28話 八等分の報酬
「そういえば、一つ相談があるのですが」
俺は話の区切りを見計らい、本題の一つを切り出した。
「『龍涎香』を売りたいのですが、何かツテをお持ちではないでしょうか?」
あれほどの高級品を適正価格で買い取れるのは、大貴族か高名な学者くらいだ。庶民は存在すら知らないだろうし、下手に市場に出せば買い叩かれるだろう。
王都に太いパイプを持つシリウスに頼むのが、最も確実で高値がつくはずだ。
「龍涎香……? そりゃまた珍しいものを持ってるんだな。流石はサーベイヤーだ。亜竜のものか?」
「いえ、正真正銘、水龍のものです」
「……ほう」
シリウスが感嘆の声を漏らす。
「そりゃあ上物だ。王都に何人かアテがある、ウチで買い取らせてもらおう」
「ありがとうございます。では、明日にでも持ってまいります」
「ああ。明日の夜にはまた王都へ発つ予定だ。それまでに頼む」
「もうお発ちになるのですか。お忙しいのですね」
「うむ。目には見えないが、今の王都はかなり腐敗と混乱が進んでいてな」
シリウスは眉間を揉みほぐすように指を当てた。
「本当はリシェルを、あんな伏魔殿のような社交界にデビューなどさせたくはないのだが……」
貴族には貴族の、血なまぐさい戦場があるということか。
「アストリア家は『星見』の家系。未来を正す義務がある。……そういえば君は知っているか? 『リゲル』という名を」
「いえ、初耳ですね」
俺が首を振ると、シリウスはククッと可笑しそうに笑った。
「まあ、そりゃそうか。アストリア家は俺の祖父、カノープス爺様の星読みの力で勢力を拡大し、リグルス父上の武で確固たる地位を築いた。王国の大陸統一に、アストリア家は莫大な貢献をしてきたんだ」
シリウスは遠い目をして語る。
「その亡くなった爺様がな、リシェルが生まれる前、予言したんだよ。『この子は覇者となる』とな」
「……覇者、ですか」
「ああ。当然、男が生まれると思うだろう? だから『リゲル』って名前を用意していたんだ。俺も母上のお腹に、リゲル、リゲルって呼び掛けていたのを覚えているよ」
リゲル。古代語で『巨人の足』という意味だったか。あらゆる敵を踏み砕き、頂点に立つ者の名だ。
「だが、産まれてみれば女の子だ。慌てて『リシェル』と名前を変えたんだよ。……だからかな。あのお転婆な性格は」
シリウスは、やれやれと大袈裟に溜息をつく。
「爺様も、星読みを外すことはあったからな。……でも、リシェはたまに男のように大胆な行動をする。兄としては心配なんだよ」
笑い飛ばしつつも、瞳の奥には妹を案じる色が濃い。
そんなシリウスに対し、俺はふと疑問を口にした。
「……女でも、覇者になっていいのでは?」
「ん? そ……そうか?」
シリウスが虚を突かれたように瞬きをする。
俺は肩の上のノアを撫でながら続けた。
「ウミビトの国には、女王──つまり女の王もいますが」
「そうか、他国にはそういう例もあるとは聞いたことがあるが……そうだよな」
シリウスは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。
その瞳には、新たな可能性への好奇心が宿っていた。
◇
翌朝。
俺は『紅蓮の探究者』のクランハウスに顔を出した。
俺の姿を認めるなり、エドモンドが満面の笑みを浮かべてすり寄ってくる。現金な奴だ。
「カイさん、おかげで大儲けですよ」
エドモンドは手元の帳簿を弾きながら、ホクホク顔で報告してくる。
「リシュオンまでの遠征経費が金貨三枚。対して収入は依頼料として金貨十五枚。『銀の天分儀』の連中の治療費で金貨二枚。さらに奴らをここまで護送した駄賃で金貨三枚です」
既に金貨十七枚の黒字か。
「ああ、それは良かったな。例の『龍涎香』だが、売り手の目処はつけてきた。持って行くぞ」
「おや、ツテがおありで? 流石ですね」
木箱の中には、洗浄と乾燥を終え、見た目も綺麗になった龍涎香が五つ収められている。
俺はそれを持ってアストリア家の屋敷へと向かった。
◇
屋敷の応接室に通され、俺はシリウスに現物を見せた。
「ほう……こいつは、かなりのものだな」
シリウスは手袋をはめた手で慎重に塊を手に取り、その質感を確かめる。
「五つで金貨四百枚。……どうだ?」
提示された額に、俺は眉をひそめた。
こちらの想定を遥かに上回っている。
「……もちろん異存はありませんが、こちらが想定していたより高額です。よろしいのですか?」
「ふふ、商売が下手だな。……いや、あえて信用を買う、高度な交渉術か?」
シリウスは楽しげに笑い、龍涎香を箱に戻した。
「心配するな。これほどの品質なら、然るべき相手になら倍以上の値で売れる」
彼は声を落とし、悪戯っ子のようにウインクしてみせた。
「それに、宰相閣下に贈る気の利いた賄賂を探していたんだ。ちょうどいい、一つはそれに使わせて貰う」
なるほど。
派閥争いのためか。
この龍の香りは、金貨以上の政治的な価値を生むらしい。
◇
シリウスから受け取った金貨四百枚の小切手を懐に、俺はロイドを連れて冒険者ギルドへと向かった。
いつものように受付の列に並び、顔なじみの受付嬢に小切手を提示する。
「換金をお願いしたい」
「はいはい、確認しますね。少々お待ちくださ……ブッ!!?」
金額の桁を見た瞬間、リナは喉を鳴らして盛大に吹き出した。
周囲の冒険者たちの視線が集まる中、彼女は顔を真っ赤にしてカウンターから飛び出し、大慌てで俺たちを奥の応接室へと押し込んだ。
しばらくして、支部長のパティックがハンカチで額の汗を拭いながら入ってきた。
「……カイさん。いきなりこんな大金を持ち込まれても、王都の本部ならともかく、この支部ではギルドの金庫が空になりますよ。現金化は早くても数日かかります」
「そうなのか。俺は急ぎではないので、用意できてからで構わないが」
話がひと段落したところに、呼び出しを受けていたエドモンドとエルゼがやってきた。
俺は二人が席に着くのを待たず、単刀直入に告げた。
「龍涎香が売れた。しめて金貨四百枚だ」
「よ、四百……!?」
エドモンドが絶句する。中堅クランが数年かけて稼ぐような金額だ。
「これを八等分する。一人あたり金貨五十枚ずつ口座に振り分けてくれ。手続きを頼めるか?」
「ええ、それは構いませんが……」
パティックが頷く一方で、エドモンドがポカンとした顔で俺を見た。
「……は? 八等分?」
「ああ。『紅蓮の探究者』の六人と、ロイド、そして俺。合わせて八人だろ」
「え、いや、そんなに頂けるんですか!?」
確かに、龍と直接対峙したのは俺だし、売却のコネを持っていたのも俺だ。俺が総取りしたとしてもおかしくはないだろう。
だが、俺は迷わず首を横に振った。
「そんなわけあるか。全員でやったんだから等分で分けるのが筋だろ」
「カ、カイさん……!」
エドモンドが、神を見るような目で俺を見つめる。
俺はパティックに向き直った。
「俺の分はそのままギルドの口座に預けておいてくれ」
「承知しました」
「そういえば、ロイドは冒険者登録をしてないよな? 口座がないだろうがどうする?」
話を振られたロイドは、目を見開いたまま石像のように固まっていた。
「……私も、頂いても宜しいのですか?」
恐る恐る問いかけてくるロイドに、俺は苦笑して答えた。
金貨五十枚。
一般市民なら、遊んで暮らしても数年は持つ大金である。
「当たり前だ。一番体を張ったのはお前だろ。胸を張って受け取れ」
俺が肩を叩くと、ロイドは感極まったように何度も頷いた。




