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境界測図師のライセンス~差別されてきたウミビトですが、世界最難関ライセンスを獲得したので、種族も国境も関係なく旅をします。  作者: 謝命雲丹丸


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26話 星見の塔と静寂の夜

 その後の「宝探し」の結果、俺たちは大小合わせて五つの龍涎香を回収することに成功した。

 鑑定に出さなければ正確な値は分からないが、最低でも金貨三百枚は下らないだろう。


「あー、そうそう。ついでだ、エドモンド。彼らに『報酬譲渡』の契約書を書かせておけ」


 俺は汚れた手を拭きながら、何気ない様子で告げる。


「は? 譲渡って……依頼料を全額あたし達にくれるってこと? 一体どういう理屈だい?」


 エルゼが眉をひそめ、怪訝な顔をする。

 当然の反応だ。『銀の天分儀』が、自分からそんなことを言い出すはずがない。


「あいつらの馬車も馬も逃げただろ? だから泣きついてきたんだよ」


 俺は真顔でスラスラと嘘を並べる。


「『骨の折れた体じゃ、金貨袋なんてただの鉛の塊だ! 一歩も歩けないから、頼む、どうかこの重荷を俺たちから引き剥がしてくれ!』……とな」


 俺は両手を広げ、やれやれと肩をすくめてみせた。


「人助けだと思って引き受けてやったさ。感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないな」


「…………」


 エルゼはジト目で俺を見つめた後、ふっと小さく息を吐いた。


「はいはい、そういうことにしておくよ」


 呆れた声色だが、その口元は微かに緩んでいる。


「かしこまりました!」


 エドモンドは満面の笑みを浮かべると、羊皮紙とペンを取り出し、意気揚々と意気消沈している『銀の天分儀』の元へと走っていった。


(依頼料の総取り、高額な治療費の請求、そして龍涎香の売却益……)


 これだけ稼がせてやれば、クランの連中もエルゼのレンタル──旅への同行に文句は言わないはずだ。


        ◇


 掃除と治療、そして事後処理はすべてエドモンドたちに丸投げし、俺はロイドを連れてその場を離れた。


 道中にある『ミルンの村』へ向かうためだ。

 今日中に到着する予定の、リシェルとアストリア家の兵士団を出迎える必要がある。


「……ふぅ。これでサッパリしたな」


 村の近くにある湧き水の泉で、俺たちは念入りに体を洗った。

 龍涎香の原料とはいえ、吐瀉物は吐瀉物だ。この異臭を漂わせたまま令嬢に会うわけにはいかない。


 服を着替え、髪を整えると、俺たちは何事もなかったかのような涼しい顔で村の門をくぐった。


 村長の家を訪ねると、リシェルたちの一行は今夜、ここに宿泊する予定になっているという。


 俺たちは「先発隊」として挨拶を済ませ、村長が入れてくれた茶を啜りながら優雅に時を待つことにした。


        ◇


 そして──空が茜色に染まりかけた頃。

 村の入り口が慌ただしくなり、先行の騎馬兵が到着した。


「ん……? ロイドか!?」


 村長の家の前でくつろぐ俺とロイドを見つけ、兵士が驚愕の声を上げる。

 それもそうだ。そういえば昨日、半ば誘拐同然に連れ出したんだった。きっと朝からロイドの姿が見えず、屋敷は大騒ぎだったに違いない。


「すまない、少し借りていた」


 俺は悪びれもせず、片手を挙げて挨拶する。


「い、……いや、無事で何よりだが。それより何故ここに?」


「ああ。安全確保を外部の人間任せにするのは少々不安でな。俺のパトロンに万が一のことがあってはいけない」


「ふむ……?」


 兵士は怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追求してこなかった。

 そこへ、重厚な馬蹄の音と共に本隊が到着した。


 豪奢な馬車が止まり、扉が開く。降りてきたのは、旅装に身を包んだリシェルだった。


「カイ? どうしてここに……?」


 リシェルが目を丸くして俺を見つめる。

 俺は恭しく一礼し、サラリと嘘を吐いた。


「魔物の動きが活発になっているという噂を耳にしましてね。念の為、先回りして周辺の安全確保を済ませておきました」


「そ、そう……! わざわざ私のために……」


 リシェルが感動したように胸の前で手を組む。

 まさか数時間前まで、ドラゴン相手にゲロまみれの死闘を繰り広げていたとは思うまい。


 余計な心配をかけないためにも──そして何より、説明が面倒くさいので、龍の件は内緒にしておくのが賢明だろう。


        ◇


 その夜、ミルンの村ではリシェルたちを歓迎するささやかな宴が開かれた。

 村長や村人たちの歓待を受け、リシェルも旅の疲れを少しは癒せたようだ。


 俺は従者のように一歩引いた場所で控え、時折ロイドと視線を交わしては、何事もなかったかのように振る舞った。


 翌日。

 村で昼食を済ませてから、俺たちは『星見の塔』へ向けて出発した。


 道中は極めて平穏だった。

 昨日の今日だ。あの龍の気配を恐れ、森の魔物たちも息を潜めているのだろう。


 夕暮れ時、俺たちは塔の麓に到着した。


「わぁ……。古びていると聞いていましたけれど、随分と綺麗なのですね」


 馬車から降りたリシェルが、塔を見上げて感嘆の声を漏らす。


 エドモンドたちの「強制労働」の成果は上々だった。ただ、辺りには微かに──甘ったるいような、独特の獣臭さが鼻に残る。


(エルゼたちは、もう発ったか)


 エルゼとエドモンドたちは、捕虜にした『銀の天分儀』と戦利品を抱え、一足先にリシュオンへと向かっているはずだ。

 現場は綺麗サッパリ片付いている。


「さあ、参りましょうか」


 夜のとばりが下りるのを待ち、俺たちは塔を登り始めた。


        ◇

 

 静寂だけが支配する、石造りの螺旋階段。

 足音だけがカツ、カツと規則的に響く。


 最上階の一つ手前、『星見の間』の前室に辿り着いた時には、月は天頂近くまで昇っていた。


「リシェル様。ここから先は、お一人で」


 側仕えのメイドが静かに告げる。

 俺は重厚な扉の前で足を止め、リシェルに向き直った。


 この先にある祭壇の間へは、儀式を行う本人しか立ち入ることは許されない決まりらしい。


「……ええ。ありがとう、二人とも」


 リシェルが緊張した面持ちで頷く。

 俺は扉の横に立ち、背筋を伸ばした。


「俺がここで番をする。ここから先は──例えドラゴンでも通さないから安心しろ」


 俺の言葉に、リシェルが目を丸くし、それから花が咲くように柔らかく笑った。


「ふふっ、大袈裟ね。こんな静かな場所に、ドラゴンなんて出るはずがないでしょう?」


「……ああ、そうだな」


 俺もまた、苦笑して同意した。

 リシェルはもう一度小さく頷くと、重い扉を押し開け、一人で中へと入っていった。


 ズゥン、と重厚な音が響き、扉が閉ざされる。

 メイドが外側から施錠し、恭しく一礼して階段を下へと降りていった。


 俺は閉ざされた扉を背にして、静かに目を閉じた。


 背中の向こうからは、リシェルが祈りを捧げる微かな衣擦れの音と、張り詰めた静謐な気配だけが伝わってくる。


「……カイ、起きている?」


 しばらくして、扉越しにリシェルの声がした。


「ああ。不寝番には慣れているからな」


「ふふ、頼もしいわね。……ねえ、カイ」


「ん?」


「私……立派な大人になれるかしら」


 不安そうな、震える声。

 貴族の重圧、将来への恐怖。普段は気丈に振る舞う彼女が、顔の見えない扉越しだからこそ漏らした本音かもしれない。


「なれるさ」


 俺は迷わず、短く答えた。


「俺が保証する」


「……貴方に言われると、なんだか本当にそんな気がしてくるから不思議ね」


 扉の向こうで、リシェルが笑った気配がした。

 やがて、彼女は再び祈りの言葉を紡ぎ始める。

 時間は静かに流れる。


 塔の頂上にある小窓から差し込む月光が、床を這うように角度を変えていく。

 そして──その瞬間は訪れた。


 懐から取り出した時計の針が、天頂で重なり合う。

 日付が変わった。


(……十七歳になったな)


 コツ、コツ、と足音が近づいてくる。

 下から戻ってきたメイドが鍵を開け、失礼します、と小さくノックをした。

 扉の向こうから、深い安堵の吐息が聞こえた気がした。


 長い沈黙の後、凛とした声が返ってくる。


「ありがとう、カイ。……さあ、帰りましょう」


 儀式は終わった。

 彼女はもう、守られるだけの子供ではない。

 正統なるアストリア家の貴族として、新たな一歩を踏み出したのだ。

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