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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

勧善懲悪マン

作者: ナガタコウ
掲載日:2026/07/03

夕方のスーパーで、悲鳴が上がった。


「出たぞ!万引き怪人だーッ!!」


パン売り場から黒い影が飛び出した。


全身タイツ。

胸には大きく「窃」の文字。

背中には大量の菓子パン。

口には魚肉ソーセージ。


万引き怪人シーフドッグだった。


「フハハハハ!! おれは軽犯罪秘密結社ハンザイナーの怪人!! 本日の戦利品は菓子パン六個、プリン三個、魚肉ソーセージ四パックだァーッ!!」


店長のおじさんが叫んだ。


「それ新商品ーッ!!」


シーフドッグはスタコラ走った。


その時だった。


ウィーン、と自動ドアが開いた。


逆光の中に、白い人影が立っていた。


白いスーツ。

白いネクタイ。

白い革靴。

胸には、大きく「善」の文字。


勧善懲悪マンだった。


店内が静まり返った。


シーフドッグも止まった。


「……げ」


勧善懲悪マンは静かに言った。


「貴様は万引きをした」


「ち、違う!これは借りてるだけというか!」


「窃盗だ」


「生活も苦しくて!」


「犯罪だ」


勧善懲悪マンは、一歩前へ出た。


「悪」


次の瞬間だった。


白い革靴が、シーフドッグの腹へめり込んだ。


「がぼッ!!」


胃液が飛び散った。


勧善懲悪マンは、飛んだ魚肉ソーセージを拾った。

包装を剥いた。


「万引きとは、店から利益を奪う行為」


シーフドッグが這って逃げようとした瞬間、その後頭部を踏みつけた。


「や、やめ――」


ソーセージを喉奥へ押し込んだ。


一本。

二本。

三本。


喉が異様に膨らんだ。


ひゅう、ひゅう、と壊れた笛みたいな呼吸音が鳴った。


勧善懲悪マンは、今度は菓子パンを袋ごと握り潰した。


潰れたパンを、血まみれの口へねじ込んだ。


「店が潰れれば、人が路頭に迷う」


シーフドッグは白目を剥き、自分の喉を掻きむしった。


勧善懲悪マンは、その指を掴んだ。


「商品を盗む手だ」


ベキ。

ベキ。


指が逆方向へ折れた。


次の瞬間。


ぶち、と嫌な音がした。


喉の皮膚が裂けた。

内側から、押し込まれたソーセージの先端がぬるりと飛び出した。


女子高生の店員が吐いた。


勧善懲悪マンは静かに言った。


「万引きは、人を殺す」


そして最後に。


シーフドッグの頭を掴み。


レジ台の角へ叩きつけた。


ぐしゃ。


もう一度。


ぐしゃ。


赤黒いものがレジ横へ飛び散った。


魚肉ソーセージだけが、ころころ転がっていた。


誰も動けなかった。


店長だけが、震える声で言った。


「……で、でも……助かったんだよな」


誰も返事をしなかった。




勧善懲悪マンは、いつからか現れたヒーローだった。


勧善懲悪マンは、悪を裁いた。


強盗。

詐欺。

暴力。

横領。

そして万引き。


全部同じだった。


泣こうが。

謝ろうが。

事情を話そうが。


「悪は悪だからだ」


それだけだった。


最初、人々は熱狂した。


悪人を必ず倒すヒーロー。

警察より早く現れ、逃亡も許さず、再犯率はゼロ。


テレビは毎日特集した。


子供は真似をした。


「勧善懲悪キーック!!」


とか言いながら、公園で友達を蹴った。


だが。


時間が経つにつれ、人々は少しずつ気づき始めた。


勧善懲悪マンは、「悪人」を決して許さない。


更生も。

反省も。

事情も。


全部飛び越えて、壊す。





その日、駅前に浮気怪人ラブリンが現れた。


ピンク色のタイツを着た女怪人だった。


頭にはハート型の触角。

胸元は無駄に開いていた。


「フフフフ!! 既婚者専用マッチングアプリ、“マジ恋DX”によって、この街の家庭はボロボロよォ〜ッ!!」


巨大スマホを掲げ、高笑いしていた。


野次馬の中には、


「あ、これうちの旦那のアイコン……」


と呟く主婦もいた。


ラブリンは笑った。


「愛にルールなんてないのよォ!!」

「家庭?貞操?そんなもの、ドキドキの前では紙切れ同然だわァ!!」


その時だった。


ざわり、と人垣が割れた。


白いスーツ。

白いネクタイ。


勧善懲悪マンだった。


ラブリンの顔が引きつった。


「ちょ、ちょっと待って!?浮気なんて人類の歴史と共にあるものでしょ!?」


勧善懲悪マンは歩み寄った。


「貴様は家庭を破壊した」


「でも合意の上だし!?」


「悪だ」


ラブリンは後退った。


「いやいやいや!!もっと悪いやついるでしょ!?殺人鬼とか!!」


「順番だ」


その瞬間だった。


勧善懲悪マンは、ラブリンの顎を掴んだ。


メリメリ、と湿った音がした。


顎が外れた。


口が、柘榴みたいに耳元まで裂けた。


「甘い言葉で家庭を壊した」


勧善懲悪マンは、巨大スマホを握り潰した。


液晶が蜘蛛の巣みたいに砕けた。


「言葉は、人を傷つける」


割れたスマホを、ラブリンの顔面へ押し当てた。


ガラス片が頬へ埋まり、血が滲んだ。


ラブリンは潰れた蛙みたいな声を漏らした。


勧善懲悪マンは、そのままスマホを裂けた口へ叩き込んだ。


頬骨が割れた。


奥歯が喉へ落ちた。


ぶぶっ、と通知音が鳴った。


《今から会える?♡》


血まみれの顔の奥で、スマホが震えていた。


勧善懲悪マンは、ラブリンの顔をガードレールへ擦りつけた。


ギギギギギ、と嫌な音が響いた。


頬の肉が薄く削げ、アスファルトへ貼りついた。


「嘘を囁いた舌だ」


勧善懲悪マンは、口から舌を引きずり出した。


そして。


引き千切った。


ラブリンの絶叫は、途中から泡になった。


最後に。


白い革靴が、ラブリンの頭へ乗った。


小学生くらいの子供が泣き始めた。


母親が慌てて目を塞いだ。


がん。


がん。


ぐしゃり。


割れたスマホの破片と、歯と、骨が、どろりとアスファルトへ広がった。


ハート型の触角だけが、ぴくぴく動いていた。


勧善懲悪マンはくるりと振り返った。


白いスーツには、一滴の汚れもなかった。


「安心しろ!」


勧善懲悪マンは、人々へ向かって言った。


「悪は、私が裁く!!」


誰も拍手しなかった。


けれど誰も、「やめろ」とも言えなかった。


だって確かに。


悪は、裁かれていたからだった。




その夜のことだった。


住宅街で、突然悲鳴が上がった。


「ひったくりーッ!!」


サラリーマン風の男が、鞄を抱えて走っていた。


後ろから女が泣きながら追いかけていた。


ざわり、と空気が揺れた。


白いスーツ。


勧善懲悪マンだった。


男は止まった。


「ち、違います!!これ僕の――」


「逃走」


勧善懲悪マンは言った。


「窃盗犯だな」


「違う!!これ会社の鞄で!!」


勧善懲悪マンは、男の顔を掴んだ。


「待っ――」


民家の塀へ叩きつけた。


頬骨が砕けた。


鼻梁が陥没し、血泡がぶくぶく膨らんだ。


周囲が凍りついた。


女が叫んだ。


「あっ!!違います!!あの人です!!犯人、この人じゃなくて!!」


別の男が、人混みの奥を走っていた。


女の鞄を抱えたまま。


本物のひったくり犯だった。


空気が止まった。


勧善懲悪マンも止まった。


倒れた男は、血まみれの顔で震えていた。


数秒の沈黙のあと。


勧善懲悪マンは静かに言った。


「……紛らわしい行動は慎め」


そして去っていった。


救急車のサイレンが近づいてきた。


誰も喋らなかった。


野次馬たちは、ただ互いの顔を見た。


コンビニで、会計前の商品を持ったまま歩いたら。


夫婦喧嘩をしていたら。


会社の金を数えていたら。


誰かに「悪」に見えたら。


あるいは。


勧善懲悪マンが、そう判断したら。


白いスーツは、呼ばれなくても来る。


どこからともなく現れる。


そして、一度「悪」と決めたら終わりだった。




それ以来。


人々は、静かに暮らすようになった。


夜道で口論する声は減った。


レジ前で慌てて財布を探す人間も減った。


店員へ怒鳴る酔っ払いも減った。


誰も、クラクションを鳴らさなくなった。


皆、心のどこかで考えていた。


今、この瞬間も。


どこかで。


白いスーツが見ているのではないか、と。



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