無冠のまま、頂点へ
熱が抜けたあと、音だけが残った。
音は、痛みになる。
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`WARNING : BACKLASH (MAX)`
`VISION NOISE : ON`
`PAIN SUPPRESSION : OFF`
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視界は砂嵐。
肺の端が痛い。
肩の血が冷える。
それでも立っている。
倒れたら、ここは奈落だ。勝っても食われる。
ルークの赤いRECが点滅していた。
小さい点滅が、世界中の目を繋いでいる。
遠くでライトが揺れた。
公式ライトじゃない。協会のライトだ。
白い。白いのに、温度がない。
足音が近づく。規則正しい足音。
現場の人間の足音。
「医療班、こっち!」
「了解。酸素!」
誰かが俺の前で止まった。
声に余計がない。だから信用できる。
「久我ナギト」
長谷部ケイだ。監査部。規約の人。
長谷部は俺の顔を見て、すぐ視線を外した。
覚えるためじゃない。状況を測るための視線。
「逮捕ではありません。保護です」
保護。
言い換えじゃない方の保護。
「あなたは“被害者”として扱います。証拠が揃いました」
医療班が透明パッチを貼る。
冷たい。冷たいのに、息が少し通る。
「脈。低い。失血。呼吸浅い」
「点滴」
針が刺さる。
刺さった痛みより、刺さった“安心”が先に来る。
俺はルークを見る。
切るか。切らないか。
切れば楽になる。
でも切ると、ここで何が起きているかが“外”から消える。
消えた瞬間、逃げ道が生まれる。
だから切らない。
必要なことだけ言う。
「……記録は、残せ」
返事が短い。
「残ってる。第三者保全、走ってる」
ユズリの仕事だ。
残す。
長谷部ケイが淡々と言う。
「御門タクトは拘束済みです。外枠も。オリンポスは立入監査に入った」
数字じゃない。処理だ。
処理が進むと、世界が現実になる。
一つだけ、長谷部が付け足した。
「御門タクトの最後の配信。同接は十二でした」
十二。
数字が正義の世界で、数字を失った。
俺は何も言わない。
言うと、復讐になる。
これは手順の完了だ。
返済が膝に来る。
息を吐いた瞬間、音がしなかった。
座っただけのつもりだったのに、身体が先に折れた。
視界が暗くなる前に、最後にルークを見る。
赤いREC。まだ点いている。
レンズに向かって、短く言う。
「……手順は、終わった」
それだけ言って、息を落とした。
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暗闇は、黒じゃなかった。
白だった。
白い天井。白いライト。白いシーツ。
病院の白。
でも、今度の白は冷たくない。
温度がある。人の温度がある。
「起きた?」
声。
白砂ユズリの声。淡い。余計がない。
喉を鳴らす。
声が出るだけで、世界が戻る。
「……生きてる」
ユズリは頷く。頷き方も仕事だ。
「生きた。あなたが一番難しい手順をやった」
ユズリはタブレットを見せた。
数字じゃない。通知だ。
`協会:資格停止 解除(暫定)`
`横領容疑:取り下げ(審査中)`
`御門タクト:資格剥奪手続き / 刑事送致`
`オリンポス:配信停止 / 監査継続`
ユズリがタブレットの音声を一瞬だけ再生した。
長くは流さない。十分だから。
> 「あの日の指示は、久我さんじゃない。御門さんです」
> 「現場は、ずっとそれで崩れました」
久住ミトの声。
短い。逃げ道がない。
俺は目を閉じて、息を吐く。
借りが一つ増えた。
ユズリが続ける。
「それと、“無冠”の話」
タブレットに表示が出る。
説明じゃない。数字だ。
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`全プラットフォーム同接ランキング:#1`
`配信者:鉄仮面(KUGA NAGITO)`
`ギルド:なし`
`称号:なし`
`状態:審査中`
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無冠。
頂点。
肩書が追いつかない頂点。
ユズリが淡々と言う。
「戻る席は用意できる。スポンサーも、協会も“推す”」
俺は首を横に振った。
「席はいらない」
ユズリは驚かない。質問だけする。
「理由は?」
俺は短く言う。
「信頼は、奪われにくい」
ユズリが小さく頷く。
「同意」
その一言で、話は終わる。
終わるから信頼できる。
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退院の日、空は高かった。
高いのに、息が浅い。
外に出ると、世界はもう“元”には戻っていなかった。
掲示板も、ニュースも、ショートも、まとめも、全部が残っている。
切り抜き奉行のまとめが固定されていた。
```
<!-- 掲示板:伝説の固定化 -->
【テンプレ】鉄仮面事件まとめ Part.1
1: 名無しの探索者
証拠で勝った
2: 名無しの探索者
配信で逃げ道消した
3: ◆TRACE
現代の処刑=観衆が裁く
4: 冷水
……もう言うことない
5: 実況主任
実況完了。……いや、完了って言い方は違う。見届けた。
6: 救護班
本人のバイタルは公開しない。それがルール。
7: 現場猫
猫は見てた。ずっと見てた。
8: 切り抜き奉行
保存済み。回すのは後。残すのが先。
```
誰も叫ばない。
叫ばない沈黙が、判決になる。
俺はルークを受け取った。
修理されている。古いまま。傷のまま。
でも、まだ点く。
ユズリが言った。
「私が手配した。古い型番の部品、探すのに少し時間がかかった」
残す人間は、記録装置も残す。
`…BEEP…`
ルークのREC点が、小さく灯った。
ユズリが隣で言う。
「次は、どうする?」
次。
次がある。
それが勝ちだ。
俺は歩きながら、手順だけ考える。
配信を始める。
証拠を残す。
現場で勝つ。
勝たせる。
逃げ道を消す。
やることは変わらない。
“映る”だけが増えた。
立ち止まって、レンズを見る。
レンズの向こうに、また観衆がいる。
初めて、言う言葉がある。
短く。余計なく。
「……ありがとな」
感謝は熱狂じゃない。
でも、熱狂より重い。
続けて言う。
「俺は、無冠でいい」
指を動かす。
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`LIVE`
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完




