7話 昨日の門番、今日の護衛
朝、控えめなノックの音で目が覚めた。
「……はい」
声をかけると、扉が静かに開き、メイドが顔を覗かせる。
昨日、風呂場にいたウミビトの少女だ。確か名前はリマ。
「おはようございます、カイ様」
「おはよう」
室内を見回すが、ノアの姿はない。
どうやらいつもの日課──散歩ならぬ散飛に出ているらしい。放っておいても、そのうち戻ってくるだろう。
メイドは腕に抱えていた衣類を差し出してきた。
「本日のお召し物をお持ちしました」
……昨日と同じ、見るからに高そうな服だ。
「悪いんだが、今日はギルドに行く予定でな」
「ギルド、でございますか?」
「ああ。だから、できれば庶民の服はないか? ああいう場所で、こんな上等な格好をしてたら逆に浮く」
舐められる、とは言わなかったが、察してくれたらしい。
メイドは少し考えるように視線を落とし、すぐに頷いた。
「かしこまりました。それでしたら、後ほどご用意いたしますので、今はひとまずこちらを」
そう言いながら、なぜか俺に近づいてくる。
「こちらでお着替えを──」
「いや、それはいい」
反射的に一歩下がる。
「自分でできる」
「あ……し、失礼しました」
少し慌てた様子で頭を下げるメイドに、「そんなに気を遣わないでくれ」とだけ言っておく。
結局、庶民用の服は後で持ってくることになり、俺は一人で着替えを済ませた。
身なりを整えて食堂へ向かうと、すでにリシェルが席についていた。
新聞を広げ、紅茶を片手に目を走らせている。
「あら、おはよう」
「おはよう」
何気ない挨拶。
だが、こうして自然に言葉を交わせることが、なんだか嬉しい。
リシェルと出会って、一番ありがたかったこと。それは、文字が読めるようになったことだった。
ウミビトの船団では、文字は必須じゃない。
海と星と風があれば、生きていける。
だが、陸の世界ではそうはいかない。
新聞に並ぶ文字を、俺が読めるようになったのは──
間違いなく、あの頃のリシェルのおかげだ。
俺は席につき、新聞をちらりと覗き込む。
「……今日は何か面白い記事でもあったか?」
「そんなの無いわよ」
リシェルは肩をすくめる。
「王都の新聞なら国際情勢も載っているでしょうけど、地方紙なんて変わり映えのしない記事ばかり。祭りの準備がどうだの、教会の改修が終わっただの……平和なものね」
「平和で結構じゃないか。……それにしても、朝昼晩と三食しっかり食うなんて、まるで貴族だな」
「私は貴族よ」
「……そうだったな」
食い気味に即答されて、俺は言葉に詰まった。
リシェルの気さくさに彼女が雲の上の存在であることを忘れそうになる。
「ねえ、やっぱり私もギルドに行きたいわ」
「だから言っただろ。貴族が三等区域に顔を出したら、大騒ぎになるって」
「つまらないわね」
不満そうに頬を膨らませるリシェルを横目に、俺はパンを口に放り込んだ。
◇
食後、メイドに案内されて屋敷の外れに向かう。本館とは別棟の建物で、見た目は兵舎のような質実剛健な造りだ。
中に入ると、昨日、門前に立っていた門番の姿があった。
俺に気づくなり、慌てて背筋を伸ばす。
「き、昨日は申し訳ありませんでした!」
その隣で、年配の兵士が一歩前に出る。
「失礼いたしました、カイ様。我々はあなたの話を聞き及んでおりましたが……」
そう言って、門番の方をちらりと見る。
「こやつは三ヶ月前に雇われたばかりでしてな」
なるほど。
半年前、俺は“死んだ”ことになっていた。
話題に出すこと自体が禁句──タブーになっていたんだろう。
「いや、気にしてない」
俺は首を振った。
「むしろ、ちゃんと不審者を追い返していて心強いよ」
俺の言葉に、若い門番の肩から目に見えて力が抜けた。
「あ、ありがとうございます……!」
「コホン。……それで、冒険者組合へ向かうための服をお探しと伺いまして」
老兵士が小さく咳払いをして、話を切り出す。
そう言って差し出されたのは、きれいに畳まれた平民の一張羅だった。
飾り気はないが、生地は丈夫で、よく手入れされている。
「私の私物ですが……サイズは合うかと」
「助かる」
俺は素直に受け取った。
その場で袖を通してみる。
うん、悪くない。これなら街に溶け込める。
「それと、カイ様」
着替え終えた俺に、老兵士が真剣な顔で言った。
「貴方様は、私たちにとっても大切なお方。どうか街に出る際には、こやつを護衛としてお連れください」
背中を叩かれ、若い門番が一歩前に出る。
陽光のような鮮やかな金髪と、意思の強さを宿した黒い瞳だ。
背格好は俺と変わらないくらいの小柄な少年だが、その立ち姿には、ただの門番とは思えない芯の強さが滲んでいた。
「ロイドと言います! 昨日の非礼を償うためにも、全力で護衛させていただきます!」
やる気満々の眼差しだ。
一人で行きたいのが本音だが、ここで断って顔を潰すのも可哀想だ。
「……分かった。よろしく頼むよ、ロイド」
「ハッ! お任せください!」
こうして俺は、専属の護衛を一人連れて、街の喧騒へと足を踏み出すことになった。
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