20話 遺言代わりの警告状
翌朝。まだ東の空が白む前。
俺は音もなくベッドを抜け出し、身支度を整えた。
廊下に出ると、寝ずの番をしていたメイドと鉢合わせた。彼女は驚いて声を上げようとしたが、俺は指を唇に当てて制した。
「すこし、出かけてくる」
「カイ様……。こんな朝早くですか?」
「ああ……そうだ。リシェルに伝えておいてくれ。……誕生日の祝いまでには、必ず戻ると」
メイドは深く一礼し、俺を見送った。
屋敷を出て、まずは兵舎へと向かう。
ロイドの個室に入り、容赦なく枕を引っ張る。
「──起きろ、ロイド。時間だ」
「ぐ、ふっ!? て、敵襲か!?」
ロイドがバネのように跳ね起きる。
見れば、枕元にはピカピカに磨かれた全身鎧と大盾が用意されていた。
「カイ様! 準備は万端です、すぐに装備を──」
「その鉄屑は置いていけ。邪魔だ」
「!?」
俺は唖然とするロイドを尻目に、歩き出した。
「今回はスピード勝負だ。急げ」
「うぐ……し、しかし……」
「剣一本あればいい。行くぞ」
◇
ロイドを引き連れ、まだ人気の少ない裏通りを抜けて『紅蓮の探究者』のクランハウスへ乗り込む。
扉を開けると、既にエドモンドが待機していた。もっとも、大きなあくびを噛み殺してはいるが。
「おはよう、早いな」
「……寝てないんですがね」
エドモンドは恨めしげに眼鏡の位置を直した。目の下に濃い隈ができている。
「エルゼは?」
「もちろん、夢の中ですよ。……今、叩き起こしてきます」
やがて、奥から不満げな声を上げながらエルゼが出てきた。
「ふあぁ……。あんた、人使い荒すぎ……」
部屋の隅には、山のような資材が積み上げられている。
エドモンドたちが徹夜で駆けずり回り、ギルドの倉庫や闇市から掻き集めてきた成果だ。
俺はその山を見下ろし、ロイドに馬車に積むよう顎で指示を出す。
「プランが固まった。使うのは、『雪解け草』、『赤鬼の舌』、『発泡硫黄石』、『トロールの背脂』、そして『紫マンドラゴラの根』。この五つだ」
「……は?」
エドモンドが疲労で曇った眼鏡をずり上げ、資材の山と俺の顔を交互に見た。
「ちょ、ちょっと待ってください。他のは? 対熱防御の盾とか、鋼鉄の捕獲網とか……メンバー総出で今までかけずり回って、かき集めたんですよ!?」
「今回は相手が『水龍』だからな。ブレス対策も捕獲用具も不要になった。返品しといてくれ」
「そんな……」
がっくりと項垂れる会計係の肩を、俺はポンと叩いた。
「そう言うな。これさえあれば、儲けは莫大だ」
「……本当でしょうね? 信じますよ?」
その時、クランハウスの扉が勢いよく開いた。
斥候に出ていた少女が、息を切らして駆け込んでくる。
「報告します! 『銀の天分儀』が動き始めました!」
俺は振り返り、短く問うた。
「人数は?」
「はい。総勢十八名。大型のテントや炊事道具など、本格的な野営装備も確認しました」
「……なるほどな」
俺は頷くと、懐から一通の封蝋された手紙を取り出し、斥候役の少女に託した。
「聞いてくれ。明日の朝、アストリア家の一団が街を出て星見の塔へ向かう。それをつけていって欲しい」
俺は少女の目を真剣に見据える。
「もし、明日の夜までに作戦が成功したという連絡がなかったら──カイとロイドの名前を出して、これを貴族の責任者に直接渡してくれ」
「これは……?」
「遺言代わりの警告状だ。『星見の塔に龍がいる』という警告とな……」
俺は少しだけ口元を緩め、付け加えた。
「ちゃんとお前らに金を払うように、とも書いてある」
少女が息を呑む。
もし俺たちが失敗して全滅すれば、誰かがこの情報を伝えなければならない。
龍がいるとわかれば、儀式は中止になる。
リシェルは悲しむだろうし、楽しみにしていた成人の儀も行えない。
だが──それでも、命だけは助かる。
「……頼んだぞ」
「はいっ!」
「よし、エルゼ、ロイド。行くぞ」
俺は踵を返し、朝霧の立ち込める外へと踏み出した。
リシュオンの街から東に三日進めば王都だが、目指す『星見の塔』は南東の方角。足の速い馬なら一日とかからない距離だ。
頭の中で、地図を広げる。
「よし、それじゃ南に向かってエリダヌス大河へ出るぞ」
エリダヌス大河は、西の大陸を南北に分ける巨大な水脈だ。
ここからなら、馬車を飛ばせば昼前には着くだろう。
手配した屋根付き馬車に、嫌がる牛三頭を無理やり押し込む。
さらに、その牛たちの隙間に詰め込まれたエルゼが、モーモーという鳴き声に混じって恨めしげな声を上げた。
「ちょっと……! 臭いし狭いし最悪なんだけど! これじゃ身動き取れないよ!」
「我慢しろ。牛だけに、ぎゅうぎゅう詰めってな」
「……あぁっ?」
荷台からドスの利いた声と殺気が飛んでくるが、俺は無視して前を向いた。
隣では、御者席に座ったロイドが慣れた手つきで手綱を握っている。
「出してくれ、ロイド」
「了解です! ハイッ!」
ロイドの掛け声と共に、馬車がガタゴトと動き出した。
「一体、どんなことをやるのか説明してくれよ。こんな状態でどこへ行く気?」
「そうだな。移動中にブリーフィングといこう」
俺は御者台から振り返り、昨日メイドから聞き出したスケジュールを共有する。
「まず、アストリア家の末娘リシェル嬢。彼女の『成人の儀式』が、星見の塔で三日後の十二月二十二日に行われる」
「二十二日?」
「ああ。リシェルが塔に入るのは、前日である二十一日の夕刻だ。……明日、二十日には屋敷を出発し、塔の近くの村で一泊する手はずになっている」
「もう時間がないじゃないか!」
エルゼが叫び、驚いた牛が暴れて馬車が揺れる。
「そうだ。だから急いでるんだよ」
リシェルたちが塔の近くに来る前に、龍をどうにかしないといけない。
猶予は、明日の夜までだ。




