21話 龍をもてなすフルコース
急いだ甲斐あって、昼前にはエリダヌス大河の川岸に辿り着いた。
牛の世話から解放されたエルゼが、大きく伸びをしながら問いかける。
「で、川に出たけどどうするんだい? まさか泳いで渡るわけじゃないだろ?」
「当たり前だろ。……これを使う」
俺は袖をまくり、腕につけていたブレスレットを見せつけた。
「……なんだい、それ。趣味悪いね」
エルゼが心底嫌そうな顔で言う。
「は? いや、カッコいいだろ?」
「どこがさ。呪いのアイテムにしか見えないよ」
俺の自信満々な問いかけは、即座に切り捨てられた。解せぬ。このダークな装飾の良さが分からないとは。
「へー、そいつを他人に見せるのは初めてじゃないか?」
肩に止まったノアが、面白そうに嘴を開く。
「ああ。力がないのに、いい道具を見せびらかしてたら、すぐに狙われるからな」
俺は愛おしそうに腕輪を撫でた。
親指ほどの大きさの銀色の髑髏が、数珠繋ぎに九個並んでいる。
「だが、今の俺には『資格』も『後ろ盾』もある。コソコソ使う必要もなくなった」
俺は腕輪を掲げ、ロイドたちに向き直る。
「これはアトランティア遺跡の遺物──『護乗九髑腕輪』と言う」
「い、遺跡の遺物ですか!?」
ロイドが素っ頓狂な声を上げてのけ反った。
無理もない。遺跡の遺物となれば、どんなガラクタでも家が一軒建つほどの値がつく。
俺は腕輪を外し、九つの髑髏を川の水面へと放り投げた。
「──展開」
ボコンッ!
着水した瞬間、水柱と共に九つの髑髏が巨大化した。
ガシャガシャガシャッ! と硬質な音が響く。
巨大化した髑髏たちは、互いの後頭部に喰らいつくようにして一列に連結した。それが竜骨となり、左右から肋骨のような銀のフレームが伸びていく。
瞬く間に組み上がったのは、白銀に輝く『髑髏のロングシップ』だ。
船首には巨大なガイコツが口を開け、船体は滑らかな流線型を描いている。
「嘘……」
「こいつはどんな嵐だろうが、数多の大砲を喰らおうが絶対に沈まない『不沈艦』だ」
唖然とするエルゼに、俺はニヤリと笑いかけた。
「さあ、優雅な川下りの時間だ」
「……悪趣味な船ね」
エルゼの小声の抗議は聞かないことにした。
俺たちは牛を積んだ馬車ごと、巨大な骸骨船へと乗り込んだ。
「行くぞ!」
俺が舵を握ると、髑髏が青白く発光し、水面を滑るように加速した。
◇
星見の塔の川上に上陸し、山道を一時間ほど進む。
辿り着いたのは、塔がある盆地を一望できる切り立った岩棚だ。
俺は指を舐めて高く掲げ、風の湿り気と温度を感じ取る。
脳内の地形図に、現在の気圧配置と予測データを重ね合わせる。
(……今は南風。だが明日の夕刻、気温が下がれば『山背』が吹く。風はこの岩棚を通り、塔の開口部へ直撃するはずだ)
「ここだな」
俺の指示で、ロイドが軽々と樽を降ろす。
中身は乾燥した『赤鬼の舌《オーガペッパー》』がぎっしりと詰まっている。ここなら、燃やした煙は散ることなく、一直線に龍の巣へと流れ込むだろう。
「激辛料理でも作るのか?」
エルゼが不思議そうに首を傾げる。
「いや……エルゼ、明日お前はここで待機してて欲しい」
「は? あたしだけ?」
不満げな彼女に、俺は真剣な眼差しを向けて頷いた。
「作戦決行時、俺が合図の『花火』を打ち上げる」
俺は樽をポンと叩いた。
「それが上がったら、この樽に火を点けて、中身を盛大に燃やしてくれ。……それが、龍への最後通牒になる」
「よく分かんないけど、要は合図で燃やせばいいんだね?」
エルゼは肩をすくめた。
「ああ。それと──もし花火が上がらず、俺が死んだと判断したら、構わず逃げろ」
「……縁起でもないね」
「失敗した時点で、俺たちの契約は終了だ」
「はいはい。そうならないように、祈っててあげるよ」
エルゼは呆れたように手を振った。
役割分担が決まると、俺たちは岩棚の影で野営の準備に入った。
日が暮れ始めた。
空が茜色から、冷たい群青色になっていく。
遥か眼下に見える盆地では、『星見の塔』が薄闇に沈み、黒いシルエットとなって静かにその時を待っていた。
◇
翌朝。
決行の日である十二月二十日の朝が来た。
リシェルもそろそろ屋敷を出るころだろう。
俺はエルゼを岩棚に残し、ロイドと牛を連れて風下の森へと降りた。
ここなら、塔の龍に気取られる心配はないだろう。
「さて、ロイド。龍をもてなす、フルコースを作るぞ」
「フルコースですか?」
俺は荷台から三つの食材──『発泡硫黄石』、『トロールの背脂』、『紫マンドラゴラの根』を取り出した。
それらを三つの桶に分け、上から飼料と屋敷から拝借した『糖蜜』をたっぷりと回しかける。
「牛は甘いものが大好きだからな。これを使えば、多少のスパイスが混ざっていても喜んで食いつく」
俺はそれぞれの桶を確認し、ロイドに目配せで合図を送った。
「一頭目は『発泡硫黄石』コースだ」
ロイドが桶を牛の目前に置くと、ガリガリと硬い音を立てて、牛が石ごと餌を飲み込んでいく。
子供の頃、炭酸水にこいつを放り込んで、爆発的な泡の柱を噴き上がらせるのが、悪ガキどもの定番のイタズラだった。
懐かしい記憶だ。
もっとも、これから龍の胃袋で起きる反応は、可愛いイタズラじゃ済まないだろうが。
「二頭目は『トロールの背脂』のブロックだ」
ヌルヌルとした脂身を、二頭目が嬉しそうに平らげる。
トロールの驚異的な再生能力の源はこの脂肪にある。こいつは強力な胃酸でも溶けず、胃壁にベッタリと張り付いて、強烈な不快感と吐き気を与え続ける性質があるのだ。
一部の悪食な好事家が、料理に使うこともあるそうだが……俺は御免だ。
「そして三頭目は、乾燥させた『紫マンドラゴラ』だ」
毒々しい紫色の根も、糖蜜の甘さにかかれば極上のスイーツらしい。
こいつは哺乳類には滋養強壮の漢方として機能するが、爬虫類に対しては強烈な神経毒となる。
以前、倉庫に住み着いた大トカゲの駆除に使った時は、裏返って痙攣し、胃袋の中身が空っぽになっても吐き続けていた。
……さて、それが巨大な龍ともなれば、どれほどの惨状になることか。
三頭の牛が、夢中でそれぞれの餌を貪っている。
俺はその光景を冷ややかに見下ろした。
「今は別々の腹の中にあるが……龍がこいつらを喰らい、三つの成分が胃の中で混ざり合った瞬間──盛大な化学反応が始まる」
「なるほど……牛を『生きた爆弾』にするんですね……」
ロイドがごくりと喉を鳴らす。
完食した三頭の牛たちは、腹の中に異物を詰め込まれ、不快そうに低い唸り声を上げている。
だが、まだ何も起きてはいない。スイッチが入るのは、捕食された瞬間だ。
胃の中で暴発的なガスを発生させる『発泡硫黄石』。
消化されず、胃壁にこびりつく『トロールの背脂』。
そして、爬虫類にのみ強烈な吐き気を催させる『紫マンドラゴラの根』。
これらが龍の腹で混ざり合った時──果たして、どうなるだろうか?




