19話 四日後の成人の儀式
案内されたのは、いつもの食堂ではなく来賓用晩餐室だった。
天井にはシャンデリアが輝き、長いテーブルには既に銀食器が整然と並べられている。
(……さすがに、一番最後に来るわけにはいかないからな)
俺は案内されるがまま、少し早めに席に着いて待つことにした。
居候の分際で、当主を待たせるわけにはいかない。
十分ほど待っただろうか。
扉が開き、ドレスに着替えたリシェルと、母のスピカ夫人が入ってきた。
「あら、カイくん。早いのね」
スピカ夫人が楽しげに微笑む。
隣のリシェルは、少し頬を赤らめていた。
「もう、お母様が着替えに時間をかけるから……。お待たせしてごめんなさい、カイ」
「いや、俺も今来たところだ」
俺が立ち上がって椅子を引くと、スピカ夫人が「まぁ、紳士ね」とクスクス笑った。この母親、絶対に面白がっている。
そして最後に、レグルス侯爵が重厚な足取りで現れた。
彼が上座に着席したのを合図に、給仕たちが一斉に動き出し、前菜とワインが運ばれてくる。
「──では」
侯爵がグラスを手に取り、厳かに宣言した。
「今日から、カイ・セラ君を当家『お抱え』の測図師として迎えることになった。若き才能と、アストリア家の未来に。……乾杯」
「乾杯!」
リシェルが誰よりも嬉しそうに唱和し、グラスを合わせる。
最高級のワインが喉を潤すと同時に、和やかな食事が始まった。
話題は自然と、アストリア家の家族のことになる。
「シリウスはまだ王都にいる。だが、リシェルの『成人の儀式』には必ず戻ると言っていたよ」
侯爵の言葉に、リシェルが嬉しそうに頷く。
「お忙しいのに……。嬉しいです」
シリウス、とは確かリシェルの兄だったろうか?
俺が少し記憶を辿るような顔をしていると、それに気づいたスピカ夫人が助け舟を出してくれた。
「リシェルの兄よ。少し……いえ、かなり妹想いな子でね」
「少し暑苦しいくらいですけど」
リシェルが苦笑する。どうやら相当なシスコンらしい。
「その『成人の儀式』ってのは?」
「ええ。アストリア家の習わしで、一七歳の誕生日を当家ゆかりの遺跡『星見の塔』へ行って、一晩祈りを捧げながら迎えるの」
「──ぶっ!?」
俺は危うくスープを吹き出しそうになった。
慌ててナプキンで口元を拭う。
(……おいおい、冗談だろ?)
「ほ、星見の塔、ですか。あそこは今、魔物が出るという噂ですが……危険はないのですか?」
俺は動揺を悟られないよう、慎重に探りを入れた。
もし龍が居座ったままなら、祈りどころか生贄になりに行くようなものだ。
だが、レグルス侯爵は余裕の表情で肉料理を切り分けた。
「案ずるな。あの周りは低レベルな魔物しかおらん。しかも、既にギルドを通して、優秀なクランに『掃除』を依頼してある」
「……優秀なクラン?」
「うむ。『銀の天分儀』とか言ったか。最新鋭の魔導機器を使う、素晴らしいクランだと聞いている。彼らが塔の安全を確保する手はずだ」
(……やっぱり、あいつらかよ!)
俺は天を仰ぎたくなった。
全てが繋がった。『銀の天分儀』が遺跡に向かうのは、この「儀式のための掃除依頼」を受けたからだ。
だが、彼らは知らない。そこにいるのが雑魚モンスターではなく、出産期で非常に神経質な『龍種』だということを。
「それに当日は、当家の兵士団も総動員して護衛に当たる。万に一つも危険はない」
侯爵は自信たっぷりに言い切った。兵士団って……1番強いのがロイドだろ?
──マズい。非常にマズい。
もし『銀の天分儀』が龍の討伐に失敗し(というか間違いなく失敗する)、中途半端に怒らせて全滅したら?
「……ちなみに、誕生日は四日後だったよな?」
「覚えてくれてたんですね。……ええ、そうです。嬉しいです」
俺の問いに、リシェルが花が咲いたような笑顔を見せる。
レグルス侯爵の顔が少し強張ったが、俺の心境はそれどころではなかった。
このままでは四日後、怒り狂った龍が待ち構える塔へ、何も知らないリシェルがのこのこ行くことになる。
そうなれば、護衛の兵士ごと全滅だ。
(……やるしかねぇな)
俺はグラスのワインを一気に干した。
金稼ぎだけじゃない。
明日の作戦は、リシェルの命を守るための『防衛戦』になったようだ。
「……どうかしたの、カイ? 顔色が悪いわよ」
リシェルが心配そうに覗き込んでくる。
俺は彼女に向けて、精一杯の「営業スマイル」を作ってみせた。
「いや……いい酒だったから、少し酔ったみたいだ」
◇
夕食の会が終わり、俺はいつもの客室に戻った。
堅苦しい礼服の襟を寛げていると、窓から黒い影が滑り込んでくる。
偵察に出ていたノアだ。
「良いニュースと、悪いニュースがある」
窓枠に止まったノアが、翼を畳みながら勿体ぶった口調で言った。
俺はベッドに腰を下ろし、ため息交じりに返す。
「つまり、悪いニュースが二つってことだな」
「ふはは、分かってるじゃないか」
ノアが愉快そうに笑う。
長年の付き合いだ。こいつの「良いニュース」が、手放しの吉報だった例がない。
「で、相手の正体はわかったか?」
「ああ」
俺は脳内で、文献に記されている龍種たちの情報を検索する。
四大陸で、はっきりと存在が確認されている龍の種類は六種類。
もっとも攻撃的な『火龍』。
知力の高い『水龍』
堅牢な守りの『地龍』。
神速の『雷龍』。
天空を舞う『風龍』。
そして──最悪なのが、『毒龍』だ。
こいつだけは御免被りたい。勝ち負けの問題じゃない。戦闘になった場合、環境への負荷がデカすぎるからだ。
吐き出される猛毒のブレスで木々は枯れ果て、山は腐り、海なら死の海になる。後には草一本生えない不毛の大地が残るだけ。
「頼むから、毒を撒き散らすタイプじゃありませんように……」
俺の祈りに、ノアはあっさりと答えを告げた。
「『水龍』だ」
「……水、か」
俺は少しだけ安堵した。
水龍ならば、毒龍のような環境汚染の心配はない。火龍のような爆発的な破壊力もない。
場所が陸地であることを考えれば、比較的マシな相手と言える。
「とはいえ、腐っても龍種だろ」
俺は呆れたように肩をすくめた。
「『良いニュース』というなら、『見間違いでした。実はただのデカい亜竜種でした』くらい言ってほしいもんだが」
「はは、高望みするな。……それに、話はまだ終わってないぞ」
ノアが意地悪く目を細める。
「悪いニュースの方だ。……奴さん、既に『出産』を終えてるぞ」
「うーむ……それは、相当気が立ってそうだな」
俺は頭を抱えた。
出産前なら、自分の身を守るために逃げる可能性もあった。
だが、守るべき子供がいる母親は、テコでも動かない。それどころか、近づく者は誰彼構わず殺しに来る殺戮マシーンと化しているはずだ。
「そういうことだ。……どうする、相棒?」
「どうするもこうも、やるしかないだろ」
俺は苦々しく笑い、明日の準備に取り掛かった。




