29話 空への航路
結局、ロイドもその場で冒険者登録を済ませ、開設したばかりの口座に入金してもらうことになった。
手続きを終えた俺たちは、そのまま『紅蓮の探究者』のクランハウスへと向かった。
クランハウスで待機していた残りのメンバー四人に、エドモンドが報酬の分配──一人当たり金貨五十枚が振り込まれた旨を説明する。
一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が上がった。
そして次の瞬間、俺は何故か囲まれ、天井近くまで胴上げされていた。
「「「サーベイヤー! サーベイヤー!!」」」
「……おい、落とすなよ」
熱狂するメンバーたちに揉みくちゃにされながら、俺はため息交じりに天井を見上げた。まあ、これだけ喜んでくれるなら悪い気はしない。
ひとしきり騒いで落ち着いたところで、俺は今後の予定を切り出した。
「で、空中都市に行くには、今週中に乗り込まないと間に合わないらしい」
空中都市は、南の大陸とこの西の大陸を交互に周遊している移動都市だ。
軌道と高度の関係で、西の大陸側の発着場から乗り込めるタイミングは限られている。それが、今週中というわけだ。
「だから、エルゼは借りていくぞ」
「ええ、ええ。もちろんですとも!」
エドモンドが満面の笑みで頷き、背後のメンバーたちも親指を立てて同意を示す。
「もしマスターが渋るようなら、我々が許しませんよ。全力で説き伏せます」
頼もしいことだ。金貨五十枚の威力は絶大である。
マルタンとメルディと接触してから、既に一週間が経過している。
彼らも痺れを切らしている頃だろう。今日にでも話をして、渡航の準備を進めなければならない。
◇
クランハウスを出た俺たちは、その足でマルタンの屋敷へと向かった。
同行するのは、エルゼとロイドだ。
マルタンの屋敷は、富裕層が暮らす二等区画の一角にあった。
派手さはないが、歴史を感じさせる煉瓦造りの重厚な邸宅だ。
玄関でノックをすると、落ち着いた雰囲気のメイドが応対に出てきた。同じくアストリア家に世話になってるサーベイヤーのカイだと名乗ると、慣れた様子で応接室へと通される。
促された革張りのソファに俺が腰掛けると、ロイドは無言で俺の背後に立った。いつもの護衛ポジションだ。エルゼもその隣に直立した。
「……二人とも、座らないのか?」
「マルタン師といえば、この街では超有名人だぞ。『爆塵』のマルタンと言えば、路地裏の子供でも知っている生ける伝説だ」
エルゼが興奮気味にまくし立てる。
「ほう」
「サーベイヤーでもないわたしたちが、同席なんてできるわけないだろ」
俺も同じサーベイヤーなのに俺には当たりが強くないか?
苦笑しながら出された紅茶を啜った。
ほどなくして、重厚な扉が静かに開き、マルタンが姿を現した。
その後ろには、やはり怯えるようにして孫娘のメルディが隠れている。
「……お待ちしておりましたぞ、カイ殿」
マルタンの声は静かだったが、その瞳には縋るような期待が滲んでいた。
俺は立ち上がり、単刀直入に告げた。
「マルタン師。──俺は、『空』に行くことに決めました」
「……おお」
マルタンが小さく息を呑み、閉じた瞼の端を震わせる。
歓喜というよりは、張り詰めていた糸が解け、安堵が押し寄せたような表情だった。
「メルディを連れて行くことも……引き受けて、くださいますか?」
「ええ。空には未知の出来事が多いと聞きます。マルタン師と同等の知識があるという彼女の同行は、非常に心強いです」
「……感謝します。これでようやく、息子の行方が……」
老測図師は深く、深く頭を下げた。
「息子が空で消息を絶って数年。生死もわからず、葬式すらあげられぬまま、我々はずっとあの日で立ち止まっていました。……ですが、貴方のおかげでようやく、先に進むことができます」
後ろに控えていたメルディも、分厚い眼鏡の奥で涙ぐみながら、ペコリと頭を下げる。
「礼を言うのはまだ早いですよ。まだ何も成していない」
俺は静かに首を振り、釘を刺すように付け加えた。
「それに──俺が約束できるのは『真実を持ち帰ること』だけです。それが、あなた方の望む形だとは限りません」
「……覚悟の上ですじゃ」
マルタンは顔を上げ、悲痛だが芯の通った声で答えた。
「何も知らぬまま終わるより、残酷な真実の方が幾分かマシでしょう」
その瞳に迷いはない。
俺は短く息を吐き、頷いた。
「それで、俺は空に行くのは初めてなもので。具体的な手順をご教授願いたい」
俺がそう切り出すと、マルタンは大きく頷き、職人の顔へと戻った。
「ええ、もちろんですとも。まずは現在接近中の『空中都市ゼファー』への搭乗ルートについて、説明しましょう」
彼はテーブルの上に、複雑な計算式と軌道図が描かれた羊皮紙を広げた。
「まず、現在存在が確認されている空中島は四十二島。そのうち、行き方が判明している島は二十七島あります」
そんなにあるのか。
空に島があるということくらいしか知らなかったが、意外と広大な世界が広がっているらしい。
「そのうち、地上から直接行ける島は、西の玄関口『ゼファー』を入れて五つです」
「ふむふむ」
「つまり、残りの二十二へは、その五つの島を経由して渡るしかないわけですな」
「なるほど。まるで『空に浮かぶ飛び石』ですね」
順序よく踏んでいかなければ、先へは進めないというわけか。
「私の息子が消息を絶ったのは、『テュポン』という島です。そこに行くにはゼファーから、『ミストラル』、『ボレアス』を経由する必要があります」
「ふむ」
「ところで、空へ行くための魔導船はお持ちですかな?」
「いえ。レグルス侯爵に頼んで、アストリア家のものを借りられればと考えていました」
「なるほど……それでしたら、私が現役時代に使っていた船をお譲りしましょう」
「いいのですか?」
思いがけない申し出に、俺は目を丸くした。
「構いませんとも。私はもう、老いぼれて動かせませんし……何より、メルディにとっても使い慣れた船の方が扱いやすいでしょうからな」
「……感謝します」
「ええ、テュポンまでは、天候に恵まれ、滞りなく進んで……片道で一月と少々、といったところでしょうな」
「なるほど。往復で二、三ヶ月か……」
俺は頭の中でスケジュールを組み立て、一つ頷いた。
シリウスとの約束である新大陸の発見。つまり、西の海の突破。その前哨戦として、この遠征は丁度いい期間だ。
俺が『空』への進出を決めた理由は、大きく分けて三つある。
一つは、『資金』だ。
以前エルゼが言っていたように、空には未発見の魔石鉱床が眠っているらしい。高純度の魔石を持ち帰れば、それだけで莫大な富となる。
西の海という魔境を攻略するには、相応の軍資金が必要不可欠だからな。
二つ目は、『戦力』。
ノアによれば、空には強力な『古代遺物』が眠っているという。特に、天候と雷を操る最強の遺物──水場である海を制する上で、これ以上の切り札はない。
そして三つ目は、『人脈』だ。
メルディの父を捜索し、マルタン師の完全な協力を取り付ける。
いくら宝があると言っても、広大な空で遺物や魔石を探すのは雲を掴むような話だ。土地勘のある『案内人』が要る。
まずは先達であるマルタン師の望みを叶え、然るのちにこちらの願いを聞き届けてもらう。
急がば回れ。それが最も確実な近道だ。
空で成果を上げ、財と力、そして盤石な協力体制を手に入れる。西の海の攻略はそれからだ。
「わかりました。──明日一日で準備を整え、明後日にはゼファーへ向かおうと思います。メルディさんも、それで良いですか?」
話を振ると、メルディはこくこくと必死に首を縦に振った。
「ではマルタン師。──出発は二日後、早朝。準備が整い次第、迎えに来ます」
「ああ……どうか、孫を。メルディをよろしく頼みます」
深々と頭を下げる老測図師に見送られ、俺たちは屋敷を後にした。




