37話 西の武器と、南の香辛料
「それにしても、ここでは西の人間は南の人間より立場が上なのか?」
『西の人たちが南の人たちを虐めてる。いつものことだよ』
原住民たちが「いつものこと」と言ったのが、妙に胸に引っかかった。
俺の問いに、メルディが困ったように眉を下げて頷く。
「そう、ですね。このゼファーでは……残念ながら、それが……現実です」
「それも、仕方のないことなのよね」
エルゼがトビウオの骨を皿の端へ寄せながら、冷淡な事実を口にする。
「西は統一された巨大な国家。対して南は、小さな国々が争い合う群雄割拠の状態だもの。後ろ盾となる国家の規模が違いすぎるのよ」
「えっと、例えば今回揉めた原因の秤にしても、南の大陸では統一された規格がありません。貨幣も、法律も、国の数だけ乱立して……います。だからどうしても、基準のしっかりしている……西の言い分が『正論』として通ってしまうんです」
メルディの説明に、俺は納得した。
統一規格を持つ側が「お前たちが間違っている」と突きつければ、対抗する術がない。
外から見れば虐めに見えるかもしれないが、西の人間からすれば「正しくないものを正している」という正義感すらあるのだろう。
無知や無秩序は、それだけで搾取の対象になる。
「なるほどな。圧倒的な国力差があれば、南の奴らが泣き寝入りするしかないのもわかる。……結局、ルールを決めるのは常に強国ってわけだ」
俺の言葉に、メルディが沈痛な面持ちで頷いた。どの世界でも理は変わらない。
俺は最後に残った香草焼きを口に放り込み、咀嚼する。
「さて、飯も食ったし、午後の仕事にかかるとしようぜ。メルディ、何をすればいい?」
話題を切り替えると、メルディはハッとしたように顔を上げ、眼鏡をクイと押し上げた。
「あ、はい! 実は……次の島までは、順調にいっても一週間は補給ができません。なので今のうちに、精神衛生上、最高に美味しい保存食を仕込んでおきたいんです!」
メルディが力説する。
「特にこの街の名産、『虹色トビウオ』の沖漬けは必須です! 旨味が凝縮されて絶品なんですよ!」
一週間、船内での缶詰生活か。
逃げ場のない空の上で、食事という娯楽がいかに大切か……それは海で船旅を繰り返してきた俺には痛いほどわかる。
不味い飯は船員の士気を殺す。逆に美味い飯があれば、大抵のトラブルは笑って流せるものだ。
「なるほどな。……確かに、一週間の閉鎖環境となれば食い物の質は死活問題だ」
俺は深く頷き、方針を決めた。
「よし、わかった。その『虹色トビウオ』とやらを筆頭に、一週間船の中にいても飽きないだけの準備を進めよう」
◇
島の中心にある市場は、昼過ぎの熱気に満ちていた。
空に浮かぶ島特有の、少し湿った雲の匂いと、香辛料を焼く香ばしい煙が入り混じる。
道幅は狭く、頭上には増築を重ねた建物がアーチのように張り出しているため、空が細長く切り取られて見えた。
「それにしても、人が多いな。肩がぶつかりそうだ」
俺が雑踏を避けながら呟くと、地図を抱えたメルディが眼鏡を押し上げて答える。
「このゼファーは、外周がわずか一〇キロしかない小さな島ですから。土地が限られている分、建物は上に伸びて、人は密集しちゃうんです」
「……この中心部は、外周とはまるで別世界だな」
中は蟻の巣のように複雑で、そして驚くほど活気に満ちている。
「定住している島民だけで三千人。さらに私たちのような測図師を旗印にした冒険者や、西と南の貴族の代理商人が二千人は常駐しています。合計五千人が、この狭い岩塊にひしめき合っている計算ですね」
「五千人!? この規模でそんなに人がいたら、こうもなりますね……」
ロイドが呆れたように周囲を見回す。視線の先では、様々な人種の商人たちが声を張り上げていた。
「なんでそんなに人が集まるんだ? ただの補給地点にしては、活気がありすぎる気がするが」
俺の疑問に、メルディが得意げに人差し指を立てる。
「この島が一番安全な交易路だからです。他の空域は気流が荒くて、大型の魔導船は直接乗り入れられません。でも、このゼファーを経由して積み替えれば、必ず西と南の往復ができますから」
「海を行けばもっと大量に運べるんじゃないの?」
エルゼが首を傾げる。
「いえ、下の海路で行こうとすると、深海から上がってくる巨海獣に船を潰されるリスクがあるんです。滅多に無いとはいえ、被害額の計算が合わないらしくて……結局、空輸が一番確実なんですよ」
「なるほど。消去法でここが要所になったわけか」
俺が頷くと、メルディは積み上げられたコンテナ群を指差した。
「サザランテは香辛料や染料、香木なんかが有名ですね。あそこにある木箱、全部そうです」
芳醇な香りが漏れ出す木箱。
それとは対照的に、反対側にはエルデナの統一国家《アルヴェン王国》の紋章が打たれた冷ややかな鉄のコンテナが鎮座している。
積み込みの隙間から見えたのは、油紙に包まれた大量の剣と、規格化された防具だった。
「……西からは武器か」
その光景を見て、俺は鼻を鳴らした。
サザランテからは自然の恵みが。
エルデナからは工業力に物を言わせた殺戮の道具が。
それが交差するこの場所は、まさに世界の縮図だ。
「南に大量生産の剣を売りつけ、その対価として安い労働力で作らせた香辛料を買い叩いているわけか」
「……ええ。西の商人は、ここで武器を降ろして、空になった船倉に南の資源を詰め込んで帰るんです」
メルディの声が少し沈む。
賑やかな市場の裏側にある、冷徹な経済の循環。
一方は洗練されたシステムで搾取し、もう一方は泥沼の中で資源を吐き出し続ける。
「ま、俺たちにはどうしようもない話だな。今は明日の飯の方が重要だからな」
先を歩いていたエルゼが赤い髪を揺らし、酒屋の店先で声を上げた。
「カイ! 見て、こっちに『天空麦』の樽があるわよ! 一週間の缶詰生活なら、酒がないとやってられないでしょ?」
「おい、買い込むのはいいが、船の積載重量を計算に入れておけよ」
「わかってるって。……ほらロイド、これも頼んだわよ」
「了解しました。しかしエルゼさん、既に野菜と塩漬け肉の麻袋で、私の視界が半分埋まっているのですが」
ロイドは両腕に抱えきれないほどの木箱と麻袋を積み上げながらも、表情一つ変えずに追従している。
その体幹の強さとバランス感覚は流石としか言いようがない。
「お、カイ。あそこだ。お目当ての魚臭い匂いがするぞ」
肩の上のノアが、嘴で通りの奥を指し示した。
鮮魚区画に入ると、メルディの目の色が変わった。
先ほどまでのオドオドした様子が消え、獲物を定める狩人のような鋭い視線で店先をスキャンしていく。
「……ありました! あれです、『虹色トビウオ』!」
メルディが駆け寄った先には、鱗がプリズムのように七色に輝く魚が氷の上に並べられていた。
普通のトビウオより胸鰭が大きく、流線型のフォルムが美しい。
「おじさん! このトビウオ、エラの色を見せてもらってもいいですか? あと、身の張り具合を確かめたいので、触ってみても?」
「お、おう。嬢ちゃん、目利きかい? 好きにしな」
店主がたじろぐほどの勢いで、メルディは次々と魚を手に取り、選別を始めた。
「……指を押し返してくる弾力、合格。脂の乗り具合も、背びれの付け根を見る限り最高です。これは朝一番に飛んできた個体ですね。身が締まってます!」
ブツブツ呟きながら、恐ろしい速度で良個体だけを木箱へ放り込んでいく。
「よし、この木箱の分、全部貰えるか? ロイド、まだ持てるか?」
「問題ありません。いつもの訓練で背負う負荷に比べれば、これでも軽いくらいですので」
「頼もしいな。……さて、これで食材は揃った」
俺は懐から金貨を取り出し、店主に渡す。
ずっしりとした重みを感じながら、俺たちはドックへと戻る道を歩き出した。




