自己肯定感カンスト令嬢は、ガチ恋令嬢の幻想を無自覚に粉砕する
自己肯定感カンスト令嬢第3弾です。
公爵家の末っ子長女であるマーガレットは、それはそれは愛されて育った。
公爵家特有の輝く銀色の髪に神秘的な青い瞳を持ち、家族だけでなく、使用人、親族からも「世界一かわいい」「天使のようだ」と絶賛された。そんな溺愛を浴び続けて育った彼女の自己肯定感は、すでに天を衝くほどに高くなり、マーガレットにとって「自分がとても可愛くて尊い」というのは、空が青いのと同じくらい当たり前の事実であった。
そんな彼女の婚約者である第2王子リカルドは、かつてはプライドが高く素直になれないモラハラ予備軍のような少年だった。しかし、彼の暴言に一切傷つくことなく「王族なのに審美眼がないなんてお可哀想!」と本気で憐れむマーガレットにすっかり毒気を抜かれ、今や彼女のシスコン兄たちにも劣らない「世話焼きな激甘婚約者」へと見事なクラスチェンジを遂げている。
そして現在、王立学園の高等部に通うマーガレットは、今日もまた圧倒的な自信と慈愛をもって、一人の迷える令嬢に向き合っていた。
王立学園の中庭。
心地よい春の風が吹き抜ける白亜のガゼボでは、銀の髪に青い目の極上の美しさを持つ令嬢――マーガレットと、その婚約者リカルドによって、甘い時間が流れていた。
「ほら、マーガレット。次は何が食べたいんだ。」
「まあ、ありがとうございます殿下。目の前のお花の美しさに気を取られて、お菓子の事を忘れておりましたわ。」
「せっかくマーガレットの為に王宮から取り寄せたのだ。もっとたくさん食べると言い。何なら、花を見ながらでも楽しめるよう俺が食べさせてやろう。」
リカルドが優しくマーガレットの口元にお菓子を寄せると、彼女は花が綻ぶような笑みを浮かべる。そして、今のリカルドの頭の中は「いかにしてこの美しく愛しい婚約者を甘やかし、独占するか」で埋め尽くされている。
そんな二人の向かいの席には、マーガレットの友人である伯爵令嬢のクロエが座り、いつものように絶品の紅茶を淹れていた。以前はモラハラ婚約者に虐げられ俯きがちだった彼女だが、マーガレットのモラハラ婚約者への「教育」と、彼女の兄である近衛騎士ルーカスの言葉によって自信を取り戻し、今ではすっかり穏やかな笑顔を見せるようになっている。
まさに、マーガレットに相応しい完璧で平和なティータイム。
しかし、今日に限ってはその空間をぶち壊す闖入者がいた。
「――ですから! 殿下のお力で、ルーカス様の熱愛などという不敬な噂を今すぐ潰していただきたいのです!」
ガゼボの入り口で、両手を固く握りしめ、悲痛な声を上げているのは、マーガレット達の同級生の子爵令嬢セリアだった。といってもクラスは違うため、ほとんど面識はないが。その彼女は顔を真っ赤に紅潮させ、瞳はギラギラと異常な輝きを宿している。
「……ルーカス様の熱愛。」
突然乱入してきた令嬢にポカンと紅茶を入れる手を止めていたクロエは、出てきたルーカスの名前にそうポツリと呟いて、ほんの少し目線を下げた。
一方マーガレットは、リカルドにクッキーを口まで運んでもらいながら、ひどく胸を痛めたように眉を下げる。
(まあ……。なんてお可哀そうなお方なのかしら)
わたくしという完璧な美が目の前にあるというのに、あろうことか『わたくしの兄』の幻影に夢中になるだなんて。よほどお勉強のしすぎで疲れてしまっているに違いない。
セリアが熱烈に語る『ルーカス様』とは、他でもない、マーガレットの二番目の兄であり、リカルドの護衛騎士も務める公爵家次男ルーカスのことである。
マーガレットと同じ銀糸の髪に青い瞳を持つ美丈夫であり、若くして近衛騎士を務める彼は、社交界の令嬢たちから『理想の騎士様』として絶大な人気を集めていた。
「ルーカス様は、あの日……私が公園でどなたかにぶつかって大事なブローチを噴水に落としてしまった時、まるで御伽話の王子様のように現れて助けてくださったのです! 水に濡れることも厭わずブローチを拾い上げ、私に完璧な紳士としての微笑みを向けて手渡してくださった……! あの方こそ、高潔で、清らかで、誰よりも素晴らしい騎士様なのです!」
うっとりと虚空を見つめながら熱弁を振るうセリア。
「ルーカス様は、誰か特定の女性のものになっていい方ではありません! 皆の憧れであり、決して俗世の欲望に塗れてはいけない、清らかで『完璧な騎士像』を体現するお方でなくてはならないのです! それなのに、最近彼が誰か特定の令嬢に心を寄せているだなんて噂が……そんなこと、絶対に許されませんわ!」
要するに「私の理想の騎士様に、ロマンスなど許さない」という、極めて自己中心的で都合の良い幻想の押し付けである。
マーガレットは、心底からの同情を込めてため息をつき、慈悲深い女神のような笑みを浮かべて語りかけた。
「まあ、なんてお可哀そうに。現実が見えていらっしゃらないのね。」
「え……?」
「セリアさん。あなたの心は、ありもしない幻影を作り出してしまうほどに疲弊していらっしゃるの。わたくしのお兄様は、あなたが夢見るような『理想の騎士様』でも『完璧な紳士』などでもありませんわ。わたくしの美しい顔と、このお花達たちを見て、心を癒してはいかがでしょう。そうすれば、きっと正しい現実が見えるようになりますわ。」
両手を頬に当てて本気で憐れむマーガレット。その慈愛に満ちた言葉に、セリアは「ああ……っ、マーガレット様。ご兄妹とはいえ、そのお言葉には賛同できませんわ。あのルーカス様の尊い騎士道の精神が理解できないなんて!」と天を仰いだ。
一方、リカルドはひどく不機嫌だった。
彼にとって、セリアの妄想など道端の石ころほどの価値もない。問題なのは、この令嬢がわめき散らすせいで、マーガレットとの尊いティータイムが妨害されていることだ。
「俺の婚約者との時間を邪魔してまで何を言うかと思えばくだらない。護衛騎士の恋愛沙汰など範疇外だ。誰とくっつこうが知ったことか。さっさと立ち去れ。」
「殿下! なぜそのように、ルーカス様の価値を軽んじるのですか!」
セリアが抗議の声を上げた、まさにその時である。
「おお! 我が天使、マーガレット!!」
ガゼボの入り口から、そんな空気を一切読まない朗らかな声が響いた。
全員の視線が一斉にそちらに向く。そこには、王宮騎士団の豪奢な制服を身に纏ったルーカス本人が立っていた。
「ああ、ルーカス様……!」
セリアの顔がパッと輝き、陶酔するような目になる。彼女の目には、現れたルーカスの姿が『紳士的な皆の憧れの騎士様』として映っているのだろう。
しかし、当のルーカスは熱烈な信奉者の存在など1ミリも視界に入っていなかった。
彼は一直線にマーガレットの元へ歩み寄ると、その場に片膝をつき、うっとりとした表情で妹の手を取った。
「ああ、マーガレット。今日も太陽のように輝いているね! 何か困ったことはないか?今日は非番なのだが、『リカルド殿下の護衛』という態で侵入してきたよ! さあ、この兄とお茶を――」
「おいルーカス。非番の日に職権を濫用してまで妹に会いに来るな、この変態シスコン。堂々と職務違反するな、護衛から外すぞ。」
すかさずリカルドが冷気を放ちながらルーカスの手を払いのけ、マーガレットを自分の背後に庇う。
端から見れば「護衛騎士と王子の対立」という構図だが、実態はただの「過保護な婚約者vs超重度のシスコン兄(※不法侵入)」の小競り合いでしかない。
しかし、セリアは強固な美化フィルターで二人の会話など耳に入っていない。
「ああ……! リカルド殿下の威圧にも屈せず、職務に忠実なそのお姿……! 休みの日にまで殿下の護衛として学園に赴くなんて、やはりルーカス様は、誰よりも忠義に厚い皆の理想の騎士様ですわ!」
このままでは、いつまで経ってもマーガレットとの平穏な時間が戻ってこない。
リカルドは深いタメ息をつきながら、ふと、隣で紅茶を淹れているクロエに目をやった。クロエはルーカスが現れた瞬間から、顔をほんのりと赤く染め、所在なさげに目を伏せている。夜会での一件以来、彼女がルーカスに淡い恋心を抱いていることは、リカルドにはバレバレであった。
(……ちょうどいい。)
リカルドの頭の中で、完璧な計算式が組み上がった。
ここでルーカスに「まともな大人の男」としての発言をさせ、クロエの好感度をさらに上げさせる。そうすれば、この鬱陶しいシスコン兄の意識を少しでもクロエに向けさせることができ、結果的にマーガレットとの甘い時間を阻害する壁を一つ減らせる。
ついでに、そこの痛々しい狂信的令嬢の『誰のものでもない清らかな騎士』という幻想も打ち砕いて追い払えば一石二鳥だ。
リカルドはニヤリと唇の端を吊り上げ、わざとらしく話題を振った。
「おい、ルーカス」
「ん? なんでしょう殿下。私は今、マーガレットの美しさを堪能するのに忙しいのですが」
相変わらずのシスコン発言をスルーし、リカルドは目を輝かせているセリアと、もじもじとしているクロエを横目に見ながら口を開いた。
「こいつがさっきから、お前は皆のものなのに、熱愛の噂が出ているだのと熱弁して、マーガレットの貴重な時間を奪ってる。……お前、実際のところそんな女性がいるのか?気になっている女性でもいい。」
その直球すぎる質問に、セリアの瞳がこれ以上ないほどに期待に輝く。(きっと『私は国と皆に身を捧げた騎士だから、特定の女性を気にかけることなどない』と、そんな俗的な噂など完璧に否定されるに違いないわ……!)
そして同時に、クロエもビクッと肩を震わせ、両手をぎゅっと握りしめて俯いた。
(ルーカス様は……今、どなたか心に決めた方がいらっしゃるのかしら……)
それぞれの緊張感が極まる中、当のルーカスは微塵の迷いもなく、即座に、そして胸を張って答えた。
「気になっている女性? そんなの決まっているじゃないですか! 世界で一番愛らしく、太陽よりも輝く我が天使、マーガレットです!」
「…………。」
「ああ、マーガレット! 今日のお前の制服姿も完璧だな! 私は今、お前という存在そのものが気になって気になって夜も眠れな――」
「マーガレットは除外だ、このシスコン。俺の婚約者の名前を出すな。」
食い気味に返答し、またマーガレットの手を取ろうとしたルーカスを、リカルドは冷徹な声と物理的な足蹴りで制止した。
「痛っ!? なぜ蹴るのですか殿下!」
「お前の頭が湧いているからだ。……そうじゃなくて。純粋に『好みの女性のタイプ』でもいい。マーガレット以外で、どういう女に惹かれるんだ?」
改めて問い直されたルーカスは、「好みのタイプ?」と少し首を傾げた。
彼は真面目な顔で顎に手を当てて考え込む。その横顔は確かに整っており、黙って思い悩むような仕草をしていると、いかにも『完璧な騎士』らしい色気がある。
セリアも、クロエも、そしてリカルドも、それぞれ異なる期待を胸に、彼の唇から紡がれる言葉を待った。
数秒の沈黙。
やがて、24歳の近衛騎士はぽんと手を叩き、極めて爽やかな、そして微塵の悪気もない、ごく自然なトーンで答えた。
「うーん。まあ、マーガレットがこの世のすべての美を凌駕する最高で完璧な天使であるという大前提は揺るがないのですが……純粋な好みと言われると、そうですね。」
そして、彼は誰の目も気にせず、満面の笑みで言い放った。
「やっぱり、胸の大きい女性ですね!」
「…………は?」
中庭を吹き抜ける春の風が、ピタリと止まった気がした。
セリアの口から、間の抜けたカエルのような声が漏れる。
クロエの手から、ティーカップのソーサーがカチャリと音を立てて滑り落ちそうになった。
リカルドは、自らの完璧な計算式が根底から爆破されたことに気づき、額を押さえて天を仰いだ。
マーガレットだけは、ルーカスの発言など気にも留めず、このお菓子は紅茶と合いますわねと思いながら優雅に紅茶を飲んでいる。
ルーカスはそんな周囲の反応など全く気にする様子もなく、爽やかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「いや、ほら。マーガレットの神聖な美しさや可愛らしさは別格として、いち男として見ると、スタイルがいいと無意識に目が行くというか、単純に惹かれますよね。それに、こう……物理的な安心感があるというか。あっ、もちろん結婚するには内面も大事ですよ。もちろん。」
輝くような笑顔でそう話すその姿には、照れも計算も一切ない。ただ、24歳の健康的な成人男性として、あまりにも俗っぽすぎる本音を、小学生のようにピュアに漏らしただけだった。
「あ……え……?」
セリアの瞳から、キラキラとした完璧な騎士像のフィルターが、音を立てて崩れ落ちていく。
誰のものでもない、清らかで高潔な、皆の騎士様。それが彼女の押し付けていた身勝手な理想だった。
しかし目の前で「物理的な安心感がさ〜」とあっけらかんと言い放つこの青年は、どう贔屓目に見ても『ちょっとスケベ心のある、その辺にいくらでもいる普通の男』でしかない。
まあ、見た目は変わらず極上ではあるのだが。
(私……こんな俗っぽい殿方を清らかな騎士像だと勘違いして……?)
カーッと、セリアは顔が熱くなるのを感じた。
あの日の馬車の前で見せた紳士的な微笑みも、きっとただ単に『困っている人がいたから助けただけの、親切な兄ちゃん』だったのだと、恐ろしい解像度で彼女の脳内に叩き込まれた。
一方、カップを落としそうになったクロエは、目を瞬かせた後に己の(どちらかといえば慎ましい)胸元にすっと視線を落とした。
(ル、ルーカス様は……私の内面を評価してくださったけれど、女性としての好みは……む、胸が……)
すこしショックを受けもしたが、すぐにクロエはふふっ、と口元を緩めた。
(でも……ルーカス様らしいですね。)
彼女は夜会の時点で、彼がマーガレットのためなら見境がなくなる「残念な紳士」であることをすでに重々承知していたのである。
モラハラ元婚約者の、体裁ばかりを気にした嘘や見栄に疲弊しきっていたクロエにとって。良くも悪くも、純度100%の本音を隠すことなく明るく語るルーカスの姿は、むしろ「裏表がない誠実な人」として、彼女の心にすとんと落ちてしまったのだ。
「ん? どうしたのですか、ご令嬢。顔が赤いですが。熱でもあるのでは?医務室に送りましょうか?」
不思議そうに顔を覗き込んでくるルーカス。その顔は確かに整っているが、今のセリアの目には、ただの『胸の大きい女性が好きな残念な24歳』にしか見えなかった。
セリアは静かに、悟りを開いた僧侶のようにスッと表情を無にした。
「……いえ。大丈夫ですわ。」
「え?」
「……こんな、その辺にいそうな普通の方、だったのね……」
彼女は誰に言うでもなくポツリと呟いた。もはや彼を「理想の騎士様」として崇拝する熱情は、欠片も残っていなかった。
「マーガレット様、リカルド殿下。お騒がせいたしました。マーガレット様の仰る通り、私、現実が見えていなかったようですわ。……ごきげんよう。」
一切の未練も感じさせない虚無の瞳。彼女は優雅なカーテシーをすると、足早に、しかしどこかスッキリとした足取りでその場を去っていった。狂信的な令嬢が一人、見事に浄化された瞬間だった。
「ん? あれ、行ってしまった。……何か変なこと言ったかな? ねえ、クロエ嬢?」
「…………いいえ。ルーカス様は、とても素直な方なのだと、私、深く理解いたしました。」
クロエは、すべて包み込むような、聖母のような生暖かい微笑みを浮かべて静かに紅茶を啜った。
「こいつ……一度デリカシーというものを覚えた方が……って、ん?」
リカルドは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえたが、ふとクロエの様子を見て違和感を覚える。
こんなお馬鹿っぽい発言を聞かされたというのに、クロエの眼差しは呆れながらもどこか温かく、熱を帯びているではないか。むしろ「残念なところも受け入れてみせる」という恐ろしいほどの慈愛を見せている。
(まあ、結果オーライ…か?)
好感度が下がるどころか、クロエの謎の包容力と覚悟が決まったような態度に、リカルドは腑に落ちないながらも納得しようとひとり頷いた。
そんなそれぞれの様子を眺め、マーガレットはゆったりとほほ笑んだ。
「ふふっ。あの方の幻影が解けて本当に良かったですわ。わたくしのお兄さまはもちろん素敵ですけれど、事実とは違う姿に惑わされるなんて、あまりにもお可哀そうでしたもの。……ねえ、殿下?」
「……あ、ああ。そうだな。お前は優しいな。お前がいれば、俺は他の何もいらない。」
リカルドはやけくそ気味にマーガレットをきつく抱き寄せ、彼女の肩に顔を埋めた。
「まあ、殿下ったら。人前でそんなに甘えてこられるなんて。本当にお可愛らしいですわ!」
今日もマーガレットの自己肯定感は天高くカンストしており、彼女の歩く道には、圧倒的なハッピーエンドしか存在しない。
ただ、クロエと兄の恋模様だけは完璧な彼女にも見通すことはできないのだった。
次はクロエと兄の関係を進展させるか、マーガレット達の幼少期いフォーカスするか。どちらか悩んでおります。早くできた方からアップします。




