24話 龍の大噴火
バクンッ!
龍は長い舌で器用に牛を巻き取ると、一頭目を丸飲みにした。
咀嚼などしない。今の渇いた身体は、質より量を、そして水分を求めている。
続いて二頭目、三頭目。
巨大な顎が次々と獲物を吸い込んでいく。あっという間の完食だった。
「……よし、食ったな」
俺は『黄金編髪枷』のワイヤーを解除すると、即座に龍の背中から飛び降り、停泊していた『骸骨船』の船倉へと滑り込んだ。
「さて。しばらくは、待ちだな」
薄暗い船倉には、這々の体で逃げ込んだ『銀の天分儀』のメンバーたちが身を寄せ合っていた。
俺の姿を見るなり、リーダー格の重戦士の男が安堵の表情を浮かべる。
「あ、あんた……助かったよ。すまないが頼みがある! まだ外に、動けない仲間がいるんだ!」
男が指差した先──船の窓から見える外の景色には、ブレスの余波で吹き飛ばされ、足や腰を負傷してうずくまるメンバーたちが点在していた。
「はぁ? 知らんよ」
俺は即答し、床に胡座をかく。
「ここから出たら俺も死ぬかもしれないだろ。助けたいなら自分らで行け。……ほら、出口はそっちだ」
「そ、そんな……俺たちじゃ無理だ!」
男が叫んだ、その時だった。
ドゴォォォォンッ!!
船体が激しく揺さぶられた。
餌を食べ尽くした龍が、腹ごなしの遊び相手として、この不気味な骸骨船に興味を示したのだ。
鋭利な爪が船体を薙ぎ払い、巨大な顎がマストである背骨に噛みつく。
「ひぇええええ!?」
「く、来るなァァァァッ!!」
船内はパニックに陥る。
だが、この船はアトランティスの遺産。『絶対の浮力』と『不沈』の概念を持つこの船は、龍の膂力をもってしても傷一つつかない。
ただ、中身は別だ。船はおもちゃのようにブンブンと振り回され、人間たちはシェイカーの中の氷のように転がり回る。
「ぐえっ、おぇぇ……っ!」
船酔いと恐怖で顔面蒼白になりながら、重戦士の男が俺にすがりついた。
「た、頼む! あんたならあいつらを回収できるだろ!? 見殺しにする気か!?」
「人聞きが悪いな。俺はボランティアでも聖職者でもないぞ」
激しい揺れの中で、俺だけは冷静に壁に寄りかかる。
「よし、交渉だ。今回の依頼料、その全額を俺によこせ」
「えっ?」
「嫌なら、知らん。外の連中は龍のオヤツになってもらう」
「そ、そんな無茶な……!」
「俺はどっちでも良いぞ」
ガンッ、ガンッ!!
龍が執拗に船を地面に叩きつける音が、交渉の期限を刻む。
「わ、わかった! 言う通りにする! 金も手柄も全部やるから、助けてくれぇっ!!」
「商談成立だ。──約束だぞ?」
言質を取った瞬間、俺はニヤリと笑い、隙間から銃口を突き出した。
「回収する!」
シュバッ! と放たれた黄金のワイヤーが、外で伸びている眼鏡の男の足首に絡みつく。
俺はそのままリールを全開で巻き上げた。
「うわあああああっ!?」
ズザザザザッ!
もはや救助ではない。ただの『荷物の搬入』だ。
龍の攻撃の隙間を縫い、ボロ雑巾のように地面を引きずられたメンバーが、次々と船の入り口へと放り込まれていく。
「はい、次。はい、次」
俺は淡々と作業を続け、ものの数分で周囲に散らばっていた負傷者を全員回収した。
中にいた者と合わせて十八人。
すし詰め状態だが、全員一応は生存している。
「……ふぅ。良い仕事したな」
俺はリールを巻き取り、満足げに息を吐いた。その時だ。
ゴボォオオオッ……!!
龍の腹の底から、不気味な重低音が響き渡った。
先ほどまでの捕食者としての威容が、唐突に崩れる。
『グ、ガァア……ッ!?』
龍が目を剥き、苦悶の声を上げてよろめいた。
異変は劇的だった。
鋼のような筋肉で覆われた腹部が、体内で発生した急速なガスによって、風船のようにボコボコと異様な膨張を始めたのだ。
「始まったな。強酸で発泡したガスが胃袋を極限まで圧迫する。そこにマンドラゴラの強烈な嘔吐感が襲うわけだ」
俺は骸骨船の甲板に出ると、懐から信号弾を取り出し、空へと打ち上げた。
ヒュルルル……ドンッ!
鮮やかな赤色が空に咲く。
風上に待機させておいたエルゼへの合図だ。
(煙が届くのに2、3分って所か。……それまでに腹の中を空っぽにしてくれ)
計算通り、龍の胃の限界が訪れた。
出口を求めて暴れまわるガスと、逆流しようとする胃の内容物。
龍はたまらず空へ向かって口を大きく開けた。
ブォオオオオオオオッ!!
咆哮ではない。
龍の口から、凄まじい勢いで白いガスと、未消化の餌が噴水のように噴き上がった。
それはまるで、火山の大噴火だ。
『オ、オェエエエエッ……!!』
龍は涙目で何度も吐き戻し、その場に力なく膝をつく。
トロールの背脂が喉にへばりついているせいで、吐いても吐いても不快感が消えず、嗚咽が止まらない。
圧倒的な強者としての尊厳は、見る影もない。
龍は胃袋の中身をすべてぶちまけ、酸素を求めて大きく息を吸い込んだ──その時だ。
風に乗って、森の方角から『赤茶色の靄』が漂ってきたのは。
『!?!?』
龍がビクリと体を震わせる。
それは、目や鼻を焼き尽くすような刺激臭を孕んだ煙。
エルゼが燃やした『赤鬼の舌』の煙幕が、戦場へと到達したのだ。
呼吸が荒くなっている今の龍にとって、それは最悪のタイミングでの「追い討ち」だった。
激痛に近い刺激が、無防備な気管支を直撃する。
(水龍は、龍種の中でも特に潔癖な生物だ)
食ったら腹を壊す毒餌、こうるさい人間たち、おまけに周囲は激辛の煙と、自分の吐瀉物まみれ。
そんな劣悪な環境で、神聖な子育てなどできるはずもない。
『グゥ、ル……ッ!』
踏んだり蹴ったりの龍は、怯えたように周囲を見回すと、慌てて塔の頂上──巣の方へと這いずっていった。
そして、まだ飛べない幼い子供を大事そうに口にくわえ、一目散に空へと舞い上がった。
二度と、こんな狂った場所には戻らないと言わんばかりの逃走。
あっという間に龍の姿は雲の彼方へと消えていく。
「ふぅ……。手荒な真似をして悪かったな。だが、親子共々殺されるよりはマシだろう?」
俺は空を見上げ、小さく呟いた。




