30話 七つの遺物と運命の出会い
マルタンの屋敷を出ると、すっかり陽は落ちていた。
夜風が少し肌寒いが、交渉成立の高揚感もあって心地よい。
「夜もいい時間だ、飯でも食うか」
「それなら、いいところがあるよ」
エルゼが案内したのは、大通りから一本入った路地裏にある、小洒落たレンガ造りの酒場だった。
冒険者が集まる喧騒とは無縁の、落ち着いた雰囲気が漂っている。
「ここ、個室があるんだ」
通されたのは、奥にある静かな個室だった。
「個室とは珍しいな」
冒険者向けの酒場といえば、大広間で相席が基本だ。俺が感心して見回すと、エルゼはコートを脱ぎながら答えた。
「これからの話をするには、こういうところの方がいいだろ? 料理も美味いしね」
「なるほど、気が利く」
俺はエルゼのおすすめを適当に見繕って注文した。
やがて運ばれてきた料理と酒を前に、グラスを掲げる。
「それじゃあ、空の旅の門出に──乾杯」
「かんぱーい!」
「……乾杯」
グラスが触れ合う軽やかな音が響く。
一通り喉を潤し、温かい料理で腹を満たしたところで、俺は本題を切り出した。
「さて──ロイドはどうする?」
俺は正面で食事をしていたロイドに水を向けた。
「空に、ついてくるか?」
「え……」
ロイドがフォークを止め、少し目を見開く。
「ついていっても、よろしいのですか? ……想像もしておりませんでした」
「ああ。もしついてきたいなら、俺からレグルス侯爵に頼んでみるが」
ロイドの雇用主はあくまでアストリア家だ。だが、護衛としての貸し出し期間延長くらいは通るだろう。
戦力的にも、ロイドがいるといないとでは安心感が違う。
ロイドは少しの間、沈黙した。
視線を落とし、自身の掌を見つめる。剣ダコで固くなった、武人の手だ。
「……そうですね。今晩一晩、考えさせてください」
「ああ、構わない。急な話だしな」
俺は頷き、再びグラスを傾けた。
しばらく静寂が流れた後、沈黙を破ったのはエルゼだった。
「ロイドは、この街の生まれではないよね?」
不意な問いかけに、ロイドは顔を上げた。
「……そうですね。王都で剣奴として、闘技場に出ておりました」
「ほう」
俺は思わず身を乗り出した。
剣奴。奴隷でありながら、剣闘士として殺し合いを見せる見世物があると聞いたことがある。
「それは初耳というか……興味深い話だな。深く聞いても?」
「と言っても、面白い話でもありませんが」
ロイドは自嘲気味に笑い、静かに語り出した。
「私の母はウミビトで、ある貴族の家の奴隷でした」
「父親は……わかりません。おそらくは、その家の主人の慰み者だったのかも知れません」
ロイドの声には、悲壮感というよりは、諦念に近い響きがあった。
金髪黒眼、混血の孤児。奴隷階級。彼がこれまで歩んできた道の険しさが垣間見える。
「奴隷とはいえ、財産ですから。母も私も、主人には比較的よくしていただいておりました。……ですが、私には多少の剣の才があったようで。自ら望んで、剣奴となりました」
誰かに強制されたわけではなく、自らの意志で修羅の道を選んだ。
その言葉に、この小柄な体に秘められた凄まじいハングリー精神と、武人としての矜持が見えた気がした。
「それがどうして、アストリア家の兵士に?」
エルゼが不思議そうに尋ねる。
王都の剣奴が、なぜ地方貴族の私兵に収まっているのか。
「大きな大会の時に、シリウス様が観戦しておられまして」
ロイドは懐かしむように黒い瞳を細めた。
「私の試合をご覧になり、直接お声がけをいただき、平民にしていただきました。……それが三ヶ月ほど前の話です」
なるほど、アストリア家らしい。
種族や生まれに関係なく、実力のある者を正当に評価して引き抜いたわけか。
ロイドがアストリア家に絶対の忠誠を誓っている理由が分かった気がした。
場の空気が少し和らいだ頃合いを見計らって、今度はロイドの方から口を開いた。
「私の方からも、一つお聞きしても?」
「ああ」
「もしかして、その腰の短銃も……遺跡の遺物なのですか?」
ロイドの視線が、俺の腰のホルスターに向けられている。
「あー、厳密に言えば違う。この銃自体は、俺が設計して作らせたただの『外装』だ。──遺物なのは、『中身』さ」
「中身?」
エルゼが不思議そうに首を傾げる。
「そうか、エルゼは見てなかったな」
俺はホルスターから短銃を抜き放つと、引き金を引いた。
発砲音はしない。
代わりに銃口から射出されたのは、極細の『黄金のワイヤー』だ。
生き物のようにうねった金糸は、テーブルの上のワインボトルに巻き付くと、器用に持ち上げ、空になっていたエルゼのグラスへと静かに注いだ。
一滴も溢すことなく注ぎ終えると、シュルリと音を立てて銃口へと戻っていく。
「…………」
エルゼはなみなみと注がれたワインを見つめ、深いため息をついた。
「ふぅ、骸骨船の時も思ったが……アンタ、やっぱ出鱈目だね」
「二つも遺物をお持ちなのですか?」
ロイドが驚愕の表情で俺を見る。
俺は銃をくるりと回してホルスターに収め、平然と答えた。
「正確に言うと、七つだな」
「「な、七つぅ!?」」
ロイドとエルゼの声が重なった。
個室でなければ、店中の視線を集めていたほどの絶叫だ。
「アンタねえ、一つありゃ豪邸が建つって代物だろ!? 七つもあれば、一生遊んで暮らせるじゃないか!」
エルゼが呆れたように叫ぶ。
確かに、金銭的価値に換算すればそうだろう。だが、俺にとって、これらは換金アイテムではない。
「ククク、遊んで暮らす? 無理無理。コイツはふかふかのベッドで老け込むより、死と隣り合わせの方が落ち着くっていう、頭のネジがぶっ飛んだ野郎だぜ」
器用にチーズをつまみながら、ノアが小馬鹿にしたように笑う。
相棒の憎まれ口に、俺は苦笑して肩をすくめた。否定はしない。
「なんで、そんなに持ってるんだい?」
当然の疑問だろう。
通常、遺跡の遺物など、一生に一度お目にかかれるかどうかという代物だ。それを七つも所有しているなど、常識では考えられない。
「……俺が好きで集めたわけじゃない。全部、この鳥のせいだ」
俺は顎で、チーズを突っついている相棒を指した。
「『せい』じゃなくて『おかげ』だろ。人聞きの悪い言い方すんじゃねぇよ」
俺は抗議を無視して、話を続けた。
「一番最初は、本当に偶然だったんだ。最初に見つけた遺物は、『千夜魔霧瓶』。……見た目はただの、古ぼけた金属製の水差しだったな」
「水差し、ですか?」
ロイドが不思議そうに身を乗り出す。
「ああ。ガキの頃、親父の漁船に乗っていた時に酷い嵐に遭ってな。俺一人だけ、小さな無人島に打ち上げられたんだ」
「……遭難、ですか」
「ああ。そこで雨風を凌ごうと逃げ込んだ洞窟の奥に、崩れかけた祠があった。そこにポツンと置かれていたのが、その遺物さ」
俺は当時の渇きと絶望感を思い出しながら、苦笑交じりに語った。
「喉が渇いていた俺は、岩肌から滴り落ちる雨水を溜めようとして、その水差しを手に取ったんだ。飲み口の泥や煤を拭い取ろうとしたら、蓋が勝手に開いて煙が吹き出し──」
俺はそこで言葉を切り、横のカモメを眺めた。
「その煙が、いきなり俺の顔めがけて突っ込んできたんだよ」
「それで?」
エルゼが興味深そうに身を乗り出す。
「とっさに身を捩って避けたさ。……そうしたら、煙は勢い余って俺のすぐ後ろ──岩場で羽を休めていたカモメに吸い込まれていったんだ」
「へぇ、それで、そのカモメがもしかしてノアかい?」
「そういうことだ。カモメが人間の言葉で偉そうに喋り出した時は、嵐のせいで頭がおかしくなったかと思ったぜ」
「……その煙って何だったんだろ。瓶の中に何かが入ってたってこと?」
エルゼが何気なく呟く。
その瞬間、肩の上のノアがスッと目を細めた。
「さあな。古い瓶だ、何でも入っているだろう」
話題を変えるように、ノアはチーズをひと突きした。
俺は肩をすくめ、呆れたように締めくくった。
「それが俺たちの『運命の出会い』だな」




