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境界測図師のライセンス~差別されてきたウミビトですが、世界最難関ライセンスを獲得したので、種族も国境も関係なく旅をします。  作者: 謝命雲丹丸


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9話 自殺志願者と書いてサーベイヤーと読む

「こら、ノア。だめだろ」


 俺は肩に止まった相棒を、軽く指先で小突いた。


「……申し訳ない。俺の相棒は少々気が短くてな」


 俺はにこやかにパティックに謝罪する。

 ノアは「ふん」と鼻を鳴らし、羽根繕いを始めた。悪びれる様子は微塵もない。


「い、いえいえ……こちらこそ、大変失礼を……」


 パティックが我に返り、呆然としているエルゼを背中側へ押しやる。


 額に玉のような汗が浮かんでいた。


「失礼いたしました。……今は支部長が少々席を外しておりまして」


 額の汗を拭いながら、パティックは咳払い一つ。


「私が代理を務めさせていただいております。──それでですね、カイ様。改めて伺いますが、本日はどのようなご用件で当ギルドへ?」


「いや、だから最初に言った通りだ。ギルドに登録しに来ただけだよ」


「……登録、ですか?」


 パティックが瞬きをする。


「サ、サーベイヤーでいらっしゃるのに……冒険者登録をされたことが、ない?」


「ああ。地上に来たのも、今回が初めてだ」


 正確に言えば、船団時代に小さな島へ寄港したことは幾度もある。

 だが、大陸に足を踏み入れるのは、これが初だ。


「な、なるほど……」


 パティックは一瞬言葉を探し、慎重に続ける。


「通常、境界測図師サーベイヤー試験を受けられるのは、冒険者として長年実績を積まれた手練れか、あるいは貴族の莫大な支援を受けた高名な学者の方々ですので……」


 ちらりと、俺を見る。

 その目は、得体の知れない怪物を見るような色を含んでいた。


海上民かいじょうみんのお方で、しかもカイ様ほどお若い方がサーベイヤーとなられる例は……」


 パティックは苦笑いを浮かべた。


「前例が、ほぼ無いでしょうな」


 前例がない、か。

 まあ、そうだろうな。普通は今日を生きるだけで精一杯のウミビトが、命がけで測量の勉強なんてしない。


「現在、このリュシオン支部を拠点としているサーベイヤーは、他に二名のみでございます」


 それだけで、この資格の希少性は十分伝わってくる。

 俺は肩をすくめた。


「だから、今さらで悪いんだが。登録して、情報を見られるようにしたい。それだけだ」


 パティックは一拍置き、深く頷いた。


「……承知いたしました」


 そして、張り付いたような営業スマイルを浮かべる。


「であれば──当ギルドとしても、最大限の便宜を図らせていただきます」


 思いの外、単純な要求でほっとした顔のパティック。

 背後で、エルゼが苦々しげに舌打ちしたのが聞こえた。


 ……まあ、副支部長の判断としては理解できる。

 上司である支部長が不在のタイミングで、大貴族アストリア家の後ろ盾を得たウミビトが、突然ギルドに乗り込んできたのだ。


 何かしら因縁をつけてくるのではないか。

 あるいは、無理難題を吹っかけてくるのではないか。


 そう警戒しても無理はない。

 だからこそ、実力者を同席させた。

 護衛であり、同時に牽制役──エルゼは、そのために呼ばれたのだろう。


 結果としては、完全に裏目に出たわけだが。


 相手が強気に出るなら、それ以上の暴力を見せて黙らせる。そして、相手が恐怖したところで、ささやかな要求を通す。


 スラムや無法地帯では常套手段の交渉術。

 恐怖担当と安心担当、定番の組み合わせだ。


 ただ一つ、相手にとっての誤算があったとすれば──


 俺たちにとって、それがいつものやり方だったという点だろう。


 とはいえ、地上に来て早々、随分と派手な自己紹介になってしまったらしい。


 しばらくして、部屋から出たエルゼと入れ替わりで、先ほどの元気な受付嬢が小型の魔導具を抱えて戻ってきた。


「お待たせしました! それではカイ様を登録させていただきますね!」


 彼女は慣れた手つきで機械を操作し、いくつかの質問をしてくる。

 淡々と手続きが進む間、パティックは終始ニコニコとしたまま、その様子を見守っていた。


「はい、これで登録完了です!」


「ああ、ありがとう」


「いやー、サーベイヤー様を担当したなんて、先輩に自慢しちゃおーっと。……あ、それと私、リナって言います。今後ともご贔屓に!」


 リナはそう言って茶目っ気たっぷりにVサインを作り、そのまま軽い足取りで部屋を出て行った。

 嵐が去ったような静けさの中、パティックが乾いた笑いを浮かべる。


「ははは……。教育が行き届いておらず、申し訳ありません。彼女、悪気はないのですが」


「気にしてない。堅苦しい方が苦手だ」


「そう言っていただけると助かります。──さて」


 パティックは表情を引き締め、ビジネスの顔に戻った。


「改めまして。今後、カイ様はどのような方針で活動なさいますか?」


「うーん……正直、あまり決めてないんだ。そもそも、普通サーベイヤーってのは何をするものなんだ?」


 俺の素朴な疑問に、横から茶々が入る。


「目的地は最果ての地(ルメリア)だろ?」


 ニヤニヤとした表情で、ノアが翼で俺の頭を小突いてくる。


「うるさい。今は一般的な話をしてるんだ」


 俺が払いのけると、パティックが「ふむ」と顎に手を当てた。


「ええと……では、サーベイヤーと一般的な冒険者の違いについて、簡単にご説明いたしましょう」


 パティックは一度咳払いをしてから、指を一本立てた。


「まず、普通の冒険者は、既存の世界を旅し、各地で生きる人々から依頼クエストを受けて活動します。魔物討伐、護衛、素材採取……すべては『地図にある場所』での出来事です」


「なるほど」


「対して、境界測図師サーベイヤーの職務は──人類がいまだ到達していない領域へ、道筋を引くこと」


 パティックの声が、少しだけ低くなる。


「つまり、人類の生存圏を拡張すること。それが使命です」


「……生存圏の、拡張」


「ええ。通常の冒険者は目的地があり、目的を持って旅をします。しかしサーベイヤーの場合、目的地そのものが存在するかどうかすら分かりません。空白地に、あるかどうかも不明な“何か”を探しに行く仕事です」


 彼は眼鏡の奥の瞳を細めた。


「ゆえに、未知の病気、未知の魔獣、未知の災害……あらゆる『想定外』が貴方を襲います。そのため死亡率も極めて高く、志願者も多くはありません」


 そして、パティックは自嘲気味に呟いた。


「巷では、『自殺志願者と書いてサーベイヤーと読む』──などという冗談が出るほどでして」


「…………」


 パティックは軽く笑って見せたが──俺は、どうしても笑えなかった。

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