に嫌われているようですから、ようく覚えておきなさい!!」
「さすがは臨時教官追い出しの第一人者。その辺良くわかってらっしゃる」
アリシアがひょこ、と首を突っ込んでくる。それをクレアリーゼは「う、うるさいですわね!!」と、少し赤面しながら言い返した。
「それと、アルフレッド教官。266期生『戦士型』『折衷型』を代表するつもりで、これだけは言わせてもらいますわ」
「……えっ?」
ずい、と前に出、零距離まで詰め寄ったクレアリーゼは、アルフレッドの鎖骨のあたりに人差し指を宛がい、言う。
「あなた、わたくし達を強くするために―――生き残る術を与えるために、あと報酬のために、戦技を伝授するのだと公言したでしょう。わたくし達はあなたのその言葉を信頼して、厳しい指導にも文句を言わずについて行っているのですし―――グレイズ教官も、その手腕を期待して、あなたを金銭で雇っているのですわ。でしたら、契約期間の満期まで、依頼の達成に全力を尽くすのが、ギルドの仕事人としての道理であり、まず最初に貫くべき筋ではなくって? その上で言っておきますが、期待させておいて結局中途半端は―――わたくし達やグレイズ教官の信頼を裏切るようなことは、絶対に許しませんわよ!! 逃げたとしても、地の果てまで追って、教えを請いに行きますから!! その覚悟で居なさいな!!」
長い科白の中、見上げるその視線は一秒たりとも、アルフレッドの顔から逸れることは無かった。
アルフレッドは沈黙を貫いた後、ふぅ、と一瞬嗤った後に。
「……上位教官の皆様方は、俺を必要としていないようだけど……。皆は一応、俺を必要としてくれている。……ってことでいいのかな?」
少し上擦ったような口調で訊くアルフレッド。
「必要としている? 自惚れないでくださいませ。わたくしはただ、一度公言した以上は責任を果たしなさいと、そう言いたいのですわ!! 殿方に二言は無いとも言いますから。
わたくし達266期生を、力を得たぐらいで我を見失うような矮小な心根の集団だとは、ゆめ思わぬことですわ!! それに万が一、斯様な者が居たとしても、皆で諌めて性根を叩きなおせば良いだけの話!! だから、あなたはただ堂々と教官面をして、今まで通りわたくしたちをシゴき倒せば良いのです!!」
「然り!! 教官殿の指南ありせば、我らがさらなる高みを目指せること、疑い無し!!」
「一応……いや、かなり期待はしてる。僕も、立身出世がかかっている身だ。公言をいとも容易く反故にされては困るな、教官」
「私もより一層、主であるゼファー子爵様のお役に立てるようになるために……アルフレッド様、今後ともご指導ご鞭撻を、どうか宜しくお願いいたします」
「ええと……さっきアリシアさんに捕まったばかりでイマイチ状況が把握しきれていないんだけど……とりあえずアルフレッド教官が辞める理由は何処にもない……はず」
「辞める理由が無いは同意。同じく状況が把握しきれていないし、特に興味も無いけど」
「アルフレッド先生!! 皆様方はこんなにも先生の実力と指導力を信頼し、必要としてくれているんですよ!!」
「ホッホッホ!! あれだけ鬼のように従騎士達をシゴいておきながら、随分と信頼されておるようじゃの」
「そういうわけだからアルフレッド!! いつまでも思いつめてないで!! ほら!!」
最後にぽん、とアリシアに背中を叩かれた。
アルフレッドは目頭からこみあげる熱いものを見られぬようにと、ひたすら黙って背を向け、従騎士達からの叱咤激励を噛みしめながら、先頭を歩くのだった。
「鬼の目にも、というやつかな」
アルフレッドの三歩後ろの距離で、エルフィオーネがにこりと顔をほころばせた。
ネーオの町の露店のカフェで、アルフレッドを含む従騎士一同は、遅めの朝食にありついていた。
客・店員をはじめ、大通りを行き交う領民たちも交え、周囲は大いにざわついている。
自領の姫君であるアリシアをはじめとし、特徴的な外見で広く認知されているフザンツ伯爵家の令嬢クレアリーゼ―――そして、かつてアークライト侯爵家の「もう一人の御曹司」としてならしたアルフレッド、その他、大勢の貴族の子息女を連れての来店に、驚かぬ者は居ない。その内訳は、隣国の第六王子、ミダエアル侯爵家の姫君、子爵家の次男、等々、絢爛たる貴族の子息女達の見本市である。遠巻きに噂し合う声が、嫌と言うほど聞こえてくる。
「え、ええと……ごご、ご注文……あ、いえ。ご、ご用命は……」
「ハムサンド、コーヒーはオガッサ種のを。砂糖は要らない」
「右に同じくですわ。あ、わたくしは砂糖多めでお願いしますわ」
「う、承りました……!」
視線を集めることに慣れていると思しきクレアリーゼ、クラウディア両令嬢は、事も無げに注文を済ませる。そそくさと足早に去っていく店員を見、何の前振りも無くこんなお歴々の接客をさせて、少し気の毒と思う。
アルフレッドは軽く酒を嗜みながら、秋夜越しで冷えた体を温めていた。公式の場以外での飲酒が可能な年齢(18歳以上)であるカナタ、シャーロットとは隣同士となり、ほろ酔いの者達同士で、会話に花を咲かせていた。
酔いの中ぼんやりと浮かんできたのは、糾弾の場でのことだった。アルフレッドが思わずトロンと呟く。
「……なあ。ジェイドってさ。調子に乗って、軍規とかを乱したりするような奴だったのか……? 俺はどうしてもそうは思えないんだ……。確かに口調とかはお上品ではないかもしれねぇが、強くなりたい、技を覚えたいっていう姿勢は真摯そのものだったんだ。……自己顕示とか、武功に逸っているような素振りは……」
突然のアルフレッドの一言に、周囲は黙りかえった。
が、同じくアルコールを嗜んでいカナタが立ち上がった。
「否!! 確かにジェイド殿はその武勇比類なく、戦場においては鬼とも夜叉とも見紛う荒武者。されど、戦況を鑑みずに突出などと、自ら軍規を乱すような御仁ではありません!! 何か……何か事情があってのことだったのではないでしょうか」
顔をほの赤くしながら立ち上がり、騒ぎの元凶であるジェイドを擁護するカナタ。
「……そうか。なあアリシア。お前はどう見る? あいつとは、兄貴繋がりで仲がいいんだろう?」
「えっ。私? ん―……確かにお兄様繋がりでお話しする機会は多いけど、あんまり一緒に戦ったことは無いからなー……うーん」
砂糖多めのカフェオレを啜ったあと。
「なんて言うか、こう、おりゃーっ!! って気迫と力でねじ伏せる……悪く言えばちょっとヤンチャな戦法の持ち主だから、どうしても暴れん坊な先入観を持たれてるんだよね彼。本人と実際に話してみればとんだ誤解だって、すぐにわかるんだけどね」
すると、横からクレアリーゼが相槌を打ってきた。
「まあ、あの大柄で粗野そうな見た目と、アークライト将軍のものを模しているとはいえ斧と言う蛮族がまず想起される武器。あと嫡男とは言え下級貴族という身分。あらぬことを流布されても致し方ないと言えばそれまでなのですが……。強くなることに真摯、という点はわたくしも認めるところですわ。『武功と強さはイコールじゃない』。そう、いつも言ってましたから」
「ふうん? よく知ってるんだな、ミス・フザンツ。学内で一緒に居るところは、あんまり見たことは無いけど?」
茶化すように横からケヴィンが口出ししてくる。
「ケヴィン、何が言いたいのか敢えて聞きはしませんがね。……ジェイドの方からよく自主修練や模擬戦に誘ってくる。ただそれだけの話ですわ。実力の差は圧倒的なのに、懲りずに何度も何度も……」
ムキな口調で、クレアリーゼはコーヒーカップをやや乱暴に置いた。
その後もジェイドに関する話題は継続されたが、聞こえてくるのはほとんどが「改めて考えてみれば、ジェイドはそんなことをするようなヤツじゃない」「なぜそんなことをしたのか」「しなければならなかったのか」といった類のものだった。
何故ジェイドが突出などという真似をしたのか。
この問いは、各々の従騎士達の話を聞くにつれ「何故ジェイドは突出などと言う真似を『しなければならなかったのか』」という問いに変化していた。
その時だった。
今まで黙って朝食を食べていたエルフィオーネが「少々お手洗いに」と、席から立ち上がり、トイレのある店内へと入っていく。
その際、アルフレッドに対し、小さく手招きで合図をした。
一体何の用かは解りかねたが、アルフレッドも彼女に倣う形で席を立った。エルフィオーネが先導して案内する、人気のない場所にて、アルフレッドを待っていた言葉は―――。
「皆の言うとおりだ、アルフレッド。あなたも薄々勘付いているようだが、従騎士ジェイドは虚偽の報告を捏造し、その上で関係者全員に口裏を合わさせ、報告書として提出している。『そうしなくければならない』理由があったのだ」
途中のアルフレッドに対してセリフが連続で続くシーンは誰がどのセリフを言ったかは敢えて書きませんでした。テンポのこともあるし、口調と内容で誰が話しているかわかるものか、そのテストも兼ねて




