25話 龍の置き土産
龍の姿が完全に消えたのを確認し、俺は甲板に出て信号弾を装填する。
引き金を引くと、ヒュルルル……という音と共に、鮮やかな青い花火が空に咲いた。
作戦成功の合図だ。
しばらくして、周囲に充満していた『赤鬼の舌』の激辛煙が風に流され、薄まったのを確認してから、骸骨船を収納する。
「──解除」
俺が短く告げると、黒い骨の船は霧のように霞み、元の小さな数珠へと戻って俺の手元に収まった。
支えを失った『銀の天分儀』のメンバーたちが、地面に放り出される。
「う、うぅ……」
「た、助かったのか……?」
ざっと見たところ、負傷者と無傷の者は半々といったところか。
骨折や打撲は痛々しいが、龍と正面から接触して死者ゼロなら重畳だろう。
だが、動ける者たちも呆然とするばかりで、一向に仲間の手当てをしようとしない。
「おい。手当してやらないのか?」
近くにいた重戦士に問いかけると、男は虚ろな目で首を横に振った。
「回復薬や包帯を積んだ馬車が、さっきの騒ぎで逃げてしまった。俺たちはもう、何も持ってない……」
武器も、物資も、そしてプライドも。
すべてを失った彼らは、ただ途方に暮れるしかなかった。
「カイ様! ご無事で!」
そこへ、森の奥からロイドとエドモンドたち『紅蓮の探究者』のメンバーが駆け寄ってきた。
「お疲れ様です! まさか龍を御すなんて……凄すぎます!」
興奮気味に語るロイドを制し、俺は『銀の天分儀』の連中を親指で指し示した。
「ロイド、彼らの手当をしてやってくれ」
「えっ? こいつらを、ですか?」
エドモンドが露骨に嫌そうな顔をする。無理もない。
彼らは依頼を不当に横取りした相手だ。情けをかける義理はない。
だが、俺は足元の惨状を顎でしゃくってみせた。
「よく見ろ。アストリア家の御令嬢が成人の儀式を行う神聖な場所が、こんなに汚れてる」
辺り一面、龍が撒き散らした未消化の餌と胃液──平たく言えば、大量の吐瀉物で埋め尽くされている。強烈な酸臭が鼻をつく惨状だ。
「こいつらを治して掃除させる。……それとも、お前がやるか?」
「……っ!?」
エドモンドが顔を引きつらせ、首を横に振った。
「……はぁ、わかりました。ですがカイさん、あの龍を逃がして良かったんですか? 死体から素材を剥ぎ取るはずじゃ……」
エドモンドが未練がましく空を見上げる。
確かに龍の鱗や牙は高級素材だが、今回はそれ以上に割のいい『収穫』がある。
「お宝なら、ここにある」
俺は足元に広がる惨状──龍の吐瀉物を指差した。
「えっ? ……これですか?」
エドモンドが顔を引きつらせる。
そこへ、エルゼが駆け戻ってきた。
「カイ! 無事だったのね!」
俺の姿を確認するなり、安堵の表情で肩の力を抜く。
「ああ。それじゃあ、お宝の収穫タイムだ」
「収穫って……この汚物が?」
エルゼが顔をしかめて鼻をつまむ。
俺はロイドたちに『銀の天分儀』の治療を任せると、エドモンドとエルゼを促し、躊躇なく吐瀉物の中へと歩を進めた。
俺は屈み込み、汚物にまみれた地面をのぞき込みながら問いかけた。
「二人は、『クジラ』という海の魔物を知っているか?」
「ク……ジラ? なんだいそれは」
「初耳ですね」
二人ともキョトンとしている。ウミビトじゃなきゃ馴染みはないか。
「さっきの水龍より一回りデカい、海の覇者だ」
「龍よりデカい……!? 想像もしたくないね……」
エルゼが身震いする。
「ははは、まあ滅多に人を襲ったりはしない温厚な亜竜だよ。で、そのクジラの体内で消化不良物が固まると、稀に『龍涎香』という石ができる」
「龍の……香り?」
「ああ。クジラみたいな亜竜種からでも一応は取れるんだが、本物の龍種から採れるそれは別格でな。お香としても極上の香りを放つが、何よりあらゆる病に効く万能薬の素材になる。……ただ、欠点があってな」
俺は足元のヘドロの中から、『灰琥珀色』をした拳大の塊を拾い上げた。
袖で汚れを拭うと、独特の甘く重厚な香りが漂い始める。
「龍を殺して腹を割くと、死と同時に質が大幅に下がるんだ。だから──『生きたまま取り出す』のが、最高の採取方法ってわけだ」
俺は灰琥珀色の塊を、呆然とする二人の前にかざしてみせた。
「これだ。これが他にないか探してくれ」
「はぁ……。まあ、カイさんが言うならやりますけど……」
エドモンドが露骨に嫌そうな顔をする。
だが、次の俺の一言で、その表情は一変することになる。
「ちなみにこのサイズで、市場価格は金貨八十枚ってところかな」
「「金貨八十枚ッ!?!?」」
二人の目が限界まで見開かれた。
金貨八十枚。数年は働かずに遊んで暮らせる大金だ。
「さあ、宝探しだ。黄金の山に見えてきただろ?」
「はい喜んで!!」
現金なものだ。
さっきまで顔をしかめていたエドモンドは、袖をまくり上げると、宝の山へとダイブしていった。




